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第二の星で  作者: ぷりお
99/101

99.【発進】



自分の身から栓を抜いたように、トクトクと温かさが失われていくのを感じた。その出先からは熱さと冷たさの両方を伴う痛み。


大気中の煤と、コックピットの埃を挟み込むその溝に、ドス黒い赤が侵入した。


アダムは身体を起こそうとする。

しかし、脳からの指示を受け取って、神経を伝っていくのは右腕と両足だけであった。


コックピットに開けられた穴に雨がなだれ込んで、アダムの虚な瞳と頰を濡らす。


身体を欠損した人々を見てまず思うことは、同情より、生きづらそうという感想である。

そして、自分がそうなってしまったのではないかという想像をする。

そんな想像は、アダムの瞳を揺らし、体に巡りながら漏れ出ていく脈を早くさせた。



『メサイアがこれをどう思うかな……』


アダムの頭に浮かぶのは、自分の有り様を見た時のメサイアと、戦艦ノアの皆の反応であった。


メサイアとの子供を、家庭を作りたいと言った。


しかし今の自分は、一人で立つことすら出来るのかわからない。

赤い機体の追撃は、この後すぐにやってくるだろう。

メサイアは自分を見捨てずに、この戦いの後も添い遂げてくれるのだろうか。彼女が戦いに出ると、思いたくはなかった。


自分の子供として生まれてくれる人は、これを受け継がないで、五体満足でやってきてくれるだろうか。




***




灰色の扉が煙を吐きながら開いた時、天井に吊るされるマシーンは悠然とあった。

その巨体、三十メートルはあるのではないか。

辺りは暗く、照明の数も少ない。そして、メサイアとこのメカニック以外に、人の息遣いはない。


メサイアがマシーンを見上げる。

暗闇の先で微かに照らされる、純白の装甲がある。

そして、それを枝状に縁取るのは金である。


足を独楽状に収束され、コックピットの胸部は開いていた。しかし、メサイアはそのコックピットハッチの暗闇に、女性的なシルエットを確認した。


メカニック曰く、リバーカンのコンソールや計器を扱いたいが為に、内部フレームを一部流用しているとのことであった。


メサイアはマシーンの異形のあまり、視線の移動が激しくなった。


そのシルエットを覆うように隠す外装は、今では見慣れた人型駆動兵器だった。

頭部は、猛禽類のような形状であり、鋭角な嘴を持つ。それを上下から挟み込むのは、同じく鋭角な冑である。


そして、その上下からなる冑に覆い隠された空洞。

バイザーで塞がれていない、両の瞳に当たるラインには、黒い窪みが横一直線に作られていて、その窪みには無数のセンサー・アイが搭載されていた。


それらは、一つ一つが意思を持っているように蠢き、自身の真下を歩くメサイアとメカニックを、中心で蠢く二つで見据える。


左右中央に二つずつ存在するそれらは、人の瞳のようで、黒い球体の中央を赤いレンズが縮小していた。


メサイアはそれを見て、自分達を見定められているように感じ、息を呑む。前を歩くメカニックは、その視線に慣れたように、網目状の床を歩いた。



冑の隙間にグロテスクな素顔を隠す頭部。金色で両肩の針を思わせるほど細身な肩。その下から萎んだように垂れる純白の翼。独楽状の底まで届くほど伸びるそれは、段々と機体に近づくに連れて、視認できる二本の腕を覆い隠していた。


白い装甲に統一された全体のシルエットは、一見美しさを感じる。

しかし、見上げ続けるほどに、気を狂わせるような醜悪さがあった。


その醜悪さの正体は、やはりこのセンサーの役割をする六つの瞳である。そしてそれらを覆い隠すための、胸部からなる純白の装甲と金。穢れなき翼。


それは、先ほどメサイアが嫌というほど見てきたものに似ている。


国が行った、この地下開発要塞の隠蔽。

もっと近親的に言えば、メローがギランミに与えた傷の隠匿と重なる。


そして、女性的なシルエットを持つリバーカンを内部フレームに使用して、このような醜い殻に閉じ込める。それは国家ぐるみで行われる、陵辱に思えた。



天井から吊るされるそれは、メサイア達が自身の胸元で完全に停止した時、静かにあの鳴き声を発した。


その振動に合わせて、機体を吊るすワイヤーが細かく揺れ動く。それに合わせて、頭部の六つの瞳も、左右上下に意思を持って動き始めた。



「こちらへ。」


チーフメカニックはそう言って、その機体の麓のコンピューターへ向かった。


「なぜ、このような異形なのですか。」


メサイアが呟き、その揺れ動く瞳のうち、中央の二つを見据えた。側頭のそれらも、その中央の動きに合わせて、一身でメサイアを見つめる。


「性能拡張のために、やむを得ないことなのです。テックトュムについて、説明は受けていますね。」


メカニックは、自身を睨むメサイアへ、コンピューターから視線を離して続ける。


「あれは、本来このメトロと連携して扱うものです。

街を覆うシェルターの装甲に備え付けられたパネルを使い、そのパネルで大気に放出されたビーム粒子を吸い上げます。それによって、ケーブル接続されたこの機体が、それをビームレーザーとして放出出来るのです。」


メカニックは呟き、遠方のメサイアをこちらに来るように呼び寄せた。


どうやら、麓のコンピューターを使って説明をしたいらしい。


「そんなものを使えば、街を焼き払うことになるでしょう。第一、私は帝国の兵士も諌められると信じたから、このマシーンまで来たのです。」


メサイアは言いながら、メカニックの側へ寄る。

頭上のマシーンは、それを押し黙って傍観しているようである。


依然として、メサイア達の前に差し出される、コックピットハッチは開いたままで。


「良いですか、姫様。街はもう既に壊滅寸前なのです。帝国の部隊は歩兵と、空中のマシーンを使って、掃討を行おうとしているのですよ。」


メサイアはそれを受けてすぐに喋り始めた。


「アダム達が抑えてくれているはずです。ギランミやエトセーラに預けて貰った命を、敵の撃滅には使いたくないのです。」


メサイアは、そのコンピューターを覗き込むようにして呟く。メカニックは、地球軍を頼りにするメサイアを見て、ここでバックの言い分も、良くわかってしまうのが悔しかった。英国は本当に負けるかもしれない、という考えが彼の呼吸を乱し始める。


「姫様、奴等が充満させたビーム粒子を転用して、逆にあれらを撃墜する。そうすれば兵士の士気も高まり、敵の数も徹底的に減らせるのです。このマシーンには、そのパワーがあるのに、なぜそれを和平に使おうと言うのですか!」


メカニックが我慢ならないように叫んだ時、隣のメサイアの肩は大きく揺れた。そのメカニックを見上げる瞳は、心臓からの鼓動に揺さぶられているようであった。

ブロンドの髪は汗に濡れ、編み込まれた髪は解かれ始めている。青いパイロットスーツの右肩にはバックの血がへばりついて、顔は煤に汚れ始め、頬には青と緑を汚らしく混ぜたような、あざがあった。


ギランミの拳銃と、バックに殴られた箇所である。

メカニックはそれを見ても、それを受けたメサイアがまだこうも、能天気なことを言っているのが許せなかったし、苛立ちをさらに生む。


「ギランミのような人がいると、彼女が教えてくれたから。私がエトセーラの元へ行き、一度は対立しても……あのように私を助けてくれた。ここに来れたのだって、月の彼女のお陰なのよ……。この国に思うところはあっただろうけど、彼女は最期までこの国の味方でした。」


メサイアはポツポツと呟く。それに合わせて、瞳からは涙が溢れて、それは頰を緩やかに伝って、キーボードに弾けていった。


「月の人間全員がそうだと言うのなら、それは間違いだ!貴方が今になって、和平の話を持ち上げれば、それは帝国にとっては降伏なのですよ!」



「それこそ違います。必ず、このマシーンを使ったやり方があります。皆が争いをやめて、月へ還す抑止として。それが出来るなら、私はこのマシーンと心中しても良いのです!アダムとイブには笑って生きて欲しいから……」


メサイアは涙を袖で拭い、メカニックへ向き合って叫ぶ。メトロは六つの瞳も偏らせて、それを見つめ続ける。先の超音波的な振動も、耳鳴りほどのものに変わっていた。


「違う……違いますよ!地球軍も月も、どちらも戦いのみを考えてこの国を侵し始めた連中なのですよ。それであるのに、なぜ我々がへりくだることをしないといけないのか!」


メカニックがメサイアの両肩を掴み上げた時、メサイアはその顔を真っ直ぐに見つめ、両手に囚われた肩を揺らす。


「その、個人の恨み辛みが戦いを産む源なのです。」


メサイアは苦虫を噛むような表情で、メカニックを見つめる。それに合わせてマシーンも賛同するように再び鳴いた時、メカニックは、自身が圧倒的に否定されたように感じた。


「等身で生きたいと言ったのは、貴方の筈だ。」


喉から捻り出すように呟くと、メサイアは視線を落とす。照明に照らされる表情は暗く、メカニックには見放されたように感じた。


「そうしたいけれど……私は人柱になりましょう。そう……そうするしかないんだわ。痛かった、しかしバック・ナックとギランミに教わったことでもあります。」


メカニックが、メサイアの表情は自身への呆れでなく、立場への諦観であるとわかると、メサイアをもう一度呼び止めたい衝動に駆られた。


しかし、メサイアはその体を屈めながら、比較的小さな機体の胸部へ身を埋めていったのだ。


「顔に傷を付けられたのですよ、貴方は女性であるのに!」


機体に内蔵されたリバーカンのハッチ。一層目のシェルターに隠されようとしていたメサイアに向けて、メカニックは叫ぶ。


しかしすぐにそれは閉じられて、二層目三層目とコックピットのシェルターは続いて、最後は胸部装甲が覆い被さった。


それに合わせて、マシーンはジェネレータを駆動させ、六つの瞳全てに紅い光を灯らせた。格納庫を包む超音波は一層強くなり、メカニックの鼓膜を揺らす。


耳を塞いだ先で、マシーンの下半身のエンジンが灯ったようで、天井からなるワイヤーは火花を散らして切断されていく。


マシーンの駆動に合わせて、管制室が行った操作である。

両肩に針を持つマシーンは、その翼を萎ませたまま、

空中を自立する。


そのマシーンの頭上のハッチが開き、暗闇は陸に続いているようであった。マシーンの背中に接続されたケーブルを引き摺るようにしながら、マシーンは上昇を始める。


メカニックは風圧に仰がれながら、手すりに捕まり、それを見上げる他なかった。


座席に腰掛けたメサイアが、シェルターに閉じられる直前。コックピットの白い発光に照らされて、メサイアは音を掻き消されながらも、薄く微笑みながら、

何かを言っているようであった。


それはありがとうにも思えたし、さよならと言っているようにも思えた。






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