100.【飛翔】
何層にもなる地下要塞を過ぎていく。
メサイアはその圧力に呻いた。体を真上から押し当てられ、自身より高い位置にある、二つ目の座席も揺れる。
メサイアは両腕の操縦桿を握り、瞳を瞑ってそれを堪えた。呼吸をしようにも、真上への加速につれて、それはさらに難しいものとなった。
「みんなが、みんなこの苦しみを受けているのに……
分かり合えないわけがない。」
メサイアは絞り出すように言葉を放つ。
喉は掠れて、メサイアはその喉の振動により、一度えずいた。
メトロポリシーもそれに合わせて、鳴き声を上げる。
それは、通過する鉄と縦に伸びる光に響き渡るが、それまでである。
メサイアがもう一度えずいた時、手前のコンソールパネルが輝き、座席から前のめりになるメサイアを照らした。
この機体、複座である以外はリバーカン達と遜色ないようである。しかし、メサイアが意を決してこのマシーンに搭乗した際、なんの操作も無しにコンソールが立ち上がり、左右のサブモニターも起動した。
全天モニターも同様で、周囲の景色を識別するような動きがあるのが、従来のマシーンと違った。
メサイアはぼんやりとする頭の中で、回想した。
シェルターに遮られる間際の、あのメカニックの温もりや、傷ついた自分の顔を心配する姿勢を嬉しく感じたのだ。
そして涙が溢れて、それはメサイアの上を逆流して弾けた。
自分をあのように扱ってくれる人間は、戦艦ノア以外では初めてである。そして、それが自国の人間の中に居たという事実が、この苦痛を耐える支えとなった。
あわよくば、月の人々にも自分がそうなりたい。
メサイアは、コンソールの光に当てられて顔を上げた。コンソールの輝きは全天モニターに向かい、メサイアを包む。自身の視界が大きく揺らいで、メサイアは気づけの一発として、頬を強く殴りつけた。そして、頭部に走ったその衝撃で、ロンデイルの有り様がメサイアに走り込んだ。
視界の全体を埋めるのは、火に包まれた街であった。民間人は火を纏った建物に囲われ、逃げ道をなくして死んでいく。マシーンの残骸も、人々の避難を遅らせる要因であった。そして、それは空から際限なく降り注ぐ。
帝国の歩兵部隊が集り、女性をマシーンで引き摺って、引き摺られた人間は地面に皮と血を残し、痛みに叫びながら火に当てられていた。アッシスに搭乗する兵士はそんなことを気にもしない。
歩兵部隊は、火の中を隊列をなして進み、その上空には灰色の機体が編隊を成し始めていた。
それほどまでに、帝国には余裕があると、メサイアは流れの中で感じる。
その上空にはイブがいた。イブの赤いマシーンは、黒い機体に覆われ、建物を削りながら火の中に消えていく。雷を放つ空から、雲を引き裂き降ってくるのは、戦艦ノアである。
戦艦ノアからは多数のマシーンが射出され、ノアを支えるように飛行する赤い機体には、クストの熱があった。しかし、スタームの匂いは感じなかった。
鼓動が一度ドクリと鳴って、メサイアの手足は痺れる感覚を伴い、メトロ・ポリシーはそれを受けて、左右の腕に意志を持たせた。
そして、その遠方に正対しながら降下する二隻があった。帝国の戦艦である。前方の濃緑の戦艦は、真新しいクレーターを前に、その動きを止めているようであった。
そして、そのさらに背後の戦艦。再び展開されるテックトュムを真下に、意にも介さないように浮遊する戦艦は、メサイアが見た中で、最大級の大きさに感じられた。
そして、その戦艦の艦首のやや上に、巨大な砲身があった。その砲身は伸縮を繰り返し、その空洞は戦艦ノアと前方の敵戦艦に向いている。
これらの戦艦と編隊は、王宮へ向かい。メトロの発進位置へと向かっていた。それを庇うように背にするのは、ノアである。イブの距離は、そこからは離れたものである。
青い船体をもって、地面からの火を回避しようと上昇するのはノクターンである。金色の装飾は黒煙を上げ、周囲には、蠅のように集る黒点があった。
その映像に瞳を細めると、メトロの右側頭部の瞳二つが点滅して、赤いレンズが縮小した。
そして、その黒点一つ一つが帝国のマシーンであり、飛び交う弾幕と混じっていることがわかる。
英国のメイディーンやメーディムも交戦するが、こちらが一機であるのに対して、帝国は三機で囲うように弾丸を放ち、撃墜されていた。
そして、ノクターンは王宮から離れて、ロンデイルから離脱する動きをしているようにも思えた。二隻、ロイヤル・ミーレスの戦艦達もそれに続く。
そこから視線を離すようにすると、鼓動が二回大きく鳴った。地下要塞の真上には光が差し込み、その光は点滅して、水滴がメトロ・ポリシーに降り注いだ。
コックピットを、映像越しに撫でる水滴を不愉快に感じると、メトロは萎ませていた羽を広げて、両腕を自身の頭部の側で交差する。翼が風を切る羽音をたてて、その水滴と光を遮った。
不快感を取り除くと、再び火の景色へ視線が向いた。
そして、その苛烈さの中に胸を優しく打つ温かさがあった。
その温かさは、火を走って、視界一杯の景色を筒状の閃光に変えた時、その光景に辿り着く。
機体の胸部に穴を開け、空から落ちる水滴に晒され、
水滴が破壊された灰色のフレームからなる煙と千切れた導線を刺激した。機体は地面に寝そべり、自分と同じく足は独楽状である。機体の頭部のセンサーアイは輝きを失い、破壊された胸部の側でない半身は、肥大したように歪である。巨大な四連の砲身はひしゃげ、焼け爛れている。
そしてすぐそばには、それを見下ろす赤いマシーンがあった。真下の機体を嘲るように立ち尽くし、その側には黒い機体がフラフラと浮遊していた。
その黒い機体にも懐かしさを感じ、胸が苦しくなる。
しかし、その胸の苦しみを引き裂くほど強くさせるのは、地面へ寝そべったマシーンであった。
その中には、自身が愛した人間であるアダムが、片腕を失ってコックピットに倒れ込んでいた。
それを見下ろすマシーンは、暫くしてその拳を振り上げる。嘲笑の中に、その人間を心から思うような歪さがあった。それは、メトロ・ポリシーにとっては嫌悪感である。
「やめて………!」
そう叫んだ時、その純白の機体は翼を天に広げ、要塞からなるケーブルを尾のように引き摺って、全体を空中に現した。
地面から開いた空洞は、そのマシーンの発進に伴い、閉鎖されていく。雨と雷を伴った雲も、それと同時に暗さを持つ青空に押しのけられていった。太陽が姿を現すが、それはメトロの装甲を白く映させるものではなく、赤く染め上げ、焼くものである。
エルガー帝国の兵士達は、自分達の故郷である月が薄く姿を現し始めるのを見て、この勝利を絶対のものと確信した。
しかし、機体や戦艦の内部で発される帝国讃美の言葉を覆って掻き消すのは、メトロ・ポリシーの叫びであった。




