50 リンベルが喋った
50 リンベルが喋った
「ケイト、鈍い」
突然、誰かが言った。
ケイトは歩きながら、屋台で買ったクレープをもぐもぐと食べていた。
甘い果物と生クリームとカスタードも奮発したもので、美味しい。
「ん?」
まわりと見る。
(誰? そんなことを言うのは)
隣を見る。マイクは平和そうな顔でクレープを食べている。
のんびりした顔が、実に怪しい。
(犯人はこいつ!)
じっと見る。
マイクも気付いたらしい。
「どうした?」
「いや」
たぶん違う。この男は今、クレープのことしか考えていない顔をしている。
すると再び声がした。
「ケイト。リンベルだよ」
「は?」
「え?」
ケイトとマイクは同時に顔を上げた。
そして、同時にリンベルを見る。
リンベルはいつものように、ふよふよと飛んでいた。
少し得意そうだった。
「まぁ」
ケイトは目を丸くした。
「リンベル、お話ができるようになったのね」
マイクの頭に警鐘が響いた。
「うん」
「なんて素敵なんでしょう」
(誰に向かって演技してるんだ。大根!)
ケイトはマイクを見上げると
「ね! マイクもそう思うわよね」
急に振られたマイクは一瞬固まった。
その言い方に、警告の鳥肌が立った。
だがその警告は無視するしかなかった。
「そのようだな」
真面目な顔で答える。
「リンベル偉いなぁ」
「うん」
リンベルの尻尾が微妙に揺れている。
「リンベルは前から偉い」
尻尾が揺れる。
「今も偉い」
さらに揺れる。
「これからも偉い」
尻尾の揺れが続く。
「そうか」
マイクは真顔でうなずいた。
「それはそうだな」(なんでこいつの自慢を真面目に聞いてるんだ。俺は)
「うん、マイクわかってる」(ありがとうよ)
リンベルは満足そうだった。
ケイトがクレープを飲み込んで言った。
「褒めることろがいっぱいあるわね」
「そうなの」
リンベルは、ケイトの頭に髪飾りのように収まった。
薬師ギルドでポーション作りを習った帰り道だった。
王都の通りは今日も賑やかだ。
パン屋からは焼きたての匂い。
屋台からは肉を焼く香ばしい匂い。
リンベルはきょろきょろと周囲を見回している。
「人いっぱい。忙しそう」
「そうね」
二人は楽しそうに話してる。
なにを見ても楽しそうだ。
「インプット」
(なんだ?インプ)とマイクは思った。
「はいはい」
マイクは二人のやり取りを聞きながら笑った。
本当に変な組み合わせだ。
そして本人たちはまったく変だと思っていない。
しばらく歩くと宿が見えてきた。
オーナーが洗濯物を取り込んでいた。
白いシーツが風に揺れている。
「あら、ケイトちゃん」
「ただいま」
オーナーが笑顔になる。
「今日もお勉強?」
「はい。ポーション作りです」
「偉いねぇ」
「リンベルも偉いです」
「うん? あれ、リンベルちゃんお話しできてた?」
「ううん、さっきからできるようになった」
「まぁ、そうなの。楽しいわね」とあっさりと言うオーナー。
(いやぁ、そこすんなり受け入れないで欲しいなぁ)と笑顔のマイク。
オーナーは、ケイトをとても気に入っている。
きちんと挨拶する。
部屋の掃除もきちんとする。最初はへたくそだったが、上達した。
水魔法を使った洗濯はオーナーのお気に入りだ。
だから護衛のマイクにまで愛想が良い。
「おかえり、マイクさん」
「ただいま」
「夕食は楽しみにしててね」
「助かります」
ケイトがぱっと顔を上げた。
「今日の夕食なんですか?」
「シチューだよ」
「やった」
マイクが吹き出す。
「美味しいご飯は大事です」
「大事です」
リンベルも同意した。
部屋へ入っていくケイトの後ろ姿を見ながら、マイクは小さく笑った。
どの場面のケイトも、きっと全部ケイトなのだろう。
王宮で大量の書類を片付ける時も。
騎士団を書類で追い返す時も。
ダンジョンで変な生き物を拾う時も。
こうして宿へ帰り、夕食を楽しみにしている時も。
全部同じ人間だ。
育ちがよくて、有能で、変わっていて、そして放っておけない。
最近は、ほんとに目が離せなくて、ずっと目で追っている。
護衛として、一段階進歩した自覚がある。
ともあれ、大事なものを守るのは、自分の役目だ。
それは間違いない。
難しいけどな。
マイクはふっと笑った。すると頭上から声がした。
「マイクも鈍い」
「なんでだ?」
思わず返事をしてしまった。
「秘密」
リンベルは楽しそうに笑っていた。
◆◇◆◇◆
リンベルは尻尾を振るわせて、音を出しています。
自分で発見した方法です。




