48 ギルド界隈はにぎやかだ
48 ギルド界隈はにぎやかだ
スタニスの初心者講習は、特別扱いだった。
王子である以上、身元が知られれば面倒も多い。
そのため座学や基本訓練は別室、別時間で行われた。
もっとも――最後の薬草採取だけは違った。
「最後くらいは、他の初心者と一緒に受けてみたいのです」
そう言ったのはスタニス本人だった。
遠慮がちな言い方だった。
頼みごとに慣れていない人間の言い方だ。
断られる前提でお願いしているような声だった。
「いいですよ」
ケイトがにっこり笑って答えた。
「薬草採取は人数が多い方が楽しいですし」
「ありがとうございます」
スタニスは嬉しそうに笑った。
スタニスはマイクと一緒に古着屋へ来ていた。
冒険者らしい服を揃えるほうが、いいだろう。ということでマイクが店に連れて来たのだ。
「この辺でいいんじゃないか」
マイクが手に取ったのは、丈夫そうなシャツだった。
「少し大きくありませんか?」
「冒険者は動く。余裕があった方がいい」
「なるほど」
スタニスは素直にうなずいた。
店のおかみ、ミリーは、どきどきを悟られないように深く呼吸していた。
コードネーム――コートが連れて来た、見るからに育ちの良い若者。
絶対にわけありだ。しっかりと観察して報告しなければならない。
「似合いますよ。それは丈夫ないい服です。おすすめですよ」
そう言うと、コートがほらなって感じで若者に笑いかけ、若者は、「これにします」と答えた。
「ありがとうございます」、とミリーは上品に答えた。
そしてシャツ二枚とズボンを丁寧に畳んで渡した。
薬草採取の講習会の日だ。
護衛はマイクとディディエ、そしてマチュリン。
講師役にはケイトもいた。初心者講習の内容はディディエたちの時と同様で、薬草の見分け方や採取方法が中心だった。
十人ほどの初心者を囲んで一行は森に入った。
誰もスタニスの正体に気づいていない。
品がいいなと何人かが思ったが、それだけだ。
それに、講師のケイトも品がいいから、そんなもんだと思っている。
「はい、皆さん集まってください」
ケイトが手招きする。
「葉脈が少し赤いのが薬草です」
初心者たちが一斉にしゃがみ込む。
「これですか?」
「違います」
「これは?」
「惜しいですね」
「ただの雑草です」
周囲から笑い声が上がった。
スタニスも一緒に草を見つめる。
真剣だった。
「ケイトさん」
「なんでしょう?」
「この薬草は、なぜ根を残すのですか?」
「来年も採れるようにです」
「なるほど」
スタニスは感心したようにうなずいた。
「継続的な資源利用ですね」
近くにいた初心者がぽかんとした顔になる。
「しげん?」
「あっ」
スタニスが少し困った顔になる。
「来年も採れるように、という意味です」
「おぉ!」
初心者たちは納得した。
ディディエとマチュリンは少し離れた場所で見守っていた。
「馴染んでいるな」
ディディエが言う。
マチュリンもうなずいた。
「殿下は真面目ですから」
「うむ」
そして少しだけ目を細めた。
「楽しそうだ」
それは本当だった。
王宮で仕事をしている時より、よほど穏やかな顔をしている。
講習は順調に進んだ。
初心者たちは気づいていなかった。
元騎士団長。元騎士。王子。
そして、王宮の実務を一人で回していた元王太子婚約者。
そんな面々が周囲にいたことに。
講習が終わる頃には、皆すっかり打ち解けていた。
「腹減ったー!」
誰かが叫ぶ。
するとマイクが肩をすくめた。
「よし」
そう言って屋台へ向かう。
「今日は俺のおごりだ」
歓声が上がった。
「本当ですか!?」
「やった!」
串焼きの香ばしい匂いが漂う。
初心者たちは大喜びだった。
スタニスも一本受け取る。
「ありがとうございます」
「美味いぞ」
マイクは笑った。
「こういうのは楽しんだ者勝ちだ」
スタニスは串焼きを一口かじった。
炭火の香りと肉汁が口いっぱいに広がる。
思わず笑みが漏れた。
「美味しいです」
「だろう?」
その笑顔を見て、ディディエとマチュリンも少し嬉しそうだった。
その後、スタニスは王太子代行として王宮の仕事を続けた。
ケイトに鍛えられて、文官たちの能力が上がっていたから、さほど忙しくなかった。
文官も余裕がでてきている。
スタニスはダンジョンに行きたいと思っている。
自分の立場はよくわかっている。だから無茶はしない。
だけど、希望を持っている。いつかは……
一方で、王都は別の話題で盛り上がっていた。
リンベルである。
翼の生えた不思議な蛇。
ケイトと行動を共にしている存在だ。
もともとはダンジョン奥の巨大な砂時計の前でケイトと出会ったが、その存在はダンジョンで明らかにされている。
研究者たちは大騒ぎだった。
「同じ生物を発見したい」
「生態を調査したい」
「繁殖方法は?」
神殿も負けていない。
「あれは神聖な存在では?」
「奇跡の象徴かもしれません」
「いや、神話の再現では?」
「新種の神獣では?」
冒険者たちも騒いだ。
「テイムしたい!」
「俺も欲しい!」
「可愛い!」
結果として、リンベルがいたダンジョンは大人気になっている。
さらに絵の上手な研究者がまとめた報告書が人気を集める。
挿絵入りだ。読んでいて面白い。
神殿も神獣の絵をロビーや礼拝堂に飾っている。
その噂は当然、王宮にも届いた。
「欲しいですわ!」
アビゲイルが騒いでいる。
「わたくしもリンベルを飼います!」
侍女たちが困った顔になる。
「同じ個体は見つかっておりませんので……」
「探しなさい!」
王宮は今日も騒がしかった。
そして、モリーンもその噂を聞いていた。
お茶を飲みながら、ふと思い出す。
「そういえば……」
夜会の時、ケイトの髪には見慣れない髪飾りがあった。
きらきらした、不思議な飾り。
翼をバタバタさせていた。
「あれだったのね」
思わず笑ってしまう。
どうりで綺麗だったはずだ。
そして、モリーンは紅茶を置いた。
窓の外を見る。
「冒険者、ねぇ……」
夜会で聞いた話を思い出す。
誰でもなれる。
危険な依頼ばかりではない。
仕事は選べる。
王都の依頼もある。
マイクはそう言っていた。
騎士団長と若い騎士が真剣な顔で、マイクの話を聞いていた。
モリーンは小さく笑った。
「見てみたいわね」
ダンジョンを。冒険者たちの世界を。
窓辺に差し込む午後の日差しの中で、モリーンは本気で考え始めていた。
わたしも、冒険者になってみようかしら。




