46 頼もしい初心者
46 頼もしい初心者
元騎士団長――ディディエ・ジャイユールとマチュリン・ロメガスは、冒険者ギルドに平民として登録した。
もちろん貴族籍のままでも登録は可能だが、二人はすでにその身分を返上している。
「これで登録完了です」
受付嬢からカードを渡され、ディディエは穏やかに笑った。
「第二の人生だ。真面目にやるさ」
隣でマチュリンもディディエと目を合わせてうなずく。
世慣れていない二人の佇まいは、見方によってはひどく初々しく、受付嬢の目を奪った。
「初心者冒険者教室、本日の内容は――装備の確認、魔物との距離感、安全確認です!」
若い教官は元気に講義を始めたが、前列に並ぶ折り目正しい二人と目が合い、途端に調子を崩した。
「え、えっと……何か質問はありますか?」
すっとディディエが手を挙げた。
「魔物と遭遇した際、撤退の基準はどのように判断する?」
「え?」
教官が一瞬、言葉に詰まった。
「力量差の見極めだ。初心者が命を落とす理由の大半だろう」
「そ、それは後半の講義でやります!」
「承知した」
数日後、初心者講習の最終日。
最後の課題は、王都近郊の草地での薬草採取だった。
朝露がまだ葉先に残り、青い草の匂いが風に乗って運ばれてくる。その講習に、ケイトとマイクが助手として同行していた。
「さて、今日は薬草採りです」
ケイトが草地にしゃがみ込み、小さな葉を指さした。
「これ。葉脈が少し赤いでしょう?」
ディディエとマチュリンが、恐ろしいほど真剣な顔で覗き込んできた。戦術会議でも始まりそうな雰囲気だった
「……ふむ」
「確かに赤いな」
「これと似た草があります」
ケイトは隣に生えていた別の草を摘み取った。
「こっちは毒ではないですけど、薬効はナシ。冒険者的には『ハズレ』です」
「違いはどこだ?」
ディディエの真剣な問いに、「茎の香りです」とケイトは答えて、軽く茎を折った。爽やかな、みずみずしい香りがふわっと広がる。
「嗅いでみてください」
ディディエが慎重に鼻を近づけた。
「……爽やかだな」
「でしょう?」
次に、ケイトはハズレ草の茎を折る。「こっちは?」
今度はマチュリンが引き締まった眉を寄せた。
「……青臭いな」
「正解!」
ケイトがにこりと笑う。
「あと、絶対に根っこごと抜かないでくださいね」
「なぜだ?」
「来年、採取できなくなっちゃうからです」
二人の動きがぴたりと止まった。
「……なるほど」
「資源管理か」
「そうそう。冒険者って乱暴そうに見えますけど、その辺の管理はけっこう大事なんです」
横で聞いていたマイクも、同意するように顎を引いた。
「全部刈る馬鹿は、同業者から死ぬほど嫌われるからな」
「そういうことです」
その後も
「ケイト、これは?」
「違います」
「これはどうだ」
「惜しいですね」
「……これは?」
「ただの雑草です」
二人は、最後まで熱心だった。
無事、初心者冒険者教室を終えた二人は、正式に冒険者としての活動を始めた。
とはいえ、受ける依頼は護衛や荷物運びなど地味なものばかりだった。
元騎士団長がやるには妙に庶民的だったが、二人は実に楽しそうに仕事をこなしていた。
ある日ギルドの受付にいたギルドマスターが、ケイトを手招きした。
「ケイト、ちょっと来い」
「はい?」
ケイトがそばに寄ると、マスターは周囲を気にしながら、一枚の書状を直接手渡してきた。
「また王宮からの依頼だ」
受け取ったケイトは、中身をちらりと見ただけで、即座にバッグへしまい込んだ。
「読まねぇのか?」
「どうせ急ぎじゃないですし」
『王宮おもしろそう! インプットしたい!』
頭の中に響く声に、ケイトは小声で応じる。
「静かにして」
『インプット、インプット!』
「後でね」
ギルドマスターが気味の悪いものを見るように眉をひそめ、ケイトの肩に乗るリンベルや、ロビーのなにもない空間を見ながら「……お前、さっきから誰と話してんだ? リンベルちゃんか?」
「独り言です」とケイトが答えると「絶対違うだろ」と呟いた。
翌日、ケイトはギルドマスターの執務室を訪れていた。
「頼みがあるんです」
「嫌な予感しかしねぇな」
「ディディエさんとマチュリンさんに、依頼を出したくて」
「何?」
「王宮の仕事です」
ギルドマスターの眉がピクリと跳ね上がった。
「わたしの補佐として、一緒に来てほしいんです」
「あの二人をか?」
「うん」
「今、あいつらはダンジョンか?」横からマイクが尋ねた。
マスターが手元の帳簿を確認する。
「いや、貴族屋敷の護衛業務だ。そろそろ戻る頃合いだな」
「終わったら連絡が欲しいです」とケイトが言うと、マスターはますます嫌そうな顔をして尋ねた。
「おい、お前。王宮で何する気だ?」
ケイトはさわやかに笑って言った。
「ちょっと面白いこと」
「……やっぱりか……」
二日後、連絡のついた二人を呼び出し、ケイトは王都の喫茶店の窓際席で簡単な説明を行った。
「つまり――我々に王宮へ同行しろ、と?」
ディディエがカップを置いて確認する。
「はい。わたしの補佐役です」
「具体的には何をするのだ?」
「たぶん、書類仕事の補佐ですね」
マチュリンが無言になり、心配そうにディディエを見た。
「……剣ではなく?」とディディエが言った。
「今は剣より大事な仕事かも」
「それを、俺たちに?」と不思議そうな顔をディディエがした。
「だって、元騎士団長でしょ?」
ケイトはさらりと言ってのけた。
「お二人が後ろに控えてるだけで、王宮の人たち、無駄な抵抗をしないでしょうから」
二人は一瞬だけ目を見合わせ、すぐに納得したように頷いた。
「そういうことですか?」とマチュリンがほっとしたように言った。
「威圧要員か」
「そうとも言います!」
「相変わらず、人使いが荒いな」マイクが横からぼそりと呟いた。
「人聞きが悪いなぁ」とケイトが答えた。
『王宮! インプット!』
「静かに」
翌日。ケイト、マイク、ディディエ、マチュリンの四人は王宮の回廊を歩いていた。
すれ違う文官たちが、次々と足を止め、信じられないものを見るように二度見していく。
「……え?」
「ジャイユール卿……!?」
「ロメガス卿では……!?」
ざわめく周囲を余所に、当の二人は至って平然としていた。
「もう卿ではない」
「ただの冒険者だ」
その言葉に、周囲の文官たちはさらにパニックに陥っている。
そんな喧騒を無視して、ケイトはある部屋の前で足を止めた。
「いますね」
扉の隙間から中を覗くと、山積みの書類に囲まれ、必死にペンを走らせている第二妃の息子――スタニスの姿があった。
すっかりやつれ果て、悲壮感が漂っている。
それを見たケイトは、にやりと邪悪な笑みを浮かべた。
「よし。ちゃんと働いてる」
「お前、生存確認のつもりで来たのか?」
マイクが心底呆れた声を出す。
ケイトは振り返り、頼もしい二人の「新人冒険者」を見上げた。
「わたしはちょっと別件の仕事をしますから、お二人は、あの殿下の『護衛兼見張り』についていてくださいね?」
そういうとケイトは文官の待つ執務室に入って行った。




