58 がんばる騎士団。素敵な文官。
58 がんばる騎士団。素敵な文官。
最近の騎士団は、一言で言ってひどい有様だった。
王宮の廊下を歩いていても、以前のような華やかさは微塵もない。
かつての騎士たちは、すれ違うだけで侍女たちの心を弾ませる存在だった。
背筋をピンと伸ばし、手入れの行き届いた制服を身にまとい、長いマントを翻して颯爽と歩いていたものだ。
侍女は、仕事の手を止めないよう必死に理性を保ちながらも、通り過ぎる彼らにちらちらと熱い視線を送った。
特に、前の騎士団長は素敵だった。
無口で真面目、少し不器用。
そこがまた母性本能をくすぐって最高だったのに……もう、彼は騎士団にいない。
そして、残された騎士団も完全に変わってしまった。
「団長様、お疲れ様です」
廊下で現団長を見かけ、侍女が営業用の完璧なにっこり笑顔で声を掛けても、
「……ああ」
と、地を這うようなそっけない返事が返ってくるだけ。
見れば、目の下にはどす黒い隈が刻まれ、髪もボサボサに伸びている。
侍女たちのあこがれの的だった鋭いお顔立ちも、頬がこけてどこか幽霊のようだ。
それもそのはず、騎士たちは皆、例のダンジョンに狂ったように通い詰めていた。
「翼の生えた蛇」と探しているらしいのだ。
交代制で奥の調査を続けていると聞いた。
そのせいで、王宮の女性たちの憧れの的だった騎士たちは、日に日にみすぼらしく、泥臭くなっていく。
一方で、株を爆上げしているのが文官たちだった。
「おはようございます、皆さん。今日も良い天気ですね」
「こちら、本日の決裁書類です。急ぎの案件をまとめておきました」
「午後までにはすべて処理しておきますので、ご安心を」
廊下を行き交う彼らの言葉は軽く、手入れされた髪がなびいている。
なにより顔色が良い。ハツラツと歩く姿には、大人の男としての自信が満ち溢れている。
王太子殿下が執務をしていた頃は、文官棟の明かりは夜遅くまで……というか朝まで消えなかった。
だが最近は違う。第二王子のスタニス様が執務を引き受けるようになってから、文官たちの負担は劇的に減ったのだ。
そのせいか、以前は、ボーっと影薄く、重い足取りの男たちが、今では誰もがスマートで立派な紳士に見える。
ローブを軽やかに翻して歩く姿に、若い侍女たちがぽっと頬を染めるのも無理はなかった。
そして、侍女の一人であるガーベラも、例外ではなかった。
彼女がいま、熱い視線を送り、意識しているお相手――それが文官のポール・セイレンである。
「ふふふ……」
ガーベラは、鼻歌を歌いながら得意の刺繍に没頭していた。
白い上質なハンカチの隅に、鮮やかなガーベラの花が咲いていく。彼女の代名詞とも言える自信作だ。
「今度は失敗しないわ。絶対に……!」
ガーベラは思い出し怒りで、ぎりっと奥歯を噛み締めた。
前回の失敗――そう、あの素敵だった前騎士団長が絡んだ、信じられない大事故のことだ。
あれは本当に酷かった。
勇気を出して、この特製の刺繍入りハンカチを贈った時のこと。団長は確かに嬉しそうに受け取ってくれた。
『ありがとう。ガーベラが大好きなんだ』
そう言ってくれたのだ! だからガーベラは「私のことが大好きなんだ!」と脳内変換して天にも昇る心地だった。
それなのに、数日後、あろうことか、新入り騎士のマチュリンがそのハンカチを持っていたのだ。
それを見つけた瞬間、ガーベラは頭が真っ白になった。
『あなた、それを団長様から盗んだのね!? なんて破廉恥な泥棒騎士なの!』
周りに人が大勢いる広場で、ガーベラはキィキィとヒステリックに叫んでしまった。
運の悪いことに、その場には、当の団長本人もいた。
結果から言えば、マチュリンはただ、団長がうっかり落としたハンカチを「落ちていましたよ」と拾っただけだった。
落ち着いて話をすればすぐに分かることだったのに、恋に盲目だったガーベラは完全に頭に血がのぼっていた。
そして最悪なことに――本当に最悪なことに、その騒動がきっかけで団長とマチュリンは急速に親しくなった。
不器用な団長と、世慣れない新入り騎士。二人は男の友情か何かに目覚めたらしく、挙句の果てには、一緒に仲良く騎士団を辞めて王宮を去ってしまったのだ。
「……あれは一体、何だったのかしら」
今思い出しても理不尽だし、不愉快だし、何より悲しかった。わたしが恋のキューピッドよろしく、なぜか男二人を永遠に結びつけてしまったなんて……
ガーベラは深く息を吐き、ブンブンと頭を振って雑念を追い払う。
「いいえ、同じ失敗はしないわ。絶対に。今度のお相手は、知的で冷静な文官のポール・セイレン様だもの」
しかも、今回はかなりの手応えを感じていた。
先日、ついに彼と一緒に食事に行く機会があったのだ。あいにくと、空気を読まない他の同僚たちもぞろぞろと付いてきてしまったが……
大部屋の酒場だったため、ガーベラとポールの席はかなり離れてしまい、会話もほとんどできなかった。
だが、その時のポールの様子をガーベラは見逃さなかった。
(あの時のポール様、なんだかすごく寂しそうだったわ。ええ、間違いないわ。だって、わたしと離れた席に座らされてしまったんですもの……!)
食事中、ポールは2回ほど、ガーベラがいる側の席に視線を向けた。
あのすがるような、切ない瞳……言葉は交わせなくても、わたしたちの気持ちは確かに通じ合っているわ!
「待っていてね、ポール様……」
ガーベラはうっとりと頬を染め、溢んばかりの恋心を針先に込めて、白い布へ注いでいった。
その頃、文官棟のオフィスでは、ガーベラの妄想の王子様であるポール・セイレンが、机の上の書類を片付けながら同僚と今夜の予定について熱く語り合っていた。
「おいポール、聞いたか? 今日の飲み会、なんとあのメアリーさんが来るそうだ。席も近いらしいぞ」
同僚の言葉に、ポールはパッと顔を輝かせた。
「本当かい!? メアリーさんが!」
「へへっ、お前、完全にメアリーさんを狙ってるだろ?」
「おいおい、大きな声を出すなよ。……まあ、否定はしないけどさ。お前だって狙ってるんだろ?」
「そりゃあな! 文官のオアシス。メアリー様だぞ? でも、ライバルが多いよなぁ。他の部署の奴らも手ぐすね引いて待ってるぜ」
「うん。確かに彼女は高嶺の花だけど、男が思いを寄せるのは自由だからね」
ポールはしみじみと頷き、数日前の忌々しい食事会のことを思い出した。
あの日は最悪だった。せっかくの食事会なのに、なぜか席の向こう側に、やたらと自分をギロギロと恐ろしい目つきで睨みつけてくる侍女が座っていたのだ。
あまりの視線の鋭さに怯えたポールは、助けを求めて同僚の方を二回ほど見たのだが、同僚は肉を食うのに夢中だった。
あの恐ろしい女のせいで、飯の味もしなかった。
「まあ、メアリーさんが駄目でもさ」と同僚が肩をすくめる。
「今日の飲み会には、他にもいい花が見つかるかもしれないしな」
「そうだな。よし、おっと……のんびりしてられないな。急いで仕事を片づけるぞ!」
「あぁ、遅れるとメアリーさんの近くの席が埋まっちまうからな。気合入れるぞ!」
ポールは爽やかな笑顔でペンを走らせる。
その頃、彼の手元に届く予定の「ガーベラ刺繍のハンカチ」の呪いが、着々と完成へと近づいていることなど、知る由もなかった。




