59 スタニス?騎士団
59 スタニス?騎士団
最近、スタニス王子には気になることがあった。
王宮を歩く騎士たちが、どうにも煤けているのだ。
以前なら違った。
手入れの行き届いた制服ときっちり整えられた髪。
背筋を伸ばし、颯爽と歩く姿。
それは、王宮の彩りの一つだった。
だが今は違う。
「お疲れ様です」
侍女が笑顔で声をかけても、
「ああ」
と、気の無い返事だけ。
目の下には隈があり、髪は伸び放題で、それを無造作にくくっている。
靴は、かろうじて磨いてあるが、くたびれている。
どう見ても彼らは、疲れ切っている。
スタニスは廊下を歩きながら首をかしげた。
(何があった?)
文官は元気だ。むしろ以前より生き生きしている。
なのに騎士だけが死にそうな顔をしている。
不思議に思って調べさせると、原因はすぐに判明した。
「兄上が?」
スタニスは思わず聞き返した。
報告した文官が苦笑する。
「はい。ロバート王太子殿下が頻繁にダンジョンへ通われているそうです」
「兄上が?」
驚いた。
ロバートがダンジョンに興味をもつとは……
はっきり言って兄はうわついた人間だ。いったいなにが起こったのだ?
冒険者のような真似をする人物ではない。
「しかも騎士団も投入されております。翼の生えた蛇をさがしておられます」
「なるほど」
スタニスは納得した。
だから騎士たちは疲れているのか。
そして悔しくなった。
先を越された。自分のほうが冒険者になったのは先だ。
それなのに、兄は……一応、王太子じゃないか! 一人の体じゃないだろ!
ダンジョン。魔獣とか、未知の遺跡とか……
仲間と出かけるのだ。背を預けられる仲間!
兄が楽しそうなことをしている。
少しだけ口惜しい。許せない……
だが、すぐに考え直した。
騎士団をダンジョンに投入しているとは、問題だ。
王宮警備の戦力が減っている。危機管理の問題だ。
騎士団の予算をダンジョンに使っている。
たくさんある規則すべてに違反している。
しかし、そこを問題にするといろいろ面倒になる。
自分が忙しくなる未来が予想できる。
兄は本気のようだ。むろん、騎士団も本気だ。
今さら止めても揉めるだけである。
スタニスはしばらく考えた。
そして、「そうだ」と、にやりと笑った。
「足りないなら増やせばいい」
数日後、スタニスは、こっそり冒険者ギルドを訪れていた。
ギルドマスターは目を丸くする。
「スタニスもダンジョン?」
「違います。依頼を出したいと思って」
「依頼?」
「指名依頼です」
スタニスは机に依頼書を置いた。
そこに書かれていた名前を見て、ギルドマスターが驚く。
「ディディエとマチュリンか」
「駄目でしょうか?」
「いや」ギルドマスターは笑った。
「むしろ適任だな」
「それなら良かった」とスタニスも笑った。
数日後、返事が届いた。
二人は引き受けるという。
そこから、話は早かった。
募集が始まった。
下級貴族の四男、五男が応じてきた。
騎士になれず行き場を失った者も恐る恐るやってきた。
冒険者になりたいが家族に反対されていた商家の末息子。
腕に覚えのある者など、様々な者が集まった。
最初は数人だったが、
「元騎士団長が教えるらしいぞ」
その噂が広がると人数が増えた。
訓練場ではディディエが腕を組んで立つ。
「剣は力で振るな」
訓練生たちが姿勢を正す。
「相手を見ろ」
木剣が鳴る。
「次」
声が飛ぶ。
汗が飛ぶ。
彼らは必死だった。
そして、彼らは素直だった。
元騎士団長の言葉を疑わない。
だから伸びる。
マチュリンも走り回った。
「おい! そこは違う!」
「はい!」
「足が止まってる!」
「はい!」
「返事だけは立派だな!」
「はい!」
「だから動け!」
「はい!」
訓練場に笑いが起きた。
少しずつ、確実に彼らは強くなっていった。
そして彼らは知っていた。
騎士とは強さだけではない。
王宮を飾る存在でもある。
見られる仕事だ。
だから制服には、きちんとブラシをかける。
髪を整える。
靴はピカピカに磨く。
背筋も伸ばす。
誰に言われたわけでもない。
自然とそうなった。
王宮には再びキリっとした騎士たちの姿が現れるようになった。
侍女たちの視線も戻ってきた。
「あの人、素敵じゃない?」
「分かる」
「笑顔がいいわよね」
「背が高いわ」
王宮は少し華やかさを取り戻した。
一方、本家の騎士団は相変わらずだった。
「団長!」
「いましたか!?」
「おさげ蛇らしき物が飛んで行きました!」
「どっちだ」
「行くぞ!」
泥のなかに踏み込んでいく。
ギルド長は彼らのためにギルドを増築して、宿舎を作った。
彼らは、ギルド長の夢――遺跡発見の為に今日も泥を踏み分けていく。
もはや騎士というより冒険者だった。
スタニスはその様子を視察してこう言った。
「兄上の望みを全力で叶えて差し上げてくれ」
騎士たちは敬礼した。
「はっ!」
事情を知らない者が聞けば、美しい兄弟愛である。
実際には、『騎士団と兄上は城ではなくダンジョンで輝いてくれ!』
という意味だった。
肝心の兄上は「おさげ蛇」への興味は薄れて、影武者と一緒にダンジョンを散歩している。
アビゲイルはほったらかしである。
今日も、冒険者ロバートは、他の冒険者がゴブリンだの、ウルフだのを魔石にするのを見学している。
ロバートたちは戦わない。自分では手をださない。
一方、冒険者はロバートにさわらない。仲間にもしないし、邪険にもしない。
狩りを見学するくらいは、問題ない。
ダンジョンにはなんの問題も起きていない。
ある日のこと、お城で若者たちの一人が言った。
「俺たちってなんだ?」
「さあ?」
「訓練はディディエ様だし」
「でも依頼主はスタニス殿下だろ」
「じゃあさ」誰かが言った。
「スタニス騎士団でいいんじゃないか?」
その場にいた全員がうなずいた。
「それだ」
「格好いいな」
「スタニス騎士団」
その呼び名はあっという間に広まった。
後日、その話を聞いたスタニスはしばらく黙ったあと、
「いや、正式な騎士団ではないのだが」
と言った。
しかし誰も気にしなかった。
こうして王城には、新しい騎士団――ではない何かが誕生したのである。




