93.【戦争の下】
ーー遠くで大きな爆発が起こり、地面が揺れた。
一瞬の静寂、自然の雷であっても、その瞬間の直前には止まっているように感じた。
自分達の上空を飛び回るマシーンは、煙を上げ、建物をクッションと出来るよう、爆発の直前まで落下地点を調整しているようであった。
「空、怒ってるよ。こんなことしてちゃいけないってわからないのかな……あの人達。」
それを、空から見上げる少女は、自分を抱き抱え、煤にまみれた母親に涙を流しながら訴えた。
母親は、何も答えず、ただ肩を大きく揺らして、その少女を抱えて走る。
避難に遅れた人々が一つに固まり、瓦解した建物とその瓦礫、それに挟まれ、血を流す人々を避けながら走る。
再びマシーンが空を覆った。轟音が響き、少女は両の手で自身の耳を覆う。鼓膜を震わせる音は、その少女の頭蓋も揺らすものであった。
「ウッ……」
母親が小さく呻いた。少女が顔を母親の肩から離すと、両の耳からは血が滴っているようであった。
思わず、視線を逸らした。
そして、その先には自分と同じ背丈の子供が、
服を焼かれ、性器を露見しながら、体の半分の肉を削がれ、残った全てを赤と黒に包まれているのを見たのだ。
少女は口を押さえて、何度かえづくが、母親にはその音は何も聞こえず、揺れ、白い囲いと緑の点滅が起こる視界で、ただ前方を走る人の群れを追いかけるだけであった。
次には、ヒュルルと高い音を響かせて、影がその人々を覆った。叫び声が上がり、影はその濃度を増しながら、音も次第に耳から、全身で感じ取れるものとなった。
青白いマシーンが、左肩から、首、肋のフレームを露見させ、黒煙と灰色の煙、炎をもって、落下していたのだ。
それは、近くの建物に背中を打ち付けるようにぶつかり、機体の右足が白く発光した。
それに合わせて、機体は前傾のまま、次は、向かいの建物の列に胸部を打ち付け、最初にぶつかった建物を背もたれにしながら、項垂れた。
反発、また反発であった。
巨体はそれ以降動かず、自分達の前方で倒れ込むマシーンを、少女と先を行っていた人々は震えたり、声を張りながら恐れるようであった。
煙を上げてひしゃげた胸部が開き、中からパイロットらしき人間が雨に打たれるのが、遠方からでもわかる。
「熱い……水を、水をくれ!」
そのパイロットは、こちらに叫んでいる。
背後のコックピットには、左肩から引火し、
火災が起こっているようであった。
次の瞬間、灰色の機体であった。その青白いマシーンに合わせて、建物の間を掻い潜らせ、その爪先を、パイロットが立っていた胸部に打ち付け、そのままスラスターを全開にして、足を空に振り上げて、
タイタスの胸部全体を削り取った。
爆発が起こり、破片がこちらへ飛び散って、自分達の側を聳え立ってた建物がそれを一身に受けた。
「うわぁぁぁぁぁぁ!!」
叫び声が巻き上がり、母親は建物の隙間に身を隠した。
灰色のマシーン、セルヴスの一連の動作は、鉤爪を使った鳥類のそれのように少女は思えたが、物陰に身体を隠す母親の震えを受けて、少女のそんな考えは霧散した。
路地に身を隠し、左を向くと煙を上げたマシーンの破片が、自分達が先いた場所を、転がりながら、強く打ち付けていた。
親の震えは、少女に、本当にここで生きることを止めさせられるのかもしれないという意識になる。
それが、先のパイロットのような死に様であるのなら、少女は生まれてくること自体を憎く感じた。
一週間前、突然学校への登校を禁止された。
外出を控え、家に軟禁されている気分であった。
友人が、窓からその小さな身体を覗かせ、ボールを見せびらかした時、心が跳ねた。
家に漂う、辛気臭い空気感が自分には耐えられないものであった。朝、ベッドから起きた母と父の顔には、黒い線がほうれい線の皺に走り込んでいた。
親の目を盗み、ボールを使って友人3人ほどと遊ぶ時間は、それを忘れさせた。
そして、一昨日、再び遊ぶ約束を取り付けての、これであった。
人の死体を見る日が来るとは思わなかった。
想像より、遥かに寝ているという感覚をもたせるそれは、綺麗なものであれば、まだ耐えられる。
しかし、目を瞑るその顔は、決まって悪夢にうなされる顔をしていた。死にきれないと訴えていた。
そして、この避難の間、幾度も見た死体は、全てが
五体満足でなく、欠損して、焼け爛れ、体液を流しているのだ。
明日から、自分は食事が出来るだろうか。
今、トイレがしたくなった時、どこですれば良い。
喉が渇いて、耳も頭も痛かった。
煙を吸い込みたくはない、母親の服に顔を埋めると、
息苦しくなる時間がやってくる。
水たまりに、赤い血が滲んだそれを、人々は、
綺麗な飲み水だと言って顔を埋めるのだ。
寝床はあるのか?家は壊されてしまっただろうか。
自分の部屋に帰って、またボールや人形を触りたいな。
仕事へ向かった父はどこにいるだろうか。
祖父母は逃げられただろうか。
明日、目を覚ましたら、戦争は終わっているだろうか。
母親に、この気持ちと声は、伝わっているのだろうか。
目線を覗くようにして、母親を見上げた。
黒い瞳に、薄い膜を張ったような瞳。
涙が溢れ、自分をもう一度強く抱きしめた。




