54 おさげ蛇
54 おさげ蛇
ノウス国の大使は身を乗り出した。
「一度、来てみてください」
そう言うと、机の上に広げた地図を指でなぞる。
「ここから、ノウス王国までは少し距離がありますが、道中には程よく宿場町があります。野営をする必要もありませんし、途中で気にいった町があれば、すこしゆっくりしてもいいですよ。その土地、その土地の美味い物を食べるのもいいですよ」
「野営なしですか」
ケイトの目が少し輝く。
大使は勢いづいた。
「馬車もご安心ください。最新式のスプリング付きです」
「スプリング?」
「揺れが少ないのです。お尻も痛くなりません」
「それは重要ですね」
ケイトは真剣な顔でうなずいた。
視察で地方に行った経験から、その価値はよく分かる。
「もちろん、馬に乗りたければ途中で乗馬に切り替えていただいても結構です」
「へぇ」
だんだん興味が湧いてきた。
あらゆる気候の植物が集められた温室のある植物園は魅力だ。
旅も楽しそうだ。いってみたいなぁと思った。
肩に乗っていたリンベルがぽつりと言った。
「ケイト。インプットしたい」
その一言が決定打になった。
ケイトは笑った。
「そうだね。知らないものをみるのはいいよね」
「ケイト、よく考えろ。長く留守をすることになるぞ」とマイクがあわてて言うが、
「そうだけど、こういうのは思い切らないと」
「そうですよ。護衛ならわたしたちが務めますから」と大使はマイクをしっ、しっとケイトから離そうとする。
「よし、行ってみようか」
「ケイト……」マイクが青い顔になった。
大使は飛び上がるほど喜んだ。
「本当ですか!?」
「はい」
「ありがとうございます!」
その日のうちに大使は本国へ早馬を出した。
まるで王女でも招待するかのような慌ただしさだった。
旅に行くからと大家さんに相談を持ち掛けた時だった。大家が首を横に振る。
「部屋はそのままにしておくよ。マイクさんもね」
「え?」
「ギルドが家賃を払ってくれた」
ケイトは驚いた。
「なんでですか? それにマイクの分も?」
「さぁな。帰ってくる場所がなくなったら困るだろうってさ」とマイクがなんでもない風に答える。
大家は笑って言った。
「だから安心して行ってきてください」
ケイトは少し照れくさくなった。
「ありがとうございます。で? マイクも一緒に来てくれるの?」
「あぁ、護衛だからな」
「ありがとう」ケイトの『ありがとう』にマイクは心から嬉しそうに笑った。
数日後、冒険者ギルドに呼ばれたケイトは、マスターの前に座った。
「これ見ろ」
すっと一枚の書類が差し出される。
目を通した瞬間。
「え?」
思わず声が出た。
「マスター、これどうやったんですか?」
そこには王子の署名があった。
「冒険者になったんですね」ケイトの声は沈んでいた。
マスターはふんぞり返る。
「そりゃ、優しく丁寧に諭して署名してもらった」
「えーー!」
ケイトは思わず立ち上がった。
「絶対に虐めて帰らせると思ってたのに!」
部屋の隅で書類を整理していた職員が吹き出した。
マスターは胸を張る。
「いやいや。あの王子、人を見る目があるみたいでな」
「はぁ」
「俺の人格に打たれて署名した」
「……」
「信用してないな?」
「全然」
「ひどいな」
「だって、人格って。あちらが......第一! あんなのが冒険者になったら迷惑しかないでしょ」
「いや、あいつリンベじゃない、おさげ蛇が欲しいみたいで……」
「そんなの買い取ればいいでしょうに」とケイトがふくれて言うと、マスターは肩をすくめた。
「本気で欲しいようでな」
(まあ、本気で脅したんだけどな)
ケイトは書類を見ながら言った。
「それはまずいですね。冒険者を護衛でつれていくでしょうから」
「そうだな」
「騎士団がダンジョンにはいれるように、禁止措置を解除しましょう。あれの護衛は騎士団に任せるのが一番です」
「そうだな」
「騎士団がダンジョンに入れるようになったってことは、あのおさげダンジョンが、もっと混みあいますね」
「ああ、そうだな」
◆◇◆◇◆
リンベルが発見されたダンジョンは、いつしか『おさげダンジョン』と呼ばれていた。
おさげ蛇。
珍しくて可愛くて高値で売れるだろう魔獣。
その噂が広まり、冒険者が次々と潜っているが、見つかることはない。
ケイトとリンベルは、そのことをよく知っている。
「いたぞ!」
「追え!」
「今度こそ捕まえる!」
なぜか、こういう展開で、おさげ蛇を求める冒険者たちは奥へ奥へと進む。
一体、なにを追いかけているのだろうか?
なにはともあれ、おさげダンジョンは一番混みあう場所になっている。
そこに、王子と騎士団がやってきたら、いろいろとまずい。
ケイトはリンベルを見上げた。
『リンベル。お願いがあるの』
『なあに?』
『ほら、毛玉の魔獣とウサギの魔獣がいるダンジョン』
『うん』
『あそこで色を変えて飛び回ってほしいの』
リンベルは首を傾げた。
『どうして?』
『そこにおさげ蛇がいるって思われるでしょ?』
『うん』
『そうしたら冒険者が分散する』
『なるほど』
リンベルは理解したらしい。
『いいよ』
◆◇◆◇◆
久しぶりにくるくる広場へやって来る。
相変わらず冒険者で賑わっていた。
武器屋の呼び声。
荷運びの怒鳴り声。
酒場から聞こえる笑い声。
いつもの光景だ。
『行ってくる』
『いってらっしゃい』
リンベルはふわりと飛び上がった。
そして空中で色を変える。
石壁と同じ灰色。
誰も気づかない。
そのまま一直線に飛んでいく。
目標のダンジョンが近づいた時だった。
ぱっと色が変わる。
黒。
そして金色。
内側から輝く。
リンベルは入口付近をふよふよ飛び回る。
すぐに冒険者たちが気付いた。
「あれ?」
「おい!」
「リンベルだ!」
「色が違うぞ!」
「リンベルじゃないリンベルだ!」
「いや、おさげだ!」
「おさげ蛇の仲間だ!」
誰かが叫んだ。
その瞬間、全員が色めき立つ。
「追え!」
「絶対に、なかにいる!」
「新発見だ!」
リンベルは満足そうにふよふよ飛びながらダンジョンへ入っていった。
その後ろを、行列になって、冒険者たちが続く。
噂は風より早く広がった。
くるくる広場へ駆け込んできた冒険者が叫ぶ。
「新しいおさげだ!」
「別のダンジョンで見つかった!」
「黒と金色だったぞ!」
広場がどっと沸いた。
次の瞬間、そこにいた冒険者たちが一斉に動き出す。
「急げ!」
「出遅れるな!」
「場所はどこだ!」
人の流れが一気に変わった。
ケイトはその様子を見てにやりと笑う。
隣でマイクも驚いている。
「リンベ……おさげ蛇が一番の客寄せになってるな」
「ほんとだね」
二人は大勢の冒険者たちの後を追いながら、毛玉のいるダンジョンへ向かった。




