43 冒険者らしく
43 冒険者らしく
王都の冒険者ギルドは、今日も騒がしかった。
朝から酒場側では笑い声が響き、受付前では依頼票を片手に言い争う声が飛ぶ。
鎧の擦れる音。椅子を引く音。誰かが剣を机に立てかける音。
紙の匂いと汗の匂いに、少しだけ酒の匂いが混じっている。
だが、このギルドマスターの執務室は静かだった。
ケイトが不満そうだった。
唇を少し尖らせ、椅子に座ったまま腕を組んでいる。
マイクは壁にもたれ、腕を組んだまま、その様子を眺めていた。
ギルドマスターは執務机に座り、書類をめくる手を止める。
そして、ため息まじりに言った。
「納得いってねぇ顔だな」
「納得いきません」
ケイトはじっとマスターを見る。
「ダンジョンの詳細な地図作り、必要ですよね?」
「まだ必要ない」
ケイトの眉がぴくりと動く。
「どうしてです?」
「いいか」
ギルドマスターが指を一本立てた。
「このダンジョン、甘いんだよ」
「甘い?」
ケイトが首をかしげる。
ギルドマスターは鼻を鳴らした。
「普通のダンジョンってのは、こんな親切じゃねぇ」
「普通はな、入ってすぐ安全な通路なんてねぇ」
「知ってるわよ。魔獣が出るでしょ」
ケイトが口を挟む。
だが、マスターはそれを無視して続けた。
「弱い魔獣の区域を抜ける」
一本指を折る。
「そこで野営」
二本目。
「次の日も進んで、また野営」
三本目。
「さらに奥へ行って、やっとまともな稼ぎ場に着く」
四本目。
「ダンジョンによっちゃ二か月以上かかる」
「二か月……」
ケイトが小さくつぶやいた。
「そんなに?」
「あぁ」
そこで、壁際にいたマイクが口を開いた。
「帰りに全滅ってのもある」
「帰りに?」
ケイトが目を丸くする。
「食料切れ、怪我、病気、魔獣、仲間割れ。理由はいくらでもある」
とマイクは肩をすくめた。
「だから連絡係りがいるんですね」とケイトが得意そうに言った。
「込みで全滅が多いな」とマイクが言うと、ギルドマスターもうなずいた。
ケイトは少し考えてから、したり顔で言った。
「そ、そりゃ冒険者ですものね」
その顔に、ギルドマスターが吹き出しそうになる。
口元を押さえながら続けた。
「だが、このダンジョンは違う」
一本、指を立てる。
「安全な通路がある」
二本目。
「百パーセント安全じゃないが、かなりマシだ」
「だから?」
ケイトはまだ納得していない顔だった。
ギルドマスターはやれやれと肩を落とす。
「今、冒険者は得意な場所を探してる」
「得意?」
「稼げる場所だ」
声を少し落として続ける。
「ゴブリンが狩りやすい場所」
「採れる素材」
「戦いやすい地形」
「魔獣の湧き方」
「そういうのを見てる」
ケイトが答えた。
「だったら、地図があったほうが皆助かるでしょう?」
「違う」
ぴしゃりと言われた。
「え?」ケイトが目をぱちくりさせる。
「今は秘密にしたいんだよ」
その時、黙っていたマイクが口を開いた。
「薬草と同じだ」
「薬草?」
ケイトが振り向く。
マイクは壁にもたれたまま肩をすくめた。
「お前だって、いい薬草が採れる場所を全部他人に教えないだろ」
「え?」
「秘密の場所、あるだろ?」
ケイトの顔が止まった。
「あっ……」
しん、と数秒。
それから、ゆっくり口が開く。
「あぁ……」
今度は納得顔だった。
「そういうことか」
「そういうことだ」
ギルドマスターが鼻を鳴らす。
「そういうこと」
マイクが念を押す様に言った。
ギルドマスターは続ける。
「だから今は、冒険者同士で探ってる段階なんだよ」
「誰がどこで稼げるか」
「どう動けば効率がいいか」
「そして、どう隠すか」
「なるほど……」
ケイトの口元が少し緩んだ。
「つまり、みんな秘密の狩場を探してるってことですね」
「そうだ。冒険者は情報で食う」
ギルドマスターが鼻を鳴らす。
「親切に全部共有してくれると思うな」
「薬草と一緒か……」
ケイトは腕を組んで小さく頷いた。
そして、ぽつりと言う。
「……冒険者って、思ったより欲深いんですね」
「今さらか」
とマスターとマイクは天井を仰いだ。




