98.【断絶】
白に、若干黄色の温かみを持たせたような格納庫は、
複数のエレベーターと、天井に吊るす球体型リフトを点在させて、昆虫の巣を思わせる構造であった。
そして、その施設には多数のメイディーンやメーディムなどのマシーンと、その骨格となるフレーム体が存在していた。人が入り乱れ、外の騒ぎを聞き、パニックになっているようであった。
メサイア達を乗せる透明の球体型カプセルは、それらを見下ろすように、絡み合う管の中を迷いなく進んでいく。
「こんな、施設があったなんて。」
メサイアは、自分を包み込む強化ガラスに、手を当てて呟く。そのガラスは、メサイアの吐息を表面に張り付く曇りとして、高速で通り過ぎる。
各ブロックの背景は、風切り音とした。
「この施設は、メロー閣下の命により、秘密裏にしろとのことでしたので。」
「彼が、私に何か打ち明けたことはありません。ギランミのことも、彼女が話して初めてわかったのです。」
メサイアは、諭すようなチーフメカニックを、嫌悪を交えた視線で見つめる。
メカニックはそれを受けて、ギランミの話に興味を持ったが、深く詮索することはよした。
メトロ・ポリシーは、一度搭乗したギランミ曰く、パイロットの感情や感受性、性格に強く影響されて、その性能を、大きく変えると言っていたのを思い出したからだ。
リフトは停止し、球体型の上面が全開される。
そうして現れた白い廊下は、精神病棟の様相であり、
心を落ち着かせるための、この色遣いは、メサイアの
鼓動を不安定に揺さぶった。
「なぜ、これらのことを一切話してくれなかったのですか、メローは。」
メサイアは呟きながら、先を促すメカニックを見上げる。
先の、自分を受け入れてくれた男の表情は、マッカーが独りよがりを起こしてから、消え去っていた。
「話して、何になりましょう。」
冷たく言い放ち、厳重に閉じられた、灰色の等身大の扉へ向かうのみであった。
「王室で守られ続けで、いきなり戦えと言われる、私の気持ちは……いや、戦艦ノアの人々ならば、私にも全てを打ち明けてくれます。」
メサイアは言いながら、それに続く。
「姫様は、この国がお嫌いですか。お言葉ですが、テラーストュートは、これを地球規模で行う集団だ。しかも、アネストという施設を各地に置いて、公で人体実験を行うのですよ。」
メサイアの後ろを歩く、若い男性の声が響いた。
メサイアは、先を歩くチーフメカニックから視線を外し、そちらを向く。
「ジーネン艦長は、アダム達のことを思っているようでした。それと、私はブリテンを愛しています。だから、このような陰が寄るような場所と、やり方は許せないのです。」
「それは、綺麗事だ。潔癖な国であればあるほど、軍事的な側面は弱体の一途なのですよ。だから、月の人間に易々と大佐の階級を与えて、指揮をさせてしまうのですよ。」
その男は、卑屈そのものの声で、メサイアに笑いかける。チーフメカニックは、それに振り向いて声を張ったが、パイロットスーツを見に纏う彼は、ヘルメットを小脇に抱えて、笑うのみであった。
「バック・ナック、貴方の補佐には感謝しますが、そのような偏見に塗れた志では、本来味方である筈のものも、敵となってしまうのです。そして、その敵を作る生き方で、被害者ぶるのは貴方でしょう!」
メサイアは、バックに声のみならず、体の全てを向けて叫んだ。白髪をオールバックにした、二十代半ばほどのバックと呼ばれた男は、それに応えて、青いパイロットスーツと、胸の金色の獅子のエンブレムを向ける。
「さすが、地球軍の人間と不純に交わり、ダッケル大尉を流刑にして、エトセーラ中佐までの全てを犬死にさせた人間の言い様は違うな。」
バックは、鼻で眼下のメサイアを嘲る。
チーフメカニックは、それを振り返り様に睨みつけて、バックへ殴りかかろうというところであった。
しかし、一本の通路で、遠くのメサイアの掌が自分に向いてるのを見て、荒い歩みを止める。
メサイアは、バックが自身の懐にある、拳銃をしまったホルダーに、手をかけたのを見たからであった。
「ダッケルを流刑にした覚えなどは、ありません。
私は彼女の所在をと、常にメローにお願いしました。そして、メロー達が全く取り合ってくれないから、私は戦艦ノアへ、アダム達と行動を共にしたのです。そんな、まやかしを、誰が言いふらしたことか!」
メサイアは叫ぶ。彼女の普段の柔らかい声ではなく、鋭さと張りを持たせた声が、通路に響き渡った。
バックは顔を歪め、野犬が自分に吠え続けるような嫌悪の顔を貼り付けて、口を開く。依然として、片腕を懐にしまい続けたままで。
「フェスター・グリット大尉ですよ。姫様。貴方が、ギランミやダッケルのように、信頼を置いていたフェスターが、ダッケルをたぶらかす為に、言いふらしたことだ!証拠もあるのだ!」
それを聞いたメサイアは、瞳を見開いて、先の張りのある声は震えと変わっていた。
バックは、その表情を見て、自分の嗜虐が満たされる感覚と、その顔を張り倒したい衝動に駆られた。
「貴方は何も知らず、ただメトロ・ポリシーで出撃をして、今地上で戦う英国兵士達に、希望を一瞬もたらして、死んでいけばいいのです。そうすれば、英国の人間達は特攻をもって、この国は月の占領となって、おしまいだ!」
バックは叫び、拳銃を取り出す。チーフメカニックが耐え切れないように叫ぶが、それを向けると、すぐに息を潜めるようにした。所詮、機械いじりの整備屋だと、バックは笑う。
「そんなことは、絶対に起こさせない。フェスターも、彼が死んでしまったから……そういった噂が出るのよ。人の死を、そうやって弄べるのが今の人々だから、悲しいの……」
メサイアは、大粒の涙を溢し、両腕で、体を預けられる場所を探したが、それは空中を彷徨うだけであった。
バックには、それは弱さに思えた。
「ははは!姫様。戦うのが怖いのならば、そう仰らなければ、酷ですよ。死んでいく人間達に酷だ!
旧世紀の中世に、伝説となった騎士達も、アーサー王であってもそうだ!死を予見する戦いが、必ずやってくる!その時に、指導者が泣いていてはいけない!」
バックは叫び、拳銃を持たない手で、メサイアの頬を
強く殴りつけた。
メサイアは、呻く力もなく、光を失いかけている瞳を震わせ、地面に叩かれ、涙をそこに流し込むだけであった。
「もっと、胸を張らなければ。胸を張って、全員に死を思わせずに、死んでくれと囁くのだ!そうでなければ、私も死に切れんよ!」
バックの足音は、倒れて動かないメサイアへ近づく。
メサイアは、恐怖から手の震えが起こるが、最早助けを呼べる人間はいないこともわかっていた。
「最早、救ってくれなどは頼んでいないのだ。あの機体を使って、我々の前に立ち、撃墜されれば良いのだ。それだけで、我々は特攻をすると、言っているのだ!!」
バックは叫び、その右足を地面に擦るようにして、
メサイアのパイロットスーツの腹部を、渾身で蹴り上げた。
「グゥ……!」
メサイアは呻き、遠方に身を投げ出される。
地面に再び叩かれた時、腹部を抑え込んで唾液を流し、何度も空の咳をした。
「バック、貴様良い加減にしろよ!!」
チーフメカニックがバックに声をかけるが、彼は反応せずに、腹部を押さえて呻くメサイアを見つめる。
「お腹は……やめて。子供が欲しいの。あの人と子供が。だから………」
メサイアは、床に握り拳を作り、バックを見上げる。
「そのような、人の理想は、お捨てになれというのは、死体どもに口酸っぱく言われてきた筈だ。全て、最終教育である。腹を蹴られたくないのなら、することは立つだけだろ!」
バックは倒れるメサイアの首を掴み込み、壁に叩きつけた。メサイアより遥かに上回る身長と体躯の彼は、メサイアの足を浮かせて壁に押し付けることは、容易であった。
「汚い世界を知りたかったか?これから見ることは、並の人間が知れないことだ。良かったな。あのままメローに操られる貴様では、知れんことで。」
「全員を自分が殺すと、今ここで言え!自分の生まれた国の人間を、女王である自分が殺すと!!そうして、我々の時代は終わりだ!次の英国が、再生を始めるのだから!!」
バックが首を絞める力は強まり、メサイアはそれを両腕で抑えるが、足が震え、歯も同様にガチガチと音を鳴らした。
そのバックからも、涙が溢れ、声が震え始めていた。
「この国の誰も、悪くはない……月の人間であっても、ギランミのように溶け込んでいけるの!貴方のその、荒んだ考えも、改めてみせると、私が!」
メサイアは、バックを見下ろしながら、息を絶え絶えにして叫んだ。
「綺麗事ばかりだ。まるで、私の全てが悪かのように。真実そうだ!しかしそれならば、この私を作り上げた、何を恨めというのか!」
「腹は避けてほしいと言った。しかし、世の中は避けたい事柄は、馴れ馴れしく自分にへばりつくんだ。それが、私にとっては、これからの特攻で。貴方は私に殴られることなのだろう!子供など、残せるとは、思わないことだ!」
バックは叫び、メサイアの首を絞めていない、拳銃を持った腕から、それを投げ捨てた。
「やめて…………!!」
メサイアの叫びは、腕を捻ったバックへは向いていなかった。
バックは、メカニックに発砲された拳銃で、側頭部を一直線に撃ち抜かれ、力を無くす。首を解放され、壁にもたれるメサイアに、それは抱きつくように雪崩れ込んだ。
「バック、メサイア様は、まだ少女なんだ。それであるのに、側近の貴様が宥められてなんだというのだ!この国は!こんなに惨めな思いで、成り立つ国ではないだろ!」
そのメカニックは、涙を交えながら、地面に両手をついて嗚咽した。メサイアも、そのバックの体を包み、涙が頬を伝う。
「なぜ、こんなことばかりなの……。私はただ、もう一度アダム達と会って、地球の綺麗な場所を見に行きたいだけだったのに………」
メトロ・ポリシーが、そのエネルギーの臨界を伝える音を響かせ、鯨とも形容しがたい、反響音を鳴らすのが、扉が閉じ切られた通路でもわかった。
隔絶され、姿が見えないあのマシーンも、メサイアと共鳴するように、死体を見るのは御免だと叫んでいるようであった。
***
アダムは、戦艦インペネスが放つ衝撃を、ギル・ミークの外装が、ようやっと展開できるディフェン・デーレの出力で、いなし切った時であった。
焼け爛れた砲身と、タイタスの半身。残った外装も、赤熱泥の色を、複数に持たせ、その装甲は柔らかさをもって簡単に剥がれ落ちていった。
モニターも点滅が激しく、コンソールも明滅を始めていた。アダムは、肩を揺らし、大粒の汗を垂れ流して、四度目の嘔吐を繰り返す。
受け皿は、予備としてロッカーに入れ、ジェナの筆記が入ったヘルメットであった。
「殺してくれ………もう、耐えられない。」
アダムは、あの戦艦が撃墜される直前に、下に避難民が逃げ惑っていたこと、戦艦のブリッジからも、飛び降りる人間達が多くいること、その余波で人が一瞬で蒸発していく様を見てのこれである。
再び、嫌気と倦怠感を巻き起こすブザー音が鳴り響き、アダムの視線は、ディスプレイが映す真紅のクレーターへ向いた。
ブザーが指す先は、上であったが、ヘルメットを投げ捨てられず、操縦桿も握れなかった。
「ははは!良くやってくれたな!!俺は、この国の人間が一人一人死んでいくと、なぜかスッキリするよ!」
「お前が、あのインペネスと共に、この国の人間を大勢焼き払ってくれたお陰で、俺は自由だ!!!」
コックピットが揺れ動き、機体に取り憑く影があった。少年の声、ククルのゼガームと、ククルの叫びであった。
「……そうか、良かったな。お前は楽しそうで。」
アダムは虚な目でそう呟き、座席から振り落とされないように、操縦桿を左腕で握る。
その時であった、遠方から狙撃が行われ、ギル・ミークと、それに貼り付くゼガームは共に落下を始める。
上空の少年の声は、ダッケルといった人の名前を叫んでいた。仕切りに、メサイアが心配していると呟いた名前である。そして、メサイアはそれ以外にもニョックやロペーヌ、フェスターなど、様々な人の名前を呼んでいたように感じられた。
そして、マシーンでの行為の後は、イスィーズとジェナのことも。ジェナの死は、周知のことであったが、イスィーズの死は、アダム自身もエトセーラに伝えられるまでは、知らなかったことである。
「伝えないと、メサイアに。イスィーズさんも死んだよって………」
アダムがもう一度呟いた時、体が座席から跳ねるように叩きつけられ、意識が戻った感覚であった。
ヘルメットは飛び散り、その中身も逆転する天井のディスプレイに撒き散らした。
「なに……!この機体、さっきのか!!」
アダムの声が、再び精気を取り戻した時、地面に寝そべる自身の機体に、そのゼガームが、腕を振りかぶっていた。
「一思いに潰してやる。それで、お前は俺を正気にしてくれた人間として、俺の中に刻んでやるよ!!」
「男を刻むというのも、悪いことではない!!」
ククルは叫び、操縦桿を振り下ろした。
アダムは、回避のために操縦桿を動かそうとするが、それは微動だにしなかった
機体がひしゃげ、導線が舞うように弾けて、左サブモニターが完全に破壊され、全面のディスプレイが割れ、ヒビを入れて破片を散らし、アダムに降りかかる時、そのゼガームの左腕は、コックピット中央を掠め、アダムの左腕を握り潰した。
「うわぁぁぁぁっ!!!」
アダムは絶叫して、スパークを起こすコックピット、それを突き破った巨大な装甲を見つめる。空気が細かく抜ける音がして、大きく凹み、その一帯を食い潰した。
痛みを受けて、顔を歪め、思わず両足を動かす。
左腕から何かが引っ張られ、引きちぎられた感覚があった時、頭の神経もプツリと切れる感覚があった。
座席から滑るように落ち、ガラスに臨時シェルターが展開され、アダムを受け入れる。
その赤い装甲は、ゆっくりとコックピットを引き摺りながら抜かれていく。半壊したコックピットに、外の景色が露見され、雨が地面を叩き、焦げ臭さと血の匂いが充満した。
自身の千切られた左腕と、ジェナの筆記が付いた筈のヘルメットは、潰されて、ひしゃげているコックピットには、もう存在しなかった。




