52 無限虹竜(むげんこうりゅう)
52 無限虹竜
「リンベルを捕まえにいくぞ!」
「昨日、西側の区画で目撃談があったらしい!」
「いや、別の階層にいるかもしれんぞ」
「三匹捕まえたやつがいたらしいぞ」
「それ絶対ただのトカゲだろ」
王都の冒険者ギルドでは、そんな会話が毎日のように飛び交っていた。
虹色に輝く翼におさげ髪、そして何より可愛い。そんな『リンベル』の人気は日に日に高まり、冒険者のみならず研究者も神官も夢中になっていた。
その光景を見ながら、ケイトは不満そうに唇を尖らせる。
「納得いきません」
隣で報告書を読んでいたギルドマスターが、顔も上げずに答えた。
「またか」
「あたりまえです!」
ケイトは机をバンッと叩いた。
「リンベルは、私の肩にいるこの子の『個体名』です! 種類じゃありません!」
「そうだな」
「なのに皆、新種の種族名みたいに使ってます!」
ギルドマスターは面倒そうに顔を上げた。
「リンベルで通じるだろ」
「通じますけど! 学術的に大問題です! なによりわたしは不満です」
ケイトは力説するが、マスターはフハッと鼻で笑うだけだ。
「ケイト、冒険者はな、通じればそれでいいんだよ」
「それでは、ダメなんです!」
ケイトはロビーに出るとリンベル談義をしているテーブルに向かった。そして先ほどマスターに言ったのと同じことを言ってみた。
周囲の冒険者たちがドッと笑った。
ケイトはぎろりと周囲を睨みつけ、テーブルにいた研究者を振り返る。
「学者様なら分かりますよね! リンベルは個体名であって、種族名ではありません!」
突然話を振られた研究者は目を丸くした。
「え? ああ、確かに……言われてみればその通りですね」
「でしょう!?」
研究者の一人が腕を組んだ。
「うむ、新種の分類名は必要ですな。学術的な新発見なのだから」
「必要ですよね!」とケイトが勢いよく言った瞬間、隣の席の神官が口を挟んだ。
「ならば、神殿の権威を高めるような神聖な名前がよろしいのでは?」
研究者たちの目がギラリと輝いた。ケイトへの共感はどこかにいってしまった。
「なるほど、命名ですか」「非常に重要ですな」
――危険な空気になってきた。
ケイトはちょっと後悔したが、もう止まらない。
「『虹天竜』はどうでしょう! 翼の美しさを表しています!」(年配の研究者)
「いや、『虹霊竜』だ! 神秘性がある!」(神官)
「それは神殿の都合でしょう! ならば『彩竜蛇』は?」(若い研究者)
「竜なのか蛇なのか分からんだろ!」(冒険者)
ここから先は収拾がつかなくなった。
「境界を司る『虹界竜』!」
「神々しい『無限色翼竜』!」
「美しい『千彩翼竜』!」
「強そうな『万彩竜』!」
研究者も神官も立ち上がり、好き勝手に名前を叫び始める。
ギルド中に大声が飛び交う中、冒険者たちは酒を片手に見物していた。
「どれでもいいだろ」
「いや、無限色翼竜はちょっと格好いいな」
自分が始めたことながら、面倒になったケイトが遠い目をする後ろで、「虹天竜!」「無限色翼竜!」「彩竜蛇!」という叫び声は夕方まで続いたのだった。
翌日、まだ、静かなギルドで、ケイトがマスターの机に一枚の書類を見せた。
そこには大きく、こう書かれている。
――【新種登録:無限虹竜】――
「……なんだこれは」
呆然とするマスターに、ケイトは寝不足の隈を作った目で、不敵にフッと笑ってみせた。
「昨日あいつらが叫んでいた名前を全部足して、一番それっぽい折衷案を作って、夜通しで申請書を書き上げました。これは初めてなので、時間がかかりました。研究者も神官も、自分の出した文字が入っているので文句は言わせません。今後は公式にこの名前を使ってください」
マスターは小さくため息をつくと、その紙を受け取り、自分で掲示板の一番目立つところに貼り出したのだった。
そこにリンベルがやって来て「おさげ蛇がいい」と言った。
「リンベル、それは変でしょ」とケイトが言ったが、マスターとリンベルは無視して会話を続けた。
「おさげ蛇?」「そう。おさげ蛇」
マスターはにやりと笑うと、「本人が言うなら、そうだな」と言うと、せっかく貼った紙をはぎ取った。
次に出てきたマスターは【新種登録:おさげ蛇】と書いた紙を貼った。
ケイトに書類で勝った。
マスターの記念すべき日だった。




