64 神殿では
64 神殿では
神殿の地下書庫は、普段ほとんど人が立ち入らない場所だった。
重い扉を開けると、乾いた紙と古い革の匂いがふわりと漂う。
壁一面に並ぶ棚には、代々の神官たちが残した記録がぎっしりと収められていた。
「思った以上の量ですね」
と若い神官が驚いた。
「聖女様に関するものを中心に探しましょう」
年配の神官が静かに指示を出した。
何人もの神官が手分けして棚を巡る。積もった埃を払い、一冊ずつ慎重にページをめくっていく。
やがて、彼らは根気よく捜索を続けた。
静かな書庫に、紙をめくる音だけが規則正しく響いていた。
「あっ!」
一人の若い神官が声を上げた。
「ありました!」
声を聞いて、神官たちが一斉に集まってくる。
革表紙の手記はかなり古びていたが、保存状態は良かった。
表紙には小さく、こう題されていた。
『聖女様のお世話係 日々の記録』
「お付きの方の日記ですか」
「これは貴重な資料ですね」
慎重に項をめくっていく。最初は日々の微笑ましい出来事が続いていた。
『今日も聖女様は町の子供たちをお訪ねになった』
『薬草園をご覧になり、とても嬉しそうだった』
『畑仕事を手伝われ、泥だらけになって笑っておられた』
神官たちは自然と笑みを浮かべながら読み進める。
「本当にお優しい方だったのですね」
「記録越しにも、そのお人柄が伝わってきます」
さらに項ををめくる。
『聖女様は、小さな手文庫を大変大切になさっている』
『時折、一人で静かに開いて中をご覧になっておられる』
『中身についてお尋ねしても、ただ悪戯っぽく笑っておられるだけだった』
『しっかりと鍵をかけ、その鍵は常に身に着けておられる』
「手文庫……?」
年配の神官が眉をひそめる。
「公式の記録には、そんな物の存在はいっさい残っていませんね」
謎を追うように、さらに読み進める。
『聖女様は日々衰えられている』
『静かに空を眺めておられる』
『手文庫が見当たらない』
『ここ数日、そっと探しているが手文庫が見つからない』
『聖女様はなにもおっしゃらない』
『時々、何もない空間を見て微笑まれる』
書庫が、水を打ったように静まり返る。
「失われたのですね……」
「そういうことになりますか」
もう一枚、慎重に頁をめくる。今度は文字が少し乱れていた。
『聖女様がお持ちだった鍵を、棺へ納めるべきか相談した』
『だが、手文庫が見つからぬ以上、鍵だけを納めるべきではないとの話になった』
神官たちは無言で顔を見合わせる。
『後の世で手文庫が見つかることもあるだろう』
『その時に必要となるかもしれぬ。ゆえに鍵は保管することとした』
「だから鍵だけが残されていたのですね」
「棺に納められなかった理由が、ようやく分かりました」
年配の神官が感慨深そうにつぶやく。
最後の頁には、こう締めくくられていた。
『本日、聖女様を描いたタペストリーが完成した』
『皆で礼拝堂へ飾る』
『保管していた鍵も、後世の者が見つけやすいよう、タペストリーと共に掛けることとした』
『いつか、この意味を理解する者が現れることを願う』
読み終えた神官たちは、しばらく誰も口を開かなかった。
礼拝堂の壁に隠されていた鍵。それは偶然の産物などではなかった。
後世へ託された、切実な願いの印だったのだ。
若い神官が興奮を抑えきれず声を弾ませて言った。
「すべて繋がりました!」
「ええ」
年配の神官もうなずく。
「だからタペストリーの裏に鍵があったのです。お付きの方は、いつか私たちが気づいてくれることを信じて託したのでしょう」
一人の神官が静かに本を閉じた。
「ケイト様がお越しにならなければ、タペストリーを降ろすこともありませんでした」
「鍵も見つからず、この記録も永遠に埋もれたままでしたでしょうな」
皆が深くうなずく。
「では、次にやるべきことは一つですね」
年配の神官が力強く言った。
「手文庫を探しましょう」
その一言に、全員が同じ決意を宿してうなずいた。
聖女が最期まで大切にしていた手文庫。そこに一体、何が納められているのか。
神殿の者たちは、新たな使命を胸に、それぞれ立ち上がった。




