67 この町の名物
67 この町の名物
厚手の木の扉を押し開けると、カウベルがからんと乾いた音を立てた。二人が最初に見つけたそのレストランは、店内が素朴で暖かく、二人はほっと息を吐いた。
壁際の大きな石造りの暖炉では、薪がパチパチと爆ぜ、赤々と炎を上げている。
「いらっしゃい! 空いている席へどうぞ」
奥からやってきた恰幅のいい店主が、顔いっぱいに笑みを浮かべて二人を迎えた。
窓際の席に腰を下ろすと、マイクが店主に尋ねた。
「おすすめは何ですか? 何しろ、身体の芯まですっかり冷えてしまって」
店主は待ってましたとばかりに胸を張る。
「それなら、うちの自慢の『鹿肉と森のキノコのシチュー』で決まりだ。一口食べれば、足の先まで温まるよ」
「森のキノコ、ですか?」
ケイトが小首を傾げると、店主は嬉しそうに目を細めて語り始めた。
「ええ。この辺りでは秋になるとみんなで山へ入って、籠いっぱいにきのこを採るんです。すぐ食べる分以外は、丸ごと天日で干して保存するんですよ。冬になるとそれを丁寧に戻して料理に使う。干すことで、生のときにはない旨味がぐっと凝縮されて、深みが出るんです。今の季節は、生のキノコと生干しのキノコを使ってまして、今だけの味を提供してます」
「へえ……!」
ケイトは興味津々に身を乗り出した。暖炉の光に照らされた瞳が、好奇心でキラキラと輝いている。
「お話を聞くだけでお腹が鳴りそうです。じゃあ、私はそれをお願いします」
「俺も同じものを。それをパンくれ」
「パンは白パンと黒パンがありますよ」
「両方!」と二人の声が揃った。
店主は「あいよ、大急ぎで用意するからね」と厨房へ下がっていき、二人は顔を見合わせて笑った。
リンベルがカバンから出て来て、ふよふよと辺りを飛び回り始めた。
「いい匂い。インプット」というとテーブルに戻ってきた。
しばらくすると、ずっしりとした大きな陶器の深皿が運ばれてきた。
立ち上る真っ白な湯気とともに、濃厚で、奥深い香りが広がった。
「わぁ……いい匂い!」
ケイトは目を細め、幸せそうに息を吸い込んだ。
濃い琥珀色のスープの中には、一口大の鹿肉と、たっぷりのキノコがゴロゴロと転がっている。
マイクが木のスプーンで肉をごろりとすくい、口へ運んだ。
「……美味いな。肉の味がすごく濃い。噛むほどに旨味が溢れてくる」
その様子を見ていた店主が、自慢げに付け足す。
「この地方ではね、冬になる前に狩った鹿を、燻製や塩漬けにして厳しい冬の間の保存食にするんですよ。そのシチューには、塩漬け肉を使っています。塩気が肉の旨味を閉じ込めてくれるんです」
「なるほど、だからスープにも良い出汁が出ているんですね。本当に美味しいです」
ケイトが太鼓判を押すと、店主は「そうでしょう!」と満足そうに笑ったが、「そのそれは?」とリンベルと見ながら遠慮がちに言った。
「これはリンベル。ダンジョンでお友だちになったの」とケイトが芝居を始めたが、マイクが割り込んで「テイムしてるんだ。害はない」と言った。
「そうですか……こんにちは、リンベルちゃん」と真面目な顔で答えた店主は、他の客の注文を取りに離れていった。
「こんにちは」とリンベルの返事が追いかけた。
「鹿肉もおいしいけど、マイク、このキノコもすごいね。」
マイクもスプーンの手を止め、真剣な表情できのこを凝視した。
「やっぱり、さっき店主が言っていた『干す』っていう工程のおかげかな」
「そうでしょうかね? 王都では、いつでも新鮮さが売りだし、それが当たり前だと思ってた。でも、あえて乾燥させることで、こんなに美味しくなるなんてね」
マイクも大きくうなずき、滋味深いスープを飲む。
「保存のための知恵が、結果として最高の調味料になっているんだな。美味い美味いと食べている俺たちの知らないところで、時間をかけた魔法がかかっているわけだ」
ケイトはもう一度キノコを口へ運び、今度は目を閉じてじっくりと味わった。それから、本当に幸せそうな微笑みを浮かべる。
「旅に出ると、自分の常識がひっくり返ることばかりだね……干したキノコが、こんなに愛おしくて美味しいなんて」
「ああ、全くだ……あ、そうだ」
マイクは何かを思いついたように顔を上げ、通りかかった給仕を呼び止めた。
「すみません。メニューにある『燻製鹿肉の薄切り』を、一皿もらえますか?」
「はい、ただいま!」
ケイトが不思議そうにマイクを見ると、彼は悪戯っぽく笑った。
「店主がさっき、この地方では『塩漬け』と『燻製』で肉を保存するって言っていただろ? シチューの塩漬けがこれだけ美味いんだ。燻製にされた肉がどんな味になっているか、両方食べて比べない手はないと思わないか?」
「確かに! それは名案ね」
二人は冷えた身体がすっかり内側からぽかぽかと温まるのを感じながら、新しく運ばれてくる燻製の皿を、弾むような気持ちで待った。
まもなくして、木製のカッティングボードに載せられた『燻製鹿肉の薄切り』が運ばれてきた。
薄くスライスされているにもかかわらず、肉質はきゅっと引き締まり、深い深い赤褐色をしている。そして何より、テーブルに置かれた瞬間に、燻した香ばしい薫香がふわりと鼻腔をくすぐった。
「お待たせしました。仕込んだばかりの燻製ですよ。これも燻製が浅い今だけの美味しさです。お好みでこの岩塩を少しつけてどうぞ」
給仕の言葉に、マイクとケイトは顔を見合わせた。
「香りが……シチューのときとは全然違う。すごく力強い匂いだね」
ケイトが感心したように呟くと、マイクが「じゃあ、さっそく」一切れを口に運んだ。
じっくりと噛み締めるマイクの動きが、一瞬止まる。
ケイトも負けじと一切れを口に入れた。
「……美味い。美味すぎる。シチューの塩漬け肉はスープに旨味を分け合っていた感じだけど、こっちは肉の中に旨味がこれでもかと閉じ込められている。噛めば噛むほど、凝縮された肉汁と煙の香りが混ざり合って、口の中が濃厚な香りでいっぱいになるぞ」
舌に乗せた瞬間に広がる、芳醇な香り。奥歯で噛み締めると、肉の繊維からじわり、じわりと、力強い野生の旨味が染み出してくる。店主の言う通り、少しだけ岩塩をまぶすと、肉の甘みさえ引き立つようだった。
ケイトはうっとりと目を細め、喉を通り過ぎた後も残る濃厚な余韻に浸った。
マイクはすっかり上機嫌になり、手元に残っていたエールのグラスを掲げた。
「これは完全に酒が進む味だな。王都の洗練された味付けとは違う、土地の力強さをそのまま味わっている気分だ」
「ええ。塩に漬けたり、煙で燻したり……厳しい冬を生き抜くための知恵が、こんなに贅沢なご馳走になるなんて、本当に素敵」
二人はシチューの器と燻製の皿を交互に見つめながら、どちらの良さも甲乙つけがたいね、と笑い合った。
二人のテーブルには、旅の新しい発見に満ちた温かい時間が流れていた。




