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身分違いの朝食係はもう辞めます、辺境公爵家で病人食を作ります。  作者: 小竹X


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第7話 灰狼の厨房会議

ノルドヴァルト公爵家では、三日に一度、厨房会議が開かれることになった。発案者はエルヴィンだった。


「補給会議に食事の話が出るなら、厨房にも補給の話が必要だ」


 そう言って彼は、厨房の大きな作業台に地図を広げた。マルタ、補給官ヘンリック、軍医バルト、厨房番のトマ、兵舎食堂の責任者、そしてリディア。王宮なら同じ卓につくことのなかった顔ぶれが、鍋の隣で肩を並べている。


 リディアは最初、どこに立てばいいか分からなかった。客員厨師という肩書きはある。だが彼女は公爵家の者ではなく、貴族としての身分も曖昧だ。王宮の癖で、壁際に下がろうとしたところを、マルタに止められた。


「リディア様のお席はこちらです」


 作業台の正面に、椅子が置かれていた。


「私は立ったままで」


「座って帳面を書かれる方が、皆が助かります」


 反論のしようがなかった。リディアは椅子に座り、母の温脈帳ではなく、新しい公爵家用の帳面を開いた。古い帳面は自分の根だが、ここで働くなら、ここ専用の記録が必要だった。


「まず、公爵様の食事は、明日から昼に卵を試します」


 軍医バルトが頷く。


「卵は消化にいいのか」


「火の通し方によります。固くすると重いです。半熟より少し柔らかく、粥に混ぜます。体が受け付けなければ戻します」


 エルヴィンは真面目に聞いていた。公爵本人が自分の胃の話を大勢の前で聞くのは、楽ではないはずだ。それでも彼は席を外さない。自分の体を、領地の問題として扱っている。


 リディアは、その誠実さに少し困った。人は誠実な相手にほど、嘘をつきづらい。


「兵舎については、下痢をしている方が昨日より減りました。ただ、干し肉を隠れて食べた方が四名」


 兵舎食堂の責任者が気まずそうに咳払いをした。


「見つけました。本人たちは罰として朝の鍋洗いを」


「罰だけでは繰り返します。噛みたいのです」


「噛みたい?」


「柔らかいものばかりだと、兵の方々は食事をした気がしません。胃に負担の少ない噛み物を用意しましょう。薄く切った干しパンを湯で戻し、表面だけ炙る。量は少なく」


 トマが手を挙げた。


「それなら、昨日の余りの黒パンでできます」


「焦がさないように。香りだけでいいです」


「はい」


 会議は、鍋の中身から始まり、薪の在庫、水車の修理、薬草畑の柵、山道の馬車の揺れにまで広がった。リディアは書きながら、王宮で何度も言いかけて飲み込んだ言葉を思い出していた。


 食事は政治ではない。そう言われたことがある。だが、食事が止まれば兵は立てない。病人は薬を飲めない。国王は執務できない。


 食事は、目立たないだけで、国の底にある。


「王都からの香薬の荷は、今月も遅れています」


 ヘンリックが地図の端を指した。


「ローゼン侯爵家とつながりの深い香薬商会が、王宮向けを優先しているらしい。北境への乾燥薬草は後回しです」


 リディアは顔を上げた。


「香薬商会の名は、ガレア商会ですか」


「そうです。王都で一番華やかな薬湯を売る連中だ」


 王宮の薬草棚にも、その商会の小瓶が増えていた。香りは強く、色は美しい。だが、国王の胃には合わないものが多かった。


「花蜜湯も、ガレア商会の品です」


 リディアが言うと、エルヴィンの目が細くなった。


「王宮で陛下が咳き込んだという湯か」


「はい。喉を潤す成分はありますが、甘みと香りが強すぎます。健康な人が楽しむ嗜好品なら構いません。弱った胃に朝一番で入れるものではありません」


 ヘンリックが帳面に商会名を書いた。


「北境の薬草畑を増やす必要がありますね」


「畑はあるのですか」


 マルタが頷く。


「古いものが城の北斜面に。ただ、ここ数年は兵の手が足りず、荒れています」


「見せてください。使える草が残っているかもしれません」


 会議の後、リディアはマルタに案内され、城の北斜面へ向かった。風は冷たい。だが土は生きていた。石垣の隙間に、細い緑が顔を出している。野生化した甘草、根の太い生姜に似た北生姜、喉に優しい白葉草。


 リディアは膝をつき、土をそっと掘った。


「残っています」


 マルタの顔が明るくなる。


「再生できますか」


「できます。ただし、食べる人を支える畑です。香りの強い花畑のようには見えません」


「見た目は問いません」


 その言葉に、リディアは笑った。王宮では、見た目の美しいものがいつも勝った。透き通った花蜜湯。銀の器。薔薇の飾り。だがここでは、泥のついた根が価値を持つ。


 夕方、エルヴィンが畑へ様子を見に来た。外套の襟を立て、まだ本調子ではない顔で、それでも足取りは昨日より確かだった。


「冷える。長くいるな」


「公爵様こそ」


「私は見回りだ」


「私は畑の診立てです」


 少しの沈黙の後、二人とも同時に息を吐いた。笑いにはならなかったが、空気は柔らかくなった。


 エルヴィンは斜面の薬草を見下ろした。


「この畑で、兵の胃を守れるか」


「守れるものを増やせます。全部ではありません。でも、王都の商会に首を押さえられずにすみます」


「なら、兵を出す。柵と水路も直す」


「食材に兵を使ってよいのですか」


「食材は兵を使うためのものではない。兵を帰すためのものだ」


 その言葉に、リディアは土の上で手を止めた。エルヴィンは、兵を道具のように扱っているのではない。帰すべき人として見ている。


 だから自分の胃も、もう少し大事にしてほしいと思った。口に出すのは、まだ少し早い気がした。


 代わりにリディアは、白葉草の小さな芽に土をかけ直した。

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