【10話】大正でおしゃれ見つけた!?
今回も買い物編の続きです。
「少し宜しいかしら?」
優しく澄んだ声に、ミアと琴音は顔を上げた。
そこに立っていたのは、二十代半ばほどの若い女性だった。
肩までの長さで整えられた髪に、小ぶりな帽子。洋風のブラウスにロングスカートを合わせ、足元には革靴。着物姿の女性が多い中、その装いはひときわ目を引いていた。
「わぁ……。」
ミアは思わず声を漏らす。
(この人……めっちゃおしゃれ! もしかして、この時代のモデルさん?)
女性はミアの反応を見て、くすりと笑った。
「ふふっ。そんなに珍しい格好かしら?」
「い、いえ! すごく素敵だなって!」
「ありがとうございます。」
女性は軽く会釈をすると、ミアたちのテーブルへ視線を向けた。
「先ほどから、お二人がお食事をされているところを拝見していましたが、ずいぶん珍しい食べ方をされていましたね。」
女性は、ふとテーブルの上のみつ豆へ目を向けた。
「みつ豆にアイスクリームを添えるなんて、珍しいいただき方ですのね。」
ミアは笑顔で頷く。
「すごく合うんですよ! 甘さも増して、ひんやりしておいしいんです。」
女性は興味深そうに器を見つめる。
「それはぜひ、一度試してみたくなりましたわ。」
「それから先ほどの……。」
女性は思い出したように続ける。
「コロッケをパンに挟んで召し上がっていましたでしょう?」
「ああ、コロッケサンドですね!」
「コロッケサンド……。」
女性はその言葉を口の中で繰り返し、小さく頷いた。
「どちらも、今まで思いつきもしない組み合わせでした。でも、とてもおいしそうで……思わず目を奪われてしまいましたわ。」
ミアは照れくさそうに笑った。
「それは……最近、女学生の間で流行っているいただき方なのですか?」
女性が興味深そうに尋ねる。
琴音は微笑みながら首を横に振った。
「いいえ、私も今日初めて知りました。」
「えっ?」
女性が少し驚いた表情を見せる。
「ミアちゃんが考えた食べ方なんです。」
「まあ……。」
女性は驚きと感心が入り混じった表情でミアを見つめた。
「ご自分で?」
ミアは少し照れくさそうに笑う。
「おいしいもの同士だから、合うかなって思って試してみただけなんです。」
女性はくすりと笑った。
「ふふっ。その柔軟な発想、とても素敵ですわ。私も今度、ぜひ試してみたくなりました。」
女性は微笑むと、持っていた小さな鞄から一枚の名刺を取り出した。
「申し遅れました。」
そう言って、ミアと琴音へ名刺を差し出す。
「私、帝都日報で記者をしております、高橋百合子と申します。」
ミアは受け取った名刺を眺め、目を丸くする。
「新聞記者さん……ですか?」
「ええ。」
「私は主に、日々の暮らしや、今の時代に生まれる新しい文化についての記事を書いておりますの。」
「もしよろしければ、この新しい食べ方を帝都日報の記事で紹介させていただけませんか?」
ミアは驚いて目を見開いた。
「えっ……私の考えた食べ方が、新聞に?」
ミアは驚きながら、百合子の顔を見る。
「はい。今の時代、新しい暮らしや文化を求める方は増えています。こうした小さな工夫こそ、皆さんが楽しめるものだと思うのです。」
百合子は優しく微笑んだ。
ミアは少し困ったように笑う。
(いや……私が考えたっていうか……。)
(これ、現代では普通にある食べ方なんだけどな……。)
心の中でそう思いながら、ミアはテーブルの上のみつ豆を見る。
琴音が隣で嬉しそうに言う。
「ミアちゃん、すごいじゃない。新聞に載るなんて。」
「えへへ……なんか不思議な感じ。」
ミアは照れながら答えた。
「……あの。」
ミアは少し遠慮がちに口を開いた。
「記事にするのは大丈夫です。ただ……私の名前は出さないでほしいです。」
百合子は少し意外そうな顔をした。
「お名前を?」
「はい。私が考えたっていうより、ただ思いついただけなので……。」
ミアは笑う。
「それに、食べ方をみんなが楽しんでくれたら、それで嬉しいです。」
百合子はしばらくミアを見つめたあと、優しく微笑んだ。
「分かりました。では、お名前は伏せて記事にいたしましょう。」
そして、記者帳を取り出す。
「ですが、取材のためにお名前だけ教えていただけますか?」
ミアは頷いた。
「私は……如月 ミアです。」
「ミアさん、ですね。」
百合子はペンを走らせる。
「素敵なお名前ですわ。」
「ありがとうございます。」
ミアは少し照れながら笑った。
(まさか大正時代で、新聞記者さんに取材されるなんて……。)
そんなことを思いながら、ミアは不思議な気持ちで帝都日報の記者帳を眺めていた。
一通りの話を終えると、百合子は名刺をしまい、丁寧に頭を下げた。
「本日は素敵なお話を聞かせていただき、ありがとうございました。」
「こちらこそ、ありがとうございました。」
ミアと琴音も頭を下げる。
百合子は最後にもう一度、テーブルの上のみつ豆へ目を向けた。
「記事にするのが楽しみですわ。」
そう言い残し、女性は人混みの中へと戻っていった。
「ミアちゃん、すごいね。新聞記者さんに声を掛けられるなんて。」
琴音が感心したように言う。
「いやいや、そんな大したことじゃないよ。」
ミアは笑いながら席を立った。
そして、ふと何かを思い出す。
「あっ!」
「どうしたの?」
琴音が尋ねる。
「ビーズ屋さん!」
ミアは手を叩いた。
琴音はくすっと笑う。
二人は食堂を後にし、三越の広い店内を歩いていく。
きらびやかな商品が並ぶ売り場を抜けながら、ミアは次に待っている新しい出会いへ胸を躍らせていた。
「今度はどんなものがあるかな……。」
そう呟きながら、二人は三越を後にした。
三越を出た二人は、少し歩いたところにある小さな店の前で足を止めた。
「ここだよ。」
琴音が指差した先には、趣のある看板が掛かっていた。
そこには「小間物屋」と書かれている。
「小間物屋?」
ミアが首を傾げる。
「髪飾りや櫛、帯留め、それに洋装に使う小物なんかを扱っているお店だよ。」
琴音が説明すると、ミアの目が輝く。
「へぇ……楽しみ!」
店の中へ入ると、そこには色とりどりの商品が並んでいた。
綺麗な簪、リボン、鏡、小さな飾り箱。そして奥には、ガラス瓶に入った色鮮やかなビーズが並んでいる。
「わぁ……。」
ミアは思わず声を漏らした。
(あるじゃん……!)
現代のような専門店ではない。
けれど、この時代にはこの時代のおしゃれがちゃんとある。
ミアは並べられたビーズを眺めながら、どんな物を作ろうか想像を膨らませるのだった。
店の奥から、ゆっくりとした足音が聞こえてきた。
「いらっしゃいませ。」
現れたのは、白髪を綺麗にまとめた年配の女性だった。
「おや、可愛らしいお嬢さん方ですね。」
女性は優しく微笑む。
ミアは店内を見回す。
(綺麗……! めちゃくちゃ映えるじゃん!)
すると琴音が棚の奥を見つけた。
「ミアちゃん、これじゃない?」
そこには、小さなガラス瓶に入った色とりどりのビーズが並んでいた。
「あら、それがお目当てでしたか。」
店主のおばあさんは瓶を取り出す。
「最近は女学生さんの間でも、こういった洋風の飾りを手作りされる方が増えましたよ。」
店主の女性が瓶の蓋を開けると、小さなガラス玉が光を反射してきらめいた。
赤、青、緑、透明なもの。大きさも形も少しずつ違う。
「綺麗……。」
ミアは思わず瓶の中を覗き込む。
(現代みたいなアクセサリーショップじゃないけど……ちゃんと可愛いものがあるんだ。)
隣の棚には、細い組み紐や色鮮やかな糸、布の切れ端が並べられていた。
「こちらは帯飾りや髪飾りを作る時にも使われますよ。」
店主が説明する。
ミアは一つ一つ手に取りながら眺める。
「これ……組み合わせたら、絶対かわいい……。」
琴音はそんなミアの様子を見て、微笑む。
「ミアちゃん、本当にこういうものが好きなんだね。」
「うん!」
ミアは店内をじっくり見て回り、いくつかの商品を手に取った。
淡い色合いの組み紐。
光を受けると小さく輝くビーズ。
赤や青、黄色など色とりどりの布の切れ端。
そして、細かな細工に使えそうな丈夫な糸も選ぶ。
「これもください。」
店主は優しく頷きながら、ひとつずつ包んでいく。
「はい、お嬢さん。全部でこちらになります。」
ミアは財布からお金を取り出し、代金を聞いて目を丸くした。
「えっ……そんなに安いの?」
思わず声が出る。
(ビーズだけでも、もっとすると思ってた……。)
現代なら手芸店で材料を揃えれば、それなりの値段になることもある。
「思っていたよりも、ずっと身近な値段だった。」
ミアは満面の笑みだった。
「ありがとうございます。」
店主から包みを受け取ると、ミアは嬉しそうに胸元へ抱えた。
「これで、かわいいの作れるね。」
琴音が覗き込む。
「ミアちゃん、何を作るの?」
ミアは少し考えてから、にっこり笑った。
「まだ秘密!」
「じゃあ、そろそろ帰ろうか。」
ミアは買ったばかりの包みを大事そうに抱えた。
「今日はいっぱい歩いたね。」
琴音が微笑む。
「うん。でも、すごく楽しかった!」
三越で見た華やかな世界。
初めて食べた大正の食堂の味。
そして、思いがけず出会った新聞記者。
一日で、知らなかったこの時代をたくさん知ることができた。
二人は路面電車に乗り込む。
車内は帰宅する人たちで少し賑わっていた。
窓の外を見ると、街並みが夕日に染まっている。
赤く染まる建物。
ゆっくり流れていく景色。
行き交う人々の姿。
ミアは窓に映る自分の姿を見つめた。
(本当に……私、大正時代にいるんだ。)
不思議な気持ちになる。
でも、不安よりも今は楽しさのほうが大きかった。
「明日は何をしようかな。」
小さく呟くミアに、琴音が笑う。
「ミアちゃん、もう次のこと考えてるの?」
「だって、毎日がワクワクなんだもん!」
夕日を乗せた路面電車は、二人をゆっくりと家へ運んでいった。
今回は、大正時代の三越食堂と、小間物屋を舞台にしました。
大正時代は、女性の社会進出が少しずつ進み始めた時代でもあります。
新聞や雑誌の世界でも、数はまだ多くありませんでしたが、女性記者として活躍する人たちがいました。
女性ならではの視点で、暮らしや文化、流行を伝える記事を書く記者もおり、新しい時代の風を感じさせる存在でした。
また、今回登場した「小間物屋」は、髪飾りや櫛、帯留め、裁縫に使う小物など、日々のおしゃれに関わる品を扱うお店です。
現代のアクセサリーショップとは違いますが、当時の女性たちは身近な材料を使い、自分らしいおしゃれを楽しんでいました。
大正ロマンと呼ばれる時代には、和と洋が混ざり合い、新しい文化や流行が次々と生まれていきました。
ミアが見つける小さな発見も、そんな時代の空気の一部なのかもしれません。




