45 大物新人冒険者
45 大型新人冒険者
ギルドの扉を開けた瞬間、空気がおかしいと分かった。
ざわざわしているのに静かだった。
冒険者たちが壁際に寄り、妙に姿勢よく立っている。普段なら椅子にだらしなく腰掛け、酒でも飲みながら馬鹿話をしている連中が、今日は揃って背筋を伸ばしていた。
しかも、誰も近づこうとしない。
「……なにこれ」
ケイトが小さく呟き、マイクも眉をひそめた。
視線の先、受け付け前で、ギルドマスターと二人の男が対峙していた。
マイクは二人を知っている。
騎士団長ジャイユール。背筋をぴたりと伸ばし、威圧感を隠そうともしていない。
その横に立つ人物も、この間知り合った彼だ。
年の頃は二十代半ば。騎士には少し細身だ。整った顔立ちをしていて、今は怒りを隠していない。
だが、その二人と向かい合うギルドマスターの顔がひどい。
眉間に皺を寄せ、今にも机を叩きそうな勢いで睨みつけている。
「そういう汚い手を使ってくるとはな」
低い声だった。
ギルド中に響くほどではないが、十分に刺々しい。
若い方がぴくりと眉を動かす。
「団長に失礼なことを言うな。許さんぞ」
ぴしゃり、と空気を切る声。
一瞬、冒険者たちが身構えた。
――殴り合い?期待に満ちた視線が三人に集中する。
だが、ジャイユール騎士団長が片手を軽く上げた。
「まあ待て」穏やかな声だった。
不思議と場の空気が少しだけ緩む。
「誤解だ。純粋に冒険者になりたいだけだ」
その言葉に、ギルドマスターの眉間の皺がさらに深くなる。
「信用できるか!」机をばんっと叩いた。
受付嬢がびくりと肩を跳ねさせる。
リンベルがひらひらと受け付けに近づいた。
「正面から殴り込みに来ないと思ったら、今度はこれだ! 何のつもりだ!」
ケイトは少し首を傾げた。『殴りこみ。インプット』
(今日のマスター、よく喋るわね)
いつもなら「却下」「駄目だ」「帰れ」で終わる男である。
ここまで感情を表に出すのは珍しい。
しかも相手が騎士団長だ。
ケイトが団長のことで知っていることといえば、生真面目の一言に尽きる。
必ず、期日の前に書類が届けられた。
でも、どうしてこの二人が登録したいのだろうか? ダンジョンに行きたいのだろうか?
確かに騎士はダンジョンに入れないが……
隣りのマイクは窓口の二人をじっと見ている。
そして、すっと前へ出た。
足音ひとつで場の視線が集まる。
ジャイユールと隣の男がそちらを向いた。
一瞬だけ怪訝そうな顔をしたが、すぐに目を見開く。
「あぁ」
ぱっと表情が明るくなった。
「マイクか」
騎士団長がわずかに口元を緩める。
隣の男も肩の力を抜いて、口元に笑みを浮かべた。
マイクはいつもの調子で言った。
「決心したのか?」
一瞬、ギルド内が静まる。
知り合いだったのか。ならいいか。そんな空気。
ジャイユールが肩をすくめた。
「あぁ。登録に来たのだがな」
わざとらしくギルドマスターを見る。
「信用してくれん。相変わらず頭が固くて融通の効かんやつだ」
「お前が言うな!」
ギルドマスターが即座に怒鳴る。
冒険者たちが小さく吹き出した。
空気が少しだけ和らぐ。
マイクは気にした様子もなく、隣の男を見る。
「ジャイユール騎士団長に……マチュリン殿まで登録ですか」
少しだけ目を細める。
「決めたんですね」
マチュリンが短く息を吐いた。
「はい」その声は妙にすっきりしていた。
「後始末をしてきた」と団長も言った。
吹っ切れた。さっぱりした。そんな響きだった。
マイクは静かにうなずいた。「そうですか」
だが、それだけで十分だった。
それからマイクはギルドマスターに向き直った。
「登録を受けてください。ギルド長として」
ぴたり、と空気が止まる。
ギルドマスターが目を細めた。
そして、数秒ずつ睨む。
ジャイユールを。
マチュリンを。
最後にマイクを見る。
わざとらしく、深いため息をついた。
「……マイクを信用しよう」
嫌そうな顔だった。
本当に嫌そうだった。
だが、その口調には諦め半分、信頼半分が混じっている。
そして騎士団長を指差して言った。
「お前は信用しないがな」
「失礼だな」とジャイユールが笑う。
受付嬢がそっと登録用紙を差し出した。
その瞬間、ギルド内に安堵の空気が流れた。
冒険者たちがこそこそと囁き始める。
「え、あの人って騎士団長? 冒険者?」
「いやマジか?」
「団長、初心者講習受けんの?」
「見てぇ……」
ケイトはその様子を見ながら、小さく息を吐いた。
(……面白いことになりそう)
『マイクは信用。団長は信用しない。インプット』
知らないところでジャイユールはとんでもないことをインプットされていた。




