85.【22年の終わり】
胸部のコックピットを地面に平行させ、リバーカンの残存エネルギーは50%を切ろうというところであった。
ディスプレイの一部は点滅を繰り返し、砂嵐を起こす。
操縦桿を引いてみると、腕は稼働して、地面の瓦礫を舞わせ、建物にその腕を流すように食い込ませるのが見えた。
座席のベルトを最大まで引っ張らせ、体の唯一の支えとしていたパイロットは、ヘルメットの中の蒸した気持ち悪さの中で息を吐く。
横のメサイアは視力を取り戻し始めたようで、肩を揺らしながらも、そのパイロットへ視線を移し、頷く。
初の搭乗で見上げた根性に思えたが、その少女に醜態を晒しながら怒鳴り散らす先の自分は、人生の汚点となると予見できた。
「うっ、くそ!」
地面が揺らされ、リバーカンの真横の地面が弾ける。
コックピットの合金を擦る音が連続し、機体はうつ伏せの状態から、仰向けに変わるにつれ、中のメサイア達も座席に勢いよく叩きつけられた。
「あの赤い機体は、戦艦ノアのものだわ!」
メサイアは声を少し跳ねさせ、安堵したように再び座席に背を預けた。戦艦ノアは、メサイアを保護していたもので、エトセーラも頼りにしろと自分達にしつこく言いつけていた部隊だ。
短い期間ではあったが、メサイアの反応を見るに、戦艦ノアでの出来事は彼女にとって非常に良いものであったらしい。
それ故に、パイロットである自分は彼女に全くアテにされていない悔しさも生まれるのだ。
赤い機体、イブ・ナティアのドミティアンは屈み、リバーカンの片腕を支えるようにして、機体を自立させた。
パイロットはされるがままであったが、自分にも体裁がある。ツインセンサーを緑に輝かせ、自分の機体に平行する赤い機体へ通信を繋ぐ。
「イブ准尉、どうもありがとう。」
それを横から見つめたメサイアが呟く。
コックピットを映し出すモニター。
その中央に位置するイブと呼ばれた少女は、
ヘルメットを外し、丁寧に編み込まれた青紫のミディアムヘアーを露見させ、その表情は不承不承を顔に貼り付けたようであった。
「これが信用できますか?」
パイロットは横の座席のメサイアへ視線を向ける。
精一杯の見栄であった。
「元々無口な方だけれど、とても優しいのよ。それに……」
メサイアも、安堵と息苦しさを払拭するようにヘルメットを外し、息を深く吐いた。
ブロンドの髪が揺れ、端正な顔立ちと蒼い瞳がディスプレイの作り出す太陽に照らされた。
胸に交差されたベルトを外し、メサイアも同様にそれを外して、座席下部から展開された仮の台座に体重を乗せる。
「では、あれに乗り移ってください。この機体はエンジンがやられていますから、姫様があちらに……!」
再び風圧が巻き起こり、眼前の赤い機体は左の方向へ弾き飛ばされ、すぐに建物を巻き込んで砕ける音が聞こえた。
リバーカンも再び姿勢制御を失い、足のスパイクが展開されるより早く、後ろの建物へ身を預けることとなった。
二人は立ち上がった直後の衝撃で、コックピットが大きく揺れる。パイロットはすぐにメサイアを側に抱き寄せた。
この衝撃では、ヘルメットを外したメサイアはディスプレイの硝子に顔を何度も引き裂かれるだろう。
それは避けなければならなかった。仮にも王室直属部隊のプライドがあった。
胸にメサイアの顔を埋めさせ、メサイアもそれを受け入れるようにして、二人はコックピットのディスプレイに何度も体を打ちつけた。
そうなったのは、全て、イブのドミティアンを蹴り押した黒い機体。
帝国の機体が原因であった。
「馬鹿が、こんなところで逃すものか。」
ラッツェルは呟き、高笑いをした。自分を脅かした赤い機体は無様に体を建物に打ち付け、白銀の機体は最早死に損なっていたからだ。
眼前の赤い瞳を持つ機体、アコニットは山羊の悪魔を模した悪趣味な頭部を持って、リバーカン達を一瞥する。
「クソ……帝国め!」
パイロットは肩で息をしながら、腕や背中に走る鋭い痛みに顔を顰め、冷や汗を流す。
自分に体を預ける、国を背負って立つ筈の女王は震えていた。彼女は、王室に身を潜めるメローのような生き方を選ばず、その結果がこれであった。
唯一のエトセーラは死に、パイロットの大人である自分に怒鳴り散らされ、それでも涙を流さず、自分に体を預ける。
「メサイア様はあの機体の元へ……!」
パイロットは体を起こし、血が重力に沿って流れ出るのがわかった。生温かい感覚が体から抜けていき、それに熱さが先に来て、すぐに痛みが追ってくるからだ。
メサイアを抱き寄せたまま、ふらついた足取りで硝子を砕き、コックピットのハッチの側に寄る。
機体から降下するためのラダー・ロープを取り出した。
「あなたも降りるのでしょう、まずはあなたから……いや、私が先に降りてあの機体を!」
メサイアはかろうじて残ったディスプレイに断面的に映る機体を見据え、ロープを引っ張る。
「いや、私はここに残らせて頂きます。」
パイロットは呟き、息を吐きながら、メインコンピューターを操作する。
機体はエンジンこそやられたが、あの機体へ寄りかかるパワーは残っているとわかった。
「私はメサ・ロトゥンドのパイロットなのです、あなたのような女性に、我々は頼りすぎてしまったのかもしれない。」
咎めるようなメサイアを見つめ、エトセーラのように高貴な生き方を出来なかった自分を恥じた。
眼前の女王は、少女であり。アルメイア直系の金髪も、
まだ初々しさを纏っているのだ。
ロープを握る手は小さく、純白の肌には傷一つついていないのが、このパイロットに若干の誇らしさを与えた。
「コックピットハッチを開きますから、あの赤い機体の元へ。」
座席に座り込み、メインコンピューターを操作する。
パイロットは死ぬと分かった。眼前のメサイアを女性としてもう一度抱き寄せたい欲求もあったが、エトセーラに報いたいというプライドの方が強かった。
「姫様、この戦い。我々ブリテンは劣勢でありますが、それであるからメトロが切って出れるのです。貴方がこの国の形勢を大きく変えれば、真の女王となれる。それに我々は賭けたのです。」
コックピットハッチが開き、外の背景と風が少女を襲う。パイロットは再び体を乗り出し、ロープに捕まる少女の体を押し出した。
「貴方には悪いことをした、そのまま行ってください、エトセーラ中佐も私もあなたを見守りますよ!」
ラダー・ロープは軸を回転させ、再び自身の元へ帰ってきた。それに合わせて、コックピットハッチを閉じ、駆動音とディスプレイは展開される。
眼前の機体、白銀のそれから降下した女が見えた。
「あれが、お前達が守ろうとしている奴……!」
「……ン!?」
ラッツェルはショットガンを構えるが、ブザーが鳴り響き、地面を砕く音を感知した。
機体が押し出され、衝撃で座席のベルトが引っ張り上げられる。建物を背に、ラッツェルのアコニットは押し付けられたのだ。
眼前には、自身の腕を掴み、軋ませる。
慈母神を貼り付けた白銀の機体であった。
「そんな死に損ないのマシーンに縋って、恥ずかしくないのか!」
機体から降りた女が走っていたが、このリバーカンに集中しなければならないと直感する。
この白銀の機体。自分の上空からの一方的な攻撃を回避していた。ショットガンの残弾が減り、これを仕留められなかったということは、パイロットが手強いという証拠であった。
眼前の機体は圧力を強め、ラッツェルのアコニットは唸りを上げる。
早さのために、華奢でサイズも小さい。一撃離脱型のアコニットは白兵戦に向かず、それはラッツェルの焦りへと転じた。
しかし、だからといってこの機体を上昇させ、死に損ないを撃墜するのは容易かった。
それをしないのは、貴族主義を叩き潰したいという願望と、エンジンを持たぬ機体を前に退避行動を取りたくないというプライドがあったからだ。
「舐めるなよ、国と共に死に損なうか!!」
ラッツェルは操縦桿を後ろに引っ張り上げ、アコニットは足でその機体を蹴り上げる。
白銀の機体は各所のバーニアを蒸すが、勢いが消しきれずに再び建物に体を打ち付けていた。
所詮、地球の機体というのはこれなのだ。
それであるのに、プライドだの、使命だのを持ち出して、自分に楯突く。そしてあの女は逃げ延びようというのだ。
全て、この機体のおかげであった。
ラッツェルは口角を上げるが、苛立ちのあまりそれは
ピクピクと痙攣していた。
腹の底が熱く込み上げ、虫はおさまらないようであった。
その機体の側により、左腕のショットガンでコックピットとなる胸部装甲を弾き飛ばした。
「うわぁっっ!」
パイロットは絶叫し、外の外気に晒される。
外気と機体が排出する熱気にコックピット全体が包まれ、最早ブザーも鳴ることはなかった。
アコニットのマニュピレーターでリバーカンの首を掴み上げ、ラッツェルは圧力パラメータを最大まで出力する。
胸部を開いた機体が前屈みに持ち上げられ、パイロットは座席に掴みかかるが、足元は空気と、遠く離れた地面へと晒され、浮遊感まで覚えた。
ベルトを掴む腕は震え、涙を交えた叫び声はラッツェルまで響いた。
ラッツェルは笑い、所詮、特権持ちもこれであると確信した。
生まれの特権から死を思わず、地球から自分達を排斥した人間の終わり際は、往々にして人間たるものなのだ。
座席のベルトに張り付くが、手は震え、涙は止まらなかった。汗が滲み、血がそれを塗りつぶすように滴って、アコニットの元へ垂れていく。
死への恐怖もあった、しかし、それ以上にメサイア
を無碍にしてしまった後悔と自分へのみじめさがあった。
19歳の少女は、死への覚悟をもってこのリバーカンへ乗った、それが無様な姿であろうとも、彼女は19歳であったのだ。
齢22の自分でも、十分に感じられていた。しかし、
それは訓練を度重ねていたからであった。
全てが悔しかった。
メサ・ロトゥンドの正式隊として選ばれた時、
家族の喜ぶ顔、ロイヤリティでも、ヴィーナでもない。エトセーラの直轄になった時の嬉しみ。
その全てが、この死への悔しみとなった。
生まれた瞬間の涙は、全てこの死に様への涙であるとまで感じられたのだ。
「こんなことのために、俺は生まれてきたんじゃない!」
黒い機体は左腕のひしゃげたショットガンを投げ捨て、地面が弾ける。
手元の袖についたカバーが外れ、3連式の小型機関銃が展開され、それが自分の足元の全てを包んだ。
ラッツェルは笑った。最早言葉は要らないように感じた。
人の死に様は、これだと。
「トドメが欲しいか?死を待つ時間は惜しいだろうな!」
リバーカン・スクエマの胸部は膨れ上がるような炎と
爆発に包まれ、その全てを大破させ、周囲にそれを
撒き散らすのに、大した時間は必要ではなかった。




