96.【深淵のメイディーン】
シェルターと下水を併設したこの暗がり。
ギランミを焚べる先の爆発は、その最奥の白く隔絶された格納庫に待つ人間達を、恐怖に落とすには十分であった。
少数派と言っても、その総数は30には上るから、
それらがマシーンの足元でひしめき合えば、
隣の人間の焦燥は皮膚感覚で伝播する。
「おい、ギランミ大佐と姫様はまだ来ないのか!」
そう叫んだのは、小綺麗にされた格納庫を、さらに新品同様の青いパイロットスーツで身を包み、踏み締める、若手のパイロットであった。
そのパイロットの右には、ハンガーとクレーンに挟まれた機体、メイディーンがあって、そのさらに後ろには、灰色で立ち入り禁止を告げる英文字を掲げた、巨大な扉がある。
巨人が使うために設置されたようなそれは、中身を秘匿していても、確実にメトロ・ポリシーが格納されているだろう。
「破裂が聞こえたぞ、何か別のものがいるんじゃないか!」
また、誰かがそう叫んだ。
ヘルメットを被る若手のパイロットの耳にも、その声ははっきりと伝わるが、ヘルメット装着時に、真っ先に籠りを持つ声であったので、マシーンの胸部までクレーンに上がり、作業を行うメカニックの、片手間の言葉だろう。
「へー!メイディーンとは、こういうんだな。」
その叫びの方向を見上げると、これから自分が搭乗するであろうマシーン、メイディーンの全貌が股座を一番にしてわかる。
中世の甲冑のような、それでいて、ツインセンサーは赤く、現代風にヒロイックにもなっている。
そして、この純白と金色のライン。肩の赤いエンブレム。此度の最終決戦に向かうパイロット専用の、決戦仕様であった。たかが外見の変化だが、それがこのパイロットの胸を、食べ物を詰まらせるほど詰め込む時の、幸福感で満たす。
「姫様が早く来てくれんとな!こんな気味の悪い場所。」
そのパイロットの後ろで、人がはけ始めた頃に、
メイディーンに向けて、視線だけでなく声まで上げる人間がいた。
ここの、指揮とメカニックを同時に務める、中年の声であった。
「私も、爆発が気になる!」
若手パイロットの声は、晴朗な青年のもので、語尾は弾けるような精力を持っていた。
この上官となるメカニックに、賛同の意思があった。
「なら、メイディーンに乗り込んで最終調整をしろ!」
クレーンの降下音に合わせて、最初に叫びを上げたメカニックが、若手パイロットに言う。
「どこから手をつければ良い。」
パイロットは、クレーンに乗りながらそのメカニックの、黒く薄汚れたマニュアルを覗き込む。
「訓練は一通りしたんだろ、マニュアル通りだ、全て。」
そのメカニックは若手パイロットを突き放すように言った。
「そもそも、私は今までマシーンに触れることもできなかったんだぞ? それを、今になってここの警備なんだから、この国はキナ臭くないか!」
若手のパイロットは、自分が突き放されるような言い方をされることに、苛立った。
命がかかっているということを、この機械工学科の人間達は、全く理解していないようであったからだ。
マシーンの内部構造は全く理解できなかったが、この命をかける危機感は、若手パイロットには、確固たるものとしてある。
「つべこべ言うな!チャンスが巡ったと考えるんだよ。嫌でもだ!」
結局、隣のメカニックはため息を吐きながらクレーンを降りて、現場指揮のチーフメカニックに怒鳴られる始末であった。
「クレーンはどう上げるんだよ!」
若手パイロットは、最後の抵抗として怒鳴った。
先のチーフメカニックは、真っ白な空間の格納庫を歩く。その先には、薄緑照明、それに照らされる網目造りの空間と、滝のように螺旋を潜って流れる下水、眼前にはその貯蓄の泉があった。
酷い臭いと、シェルターというよりダムのようであった。
「はぁ、暗いな。」
チーフメカニックの立つ格納庫は白く輝いて、気品を感じたが、その半歩先ではこれであった。
両の灰色の扉は、これこそシェルターであり、
敵襲に備えて、封鎖されるのであろう。
途端、不規則な足音と、女性特有の色気ある息遣いが聞こえた。
「おい、メサイア様が来たんじゃないか!」
チーフメカニックが振り返り、格納庫の壁に併設された、管制室へ帰っていくメカニックの背中に叫ぶ。
メイディーンの胸元へ向かう先のパイロットへも、
同様に視線を向けた。
「第一、エトセーラ中佐の決起なんて、碌な演説一つもなかったんだぜ。それで、軍隊を纏められるかよ!なんか、実感が湧かないんだよなぁ。戦うぞって感じがさ!」
若手パイロットは叫び、片方の掌を開いて、その中央に自分の握り拳を軽く打ち付けて、開いた掌で包み込んだ。
「私だって生きてるんだぞ!家族だっているし、恋だってする!」
「それであるのに、こいつらは、部品を扱うあまり、人のことも部品扱いをして、それが国家規模なんじゃないか?エトセーラ中佐も、あの顔でなければ、着いてくる人間なんかいないほど、性格破綻者だよな!」
ヘルメットで反芻する自分の荒い呼吸を受けて、自分は興奮気味になっていると自覚した。
『そんなことはいい!メサイア様だ!あれは!』
先のチーフパイロットの、中年特有のがなり声がヘルメットのスピーカーを介して聞こえた時、この独白が全て漏れ出していると知って、若手パイロットは顔を赤くし、内心で焦燥を生んだ。
「どれ、一瞥してやろっかな。」
『お前は良いんだよ!メイディーンに乗れば!最終調整を始めろ!』
パイロットが悪戯っぽく呟くと、再び、がなり声に怒鳴られて、心臓が二度強く跳ねた。
「盗み聞きか、エロジジイが!」
チーフメカニックは、自分より遥かに背の高い暗闇へ視線を向ける。暗闇は目の慣れに合わせて、段々と螺旋に型どられ、やはりそこから人の吐息が走っていた。
そして、そのか弱い姿は、格納庫から漏れ出た白い光に段々と溶け合ったのだ。
「メサイア様!!」
チーフメカニックがその姿を見て叫ぶ。
自分の娘と長い月日を経て再開したような声音であった。
後ろでは、その叫びに合わせてメイディーンが、胸部中央のジェネレーターと、ツインセンサーを輝かせ、
エンジンの駆動音を響き渡らせていた。
「メトロ・ポリシーを守ってくれていたの!」
坂を駆け降りるメサイアの足取りは不安定で、片足を引き摺っているようであった。そして、彼女を追いかけるように、血が鉄の銀によく馴染んでいた。
メサイアは両手を広げ、それに合わせて、メカニックも同様にした。
メサイアは、自身に飛び込んでくるように走り、
そのメカニックの両腕に、包まれるように身を預け、ブロンドの髪を湿らせて、大きく肩を揺らしていた。
「ごめんなさい、こんな。……ただ、あまりにも心細くて。」
「良いんですよ。」
中年の軍人である彼には、自分に体を預け、肩を揺らす彼女は、娘のように思えたものだ。
自分では触れることが叶わない、女王である彼女がそう思えたのは、等身の生き方を、メサイア自身が選んだからだろう。
「何が良いんですよだ!あの、ロリコンジジイが!!
婚期を逃したからと言って、年下の女に手を出そうと言うのか!」
先の若手パイロットは、自分を突き放し、怒鳴ることしかしないメカニックが、自分と同じ年齢のメサイアに対しては優しいことが、許せなかった。
自分とて、マシーンに触れたこともないのに、こうやって起動まで自力で行っている。しかし、管制室からも、通信を繋げているあのメカニックの誰からも、労いの言葉はない。
「ここを、爆破しろ!メサイア様を、あのメトロなんとかに乗せて仕舞えば、ここのオヤジどもは用無しだろう!」
冗談であったが、それに内在する怒りは本当であった。
「機械学やら、歳を食った人間はこれだ!マシーンが動くことや、その曲線に鼻を伸ばして、性欲だけは、一丁前に!!」
「マシーンとセックスをすれば良いのに、そこだけは人間に乗っ取りやがって!!」
『全て筒抜けだぞ!緊急であるから、今は見逃してやるよ!』
管制室の通信から怒声が響いて、その後に大きな笑いが起こっていた。
「クソ……!私は本気だよ。」
パイロットは、再び馬鹿にされたように感じて、舌打ちをしながら、メインコンピューターを操作する。
一連の操作説明は、結局管制室から一通り行われた。
メインコンピューター兼、メインコンソールを操作すると、左側のサブモニターが立ち上がり。
抱き合うのをやめて、格納庫へ歩くメサイアを拡大する。
パイロットは、メサイアのその端正な顔を見て、自身の股間が温まる感覚を覚える。
そして、そうなると、やはり先の中年メカニックへの怒りは増幅した。
マシーンの操作は直感で行えていた。自分には才能があるのでは、と彼の内心に自惚れが混じりはじめていた。
中年メカニックの横を歩くメサイアは、ブロンドをセンターに分け、純白の額から汗を流していた。そして、そのメカニックの大らかな体に身を預けたことで、一瞬の安堵を感じたようで、瞳から大粒の涙が溢れていた。
「ギランミが、私の盾で死んでしまったわ……
人が盾で死ぬことを、気にするなと叱られたばかりなのに、私、こういうところがダメなんだ。」
メサイア涙を拭おうとするが、メカニックは小さなハンカチを手に持って、それで顔を拭ってやった。
メサイアは、拭われる側の瞳を閉じたり、瞬きしながら、小さな子供のようにそれを受け入れる。
「姫様はそれで良いんですよ。」
メカニックが微笑みながら、そう言った後。
シェルター全体に振動が走った。先のパイロットがメイディーンを起動させ、ハンガーからマシーンを引き離した衝動であった。
『貴様、メサイア様に触れて欲情か!!気色の悪いことこの上ない……!!』
メイディーンは、横に立て掛けられたマシンガンを手に取って、スピーカーを介す。
赤いセンサーの明滅に従って聞こえる声は、先の若手の声であった。
「お前、マシーンの調整は済んでるのか!安全装置は!計器類はどうなんだよ!アポジの駆動確認は、バーニアが左右上下に動くか確認………」
『やかましい……!!工学科の変態ジジイが!』
純白のマシーンは、叫び、片膝を格納庫の床に預け、
メサイアとメカニックの前に跪く。
左のマニュピレーターの一つを、メサイアの前に差し出した。
巨大な駆動音に合わせて差し出されるそれを、メサイアは怯えたように、両腕を頭の高さまで上げながら見つめる。
『姫様、私マッカー・ルーク准尉が、全霊をもってお守り致します。』
先のパイロットの名前はマッカーと言った。
「お前、そんなことしてる場合か!」
「良いんです。期待します、ありがとうマッカー准尉。」
中年メカニックの静止を振り切って、メサイアはその灰色のマニュピレーターを、両手で触れる。
それを受けて、純白の巨体は満足したように両足を地面に戻し、自立した。
「ハハハ!あのエロジジイ、嫉妬などして!」
パイロットは叫び、左サブモニターが点滅し始めたのを見て、口を塞いだ。
『姫様曰く、追手がいるらしいが、お前は戦う必要はないぞ。こんな中で爆発でもしてみろ、我々もメサイア様もひとたまりもないからな。』
再び管制室であった。
マッカーは、そのしゃがれた声が、被害者の名前として初めに出す名前が、メサイアではなく、我々としていたところから、この人間達の臆病さを察知した。
「下水が恐ろしいから、こんなに巨大で、小綺麗な格納庫を作ってしまう。恐怖の払拭とは、モノに頼ることだけではないのに。」
その時、心臓を打ちつけるようなブザーが鳴り響いた。メイディーンの頭部辺りの外装を何度も叩く音が聞こえた。
『准尉、敵だ!!』
声に合わせて、センサーが伸縮する。
メサイア達が逃げ込んできた下水の境界から、人型のアッシスが、マシンガンをこちらに放っていた。
『ここで殺すな!』
「黙れ!有事である!!」
メイディーンの、アッシスが構えるより遥かに巨大な口径を、出口のそれへ向け、斉射した。
地面にヒビを作る弾痕と、巨大な爆発が巻き起こり、破片や煙が格納庫内部に撒き散らされる。メサイアとそのメカニックは、壁に隣接された緊急エレベーターを使って、格納庫の深奥へ向かったようであった。
「ハハハ!ネズミが這い出てきたな、帝国が!」
格納庫が、火災と探知して、警報を鳴らし、白い倉庫全体が赤いランプを灯らせて、その下のメイディーンを染め上げた。
「ほらな!この程度の、直撃でもなんでもないかすり傷で、こうも騒いで!」
『何をやってるんだ!馬鹿が!シェルターの扉が封鎖できなくなるだろう!!』
管制室からなる怒鳴り声は、メイディーンを、遥かに凌ぐ巨大な格納庫の扉を指していた。
続く怒声を無視して、マッカーは機体をそちらへ向けて前進する。
『シェルターを閉じる!その場から退去しろ!』
「やかましい!ビクビクと!貴様らは、あのエトセーラ中佐に煽てられて、鼻の下を伸ばしてここへ来たのだろう。」
「それであるのに、私を駒使いにして、十分に生きた貴様らは、ノコノコと穴蔵に隠れているんだ!どういうことだ!」
マッカーは、左右に若干揺れる振動を感じながら、
その機体を格納庫と下水の境界まで持っていって、
マシンガンを持たない左マニュピレーターの全てを、
格納庫の灰色のシェルターに触れさせた。
『扉を閉じる!退けよ!!』
「人の命を軽く扱っておきながら、女には良い顔をして、生き延びた先で、あわよくば若い股に食いつきたいなど!」
「釣り合わんよ。人の命をぞんざいにして、能天気にマシーン開発をする貴様らは、死に様もマヌケなものでなければ、天秤が傾くだろう!!」
マッカーがインカムに叫んだ時、メイディーンは首を左右に振り、暗闇を赤い二本の光が照らす。
『爆発があった!あそこに終着がある!』
『地球の人間が、ノコノコと地下に隠れやがって!』
『この女の死体はどうする!身なりは上等ではあるが、欠損してるし、焼け爛れて、使い物にならん!』
深淵には、人間の粗野な騒ぎが聞こえて、反響した。
メイディーンのセンサーは、次は巨大な薄緑のダムを包む。狭苦しい壺に詰められた、蛇のように存在する、螺旋の坂へと向かった。
そして、それらの暗がりの叫び声は、全て男のもので。コックピットに身を包み、汗を滴らせるマッカーの歯を強く擦り合わせ、前方を見つめる瞳を、より鋭くさせるものであった。




