83.【地を這うリバーカン】
「あのような白い機体、データにはなかった!」
ラッツェルは叫び、機体を急速に降下させる。
インペネスからシャキリに通信が繋がらないと、それを妙に感じたための降下だった。
「ラッツェル大尉、先行されては……」
「黙れ!」
自身を咎めるように振り返った灰色の機体の声は、おそらくユナ・エイジールだろう。
「シャキリ・シャクティなどという、女を蔑んでおきながら、あわよくば尻に縋ろうという男の部下など!」
「その、シャキリが戦死したと……いま!」
シェルターを眼下に据えるセルヴスの声は、動揺をそのまま震えにしたような声であった。
「だったら、尚のことだ!!」
インペネスの侵攻、ユナ・エイジールの行軍が遅い理由がわかった。イギリスは最早壊滅一歩手前であるのに、
この女達はタラタラとしている理由が。
「私がやる……!月で寝転んでいる少佐にも、土に蒔かれた奴でもない!!」
「女の胸というのは、尻にはないんだシャキリ……!
それがわからんから、貴様は孤独死なんだろ!」
機体が急降下し、若干の雲を纏っていた宙域を振り切った。瞳から溢れた雫は自身を高速で横切り、
右斜め後ろからのブザーは、それを嫌でも注視させるものであった。
鎌を持った赤い機体。
テラーストュートの艦を庇うようにしていた機体が、
自立して、自分の跡をつけている。
「やはり、あの白い機体が切り札か……!」
ラッツェルのアコニットは破裂音をもって、シェルターを完全に解放し始めている地面と、黒煙と爆発を纏った戦艦から逃げるように飛び出す、白銀の機体へ向かっていった。
「あれはっ……!」
「敵機接近!くそっ、マンチェスターを潰した型のマシーンだ!!」
右に位置するメサイアの絶叫に近い声は、さらに迫をもった叫びに掻き消された。
リバーカンを操縦する、メサイアを叱ったパイロットの叫びであった。
メサイアはとうとうと言ったように、口元をグローブで覆い尽くす。機体は急激に全身を仰角させ、その上で旋回して地面へ翻ったのだから、無理もなかった。
「姫様、しっかり!!」
パイロットは汗を拭って、震えた手でメインコンピューターの下に位置するボックス型のロッカーを開ける。
新品の予備メットが入っている筈の中身を覗いて、
パイロットは思わず「うわっ」と声を上げた。
吐瀉物に塗れた青いヘルメットが、暗いロッカーの中に押し込まれていた。頭頂部辺りのデカール。
間違いなくメサ・ロトゥンドのエトセーラ・セトセーラのものであった。
「なんでゲロがひっついてる……!!中佐は我々にこんなこと一切話しゃしなかった!!」
「ゲロを吐いたなら、一報入れるのが味方だろ!!
くそぉ!!」
パイロットは足を挟んで位置するそれを勢いよく蹴り付け、金属がひしゃげるような音がコックピットを包み込む。
「なんでこんなこともやれないんだよ!中佐は!!
こんなんだから、謀反を起こして全員を巻き込むんだろうが!」
「俺はこんなことで死ぬのなんか馬鹿だ!馬鹿のすることをなぜ、大真面目にやらなきゃならん!!味方はあの船に閉じ込められてるんだぞ!なんで俺がこんな乗りなれない機体に乗らなきゃならないんだよ!!」
上空からは、弾丸が降りかかる風切り音。それがコックピットに響く頃には、メサイア達の搭乗したリバーカンは
何度か被弾をしていた。
全天モニターは機体が黒煙を上げていることを現す。
メインコンピューターも共に、ブザーも共に鳴り響いて、パイロットの怒気は強まる一方であった。
「もうやめて……!!今はメトロ・ポリシーに共に向かえば……!」
メサイアは座席から腰を浮かすが、半ば頬に位置するヘルメットの側部を殴られ、座席に叩きつけられた。
「なんでアンタはそんなに冷静でいられる!!gも知らんガキが!男を知って、それで偉ぶる!!馬鹿にするなよ!俺の体に穴を空けて、そこに棒でもぶち込めば、アンタのように冷静になれるのかなぁ!!」
轟音がコックピットを包み込み、メサイア達は瞳を暗転させながら、白光が全身を包み込んだ。
パイロットは唸り、機体を地面に肉薄させ、シェルター内の民間人達は風圧に吹き飛ばされていく。家の壁に叩きつけられ、真っ暗な視界のメサイアに、人が全霊を尽くした絶叫というものを浴びせた。
爆発が地面の各所に起こり、機体に瓦礫が降りかかる。
建物が倒壊して、リバーカンはアポジモーターの出力を最大限に上昇させる。降り掛かろうという瓦礫を飛び抜けた先に、再び爆発。メサイアは顔全体を覆って叫び、パイロットも同様にしながらも操縦桿は離さない。
白銀の機体は爆発に巻き込まれ、持ち前の推力は本当らしい。しかし、自分のアコニットから逃れられるほど
奴を買い被るつもりもなかった。
「そうやって逃げ延びて、生になんの意味があるよ!!鼠の真似事を10何メートルの機体でする!」
「なぁにが貴族制よ!!おめでたい儀式と、
生まれにあやかる遺産継承権だとわかったんだよッ!!!」
「特権相続の権利に主義の二文字がある!?馬鹿にするなよ人間を!!民衆は!!!」
ラッツェルは機体をさらに加速させ、とうとう白銀の機体の背に自身の影を伸ばした。
「ぶっ殺す!!」
アコニットは両腕のショットガンを構え、白銀の機体のエンジンを照準に捉える。
ピッピッと緑の照準が揺れ、ラッツェルはバイザー越しにその光を浴びて、瞳をジリジリと焼かれる感覚を味わった。
「……息の根を摘む!!」
操縦桿のトリガーを押し込んだ直後、煙が巻き上がり、装甲であろう破片とパイプ、爆発が上空のアコニットを包み込んだ。
「うわぁっ!」
自身の背後で気配をチラつかせていた赤い機体は、ブザーより速く自身に振りかぶり、ラッツェルは自身の情けない声を恥じた。同時に機体を降下させ、背中からの落下の衝撃は、地面に擦り付けられたエンジンへと向かった。
赤い機体、背中を撃墜され、骨組みとなるフレームを黒煙から露見させ、地面にうつ伏せとなった白銀の機体へ寄り添っていた。
あの機体がキーではなかった。乗っている人間が重要だとわかった。
それに今更気がつく鈍感さに、ラッツェルは酷く苛立った。




