55 ギルドマスターは考えた
55 ギルドマスターは考えた
少し、前の出来事だ。
ギルドに、ロバート王太子がやって来た。一応はお忍びのつもりらしい。
お忍びの意味をこんこんと説明してやりたいと思った。
本人を含めて十人全員が同じような冒険者らしい服を着ているのだ。
影武者のつもりなのだろうか?
問いただしたいが、無駄だろうから、やめた。
冒険者たちは、ちらちらと視線を向けていたが、誰も指摘しない。
彼らは面倒ごとだとか、厄介ごとに敏感だ。
ギルドマスターのバートンはため息を飲み込んだ。
「こちらへどうぞ」さすがに受付で話をするわけにもいかず、全員を個室へ通した。
部屋へ入るなり、ロバートは椅子へどかりと腰を下ろす。
影武者たちは壁際へ散開したが、部屋が狭いのであまり効果がない。
「殿下、一体どのようなご用件で?」
そう尋ねると、ロバートは人差し指を突き付けた。
「そう呼ぶな。ロバートと呼べ」
「は?」
「今の俺はお忍びだ」
ロバートは得意げに胸を張った。
「目立たないようにしてきているのだ」
「なるほど。承知した。それで登録したいと言うことで」
「そうだ」
ロバートは身を乗り出した。
「あの翼の生えた蛇を捕まえたい」
「はぁ、今、大抵の冒険者が探してますよ」
「そうなのか?」
「大人気ですよ。あれは見つからないが、意外にテイムできる魔獣がいることがわかりました」
「そうなのか。まぁ俺はあの蛇を狙う」
「おさげ蛇ですね」
「なんだそのださい名前は!」
ロバートが机を叩いた。
「なぜ、もっと格好いい名前で呼ばないのだ!」
「それが正式名称ですので」
「かっこ悪い!」
「そうですか」
「そうだろう。おさげ蛇などと……」
だがロバートはすぐに機嫌を直した。
「まあいい。俺は冒険者になる」
「ほう」
「そして騎士団が全力で捕獲する」
「なるほど」とバートンがうなずく。
「登録しろ」
「承知しました。では説明します」
「いいのか?」
「ギルドは公平です。登録条件を満たしている方の登録は拒否できません」
「そうだろう。わかっているじゃないか」
バートンは引き出しから書類を取り出した。
「では説明いたします」
「うむ。頼む」
書類が差し出される。
ロバートは何気なく目を落とした。
一行読んで、はっとなった。
二行目を読んで、マスターを見た。
三行目を見て、顔色が変わった。
四行目で眉が跳ね上がった。
五行目で机を叩いた。
「なにを考えている!」と怒鳴った。
「なんだこれは!」影武者たちもざわりと動く。
「馬鹿にしているのか!」と立ち上がった。
バートンはここまで動くことなく平然としていた。
「いいえ」
「ではなんだ!」
「冒険者としての最低限の心得です」
「最低限!?」
「はい」
バートンは真顔のまま続ける。
「説明をご希望でしたら、一項目ずつ丁寧に読み上げながらご説明いたします」
ロバートの顔が引きつった。
「いや、それは……」
「一から十まで」
「もう、よい」
「そうですか?具体例も交えながら、丁寧に」
「よいといっておる。もうよい」
ロバートは、書類を破ろうとした。
その時だった。
壁際にいた影武者の一人が一歩前へ出る。
「殿下、お待ちください」
「なんだ」
影武者は神妙な顔をしていた。
「それは試練です」
「試練?」
「はい」と重々しくうなずいた。
「冒険者の試練です」
室内の空気が変わった。
別の影武者も腕を組んで「なるほど」とうなずいた。
さらに別の護衛が重々しく言った。
「これを乗り越えねば真の冒険者にはなれぬということか」
「そういうことだ」
バートンは腕を組んだ。
それから、感心したように言う。
「わかる者もいたのだな」
影武者たちは深刻そうな顔でうなずく。
ロバートも負けじと深刻な顔になって、ひとこと。
「そうか」
しばしの沈黙……
そしてゆっくりとロバートはペンを手に取る。
「試練ならば仕方あるまい」
「左様です」と影武者が低く答えた。
「乗り越えてみせよう」
ロバートも負けじと胸を張って署名した。
バートンは受け取った書類を確認する。
きちんと署名されていた。
「結構です」
「これで俺は冒険者か」
「冒険者証を作りますので少々お待ちください」
ロバートは満足そうに椅子へもたれた。
その時だった。
ばんっ!
勢いよく扉が開いた。
クーパーが飛び込んでくる。
「バートン!」
「なんだ」
「おさげの奥におさげ蛇が飛んでいったそうだ」
室内が静まり返った。
クーパーも固まった。
ロバートも固まった。
影武者たちはもともと固まっている。
数秒後、クーパーが動き出した。
「失礼しました」と静かに扉を閉める。
誰も喋らない。
ロバートの目が勝利に輝く。
影武者たちは、笑いをこらえている。
バートンは表情がなくなっている。
「では」咳払いを一つして、
「冒険者証は下の受付でお渡しします」
「そうか。下だな」
「そちらへどうぞ」
ロバートと影武者はぞろぞろと部屋を出て行った。
ギルドマスターは後ろ姿を見送った。
最後の影武者が礼儀正しくドアを閉めると、マスターはニヤリと笑った。




