63 たかが、洗濯だけど
63 たかが、洗濯だけど
神殿では、ケイトとマイクが帰ったあとも、二人の話題が尽きなかった。
「あの方……タペストリーの聖女様によく似ておられましたな」
年配の神官が、しみじみとつぶやく。
隣にいた神官も大きくうなずいた。
「ええ。扉を開けた瞬間、思わず『聖女様!』と叫びそうになりました」
「あの落ち着いた物腰、まったく聖女様にふさわしい」
しばらく懐かしむような沈黙が流れる。
やがて一人が机の上の古びた記録を見つめた。
「聖女様のお教えに……いえ、ケイト様のお教えの通り、まずは織物業者に相談してみましょう」
「そうですね。専門家の知恵を借りるのが一番でしょう」
「やはり、聖……ケイト様でございますね」
「本当に」「全くです」「あぁ」「全くですね」
神官たちは、幸せそうに繰り返した。
「タペストリーはそれでよいとして……」
若い神官が首をかしげる。
「鍵は何だったのでしょうか」
「ええ。鍵を使うような仕掛けがあったのでしょうか」
「タペストリーを飾る時、一緒に鍵も掛けられていたのでしょう?」
年長の神官が記録棚へ目を向けた。
「当時の記録を調べてみましょう。何か残っているかもしれません」
「それが一番ですね」
神官たちはうなずき合うと、埃をかぶった古文書を次々と運び出し始めた。
翌日、ケイトとマイクは、次の依頼を探すため冒険者ギルドへ向かった。
朝のギルドは活気に満ちている。これはどこのギルドは同じだ。
依頼板の前では冒険者たちが品定めをし、酒場からはこの時間なのに笑い声が聞こえていた。
受付嬢が二人に気づくと、ぱっと笑顔になった。
「ああ、マイクさん、ケイトさん。ちょうどよかったです」
「どうかした?」
ケイトが近づくと、受付嬢は小さな袋を差し出した。
「神殿から、お礼が届いています」
「お礼?」
「はい。依頼とは違う結果になりましたが、とても有益な提案をいただいた、と。感謝の気持ちとして依頼料を少し上乗せしてくださいました」
ケイトは驚いて袋を見つめた。
「そんなことまで……」
マイクが袋の重さを確かめる。
ちらりとケイトを見る。
(返そうと言い出さないよな)
少しだけ心配したが、
「それはありがたい」
マイクは素直に受け取った。
受付嬢もほっとしたように笑う。
「それで、本日はどうされますか?」
マイクは依頼表を差し出した。
「薬草採取をしようかと」
「あ、それですね」
受付嬢は地図を広げる。
「南門を出て左へ進むと森があります。その奥に群生地がありますから」
「ありがとう」
二人は軽く手を振り、そのまま町を出た。
初心者らしき冒険者が前後にいる。多分、薬草採取だろう。
木漏れ日が地面をまだらに照らし、小鳥が枝から枝へ飛び移る。
風が吹くたびに木の葉が揺れる。
薬草を摘みながら、ケイトは辺りを見回す。
人の気配はない。
「誰もいないね」
「ああ」
マイクも周囲を一度確認してから、返事をした。
ケイトがぽつりと言う。
「ねえ、マイク」
「なんだ」
「わたしの洗濯の仕方、知ってるでしょ?」
「ああ、知ってる。宿でシーツを洗うやつだろう?」
ケイトは薬草を籠へ入れながら続けた。
「その方法はダメだと思うけど、水魔法で埃をとれるの。前に倉庫の掃除をやったことがあって、えっと、水の粒をうんと細かくして表面の埃をきれいにするの。たぶんね、そのやり方でタペストリーも洗えると思うの。水を染み込ませるんじゃなくて、表面の埃だけ細かい水で落とせば、生地を傷めないと思う」
少し考えてから、小さく笑った。
「でも、言わなくてよかったよね」
マイクは即座に答えた。
「ああ。それでいい」
短い返事だった。
だが、その胸の内では深く安堵していた。
(本当によく自重してくれた)
もし神殿でそんな方法を見せていたらどうなっていたか。
神殿だけでは済まなくなる。
王宮の古文書。貴族の屋敷でも……
研究者。こいつらは厄介だろう!
国中から人が押しかける。
「このタペストリーは貴重です。洗ってください」
「こちらの壁画をきれいにしてください。研究がはかどると思います」
「古文書もできますか」
「王家の宝物庫へ来てください」
そんな依頼が、洪水のように押し寄せるのが目に見えていた。
しかも、それで終わらない。
「方法を教えてほしい」と、どこかの魔術師集団がやってきそうだ。
「弟子にしてください。王の推薦があります」
「独占契約を。損はさせません」
「結婚して下さい」
(なに!結婚だと!)マイクは自分の想像につっこんだ。
「許さないぞ! 絶対に渡さん」
マイクは苦笑して、落ち着けと自分に言い聞かせた。
当の本人は何も知らず、鼻歌まじりに薬草を摘んでいる。
「マイク、見て。この薬草、大きい」
「ここの薬草は全体に大きいな」
「うん。馬車から見てて思ったけど、ただの草も北のほうが大きいみたいなの。そういうのって王都にいたら気が付かない。来てよかった」
ケイトは嬉しそうに薬草を籠へ入れた。
そんな平和な、ケイトと過ごす時間が、マイクは嫌いではなかった。




