82.【出撃】
胸部の中央。合金のそれは内部を露見させ、座席を四方からディスプレイを敷き詰められた全天モニターの隙間には、青緑の筋が入り。それはピカピカと輝いて、薄暗いコックピットに僅かな灯りをもたらす。
コックピットの内部は蒸す。それがわかったのは、この装甲にもなるコックピットハッチが開いた時、肌に張り付く若干の生温かさと、このパイロットスーツから甘く香る、彼女の残滓を同様に感じたからだ。
エトセーラは自分を生かしてくれた。彼女にも思うところはあったであろう。それが、先の兵士の嘆きと同様であったのなら。そんな想像は、メサイアの鼻根に再び刺激を与えた。
恐怖は消え、ただ眼前の空いた座席を見つめる。
彼女が座り、メサイアに敵対する人間を排除してきたコックピット。空っぽの筈のリバーカンは、彼女の意志が宿っているようにも見えた。そして、それは同時に彼女の身に降りかかる運命を直感させる。
メサイアは、漠然と生きねばと感じるのだった。
「姫様、お足元に気を付けて。」
メサイアより体を半身前に出すパイロットは呟き、コックピットへ乗り込む。クレーンの土台は、コックピットの座席へ足場を連結させている。座席と、球体でその周りの全てを覆うディスプレイの距離は、遠くはない。
しかし、体重をかければ割れてしまう危険と、ディスプレイに障害が生じる可能性がある。故にこの土台を使う必要があった。
メサイアもそれに習い、甲高い音を鳴らしながら、
先に、コックピットへ乗り込んだパイロットが腰掛ける座席の横の補助シートを展開する。
それを横目で見かけたパイロットは、メサイアがこのマシーンの構造を知っているような動きをすることに、疑問を感じた。しかし、彼もメサ・ロトゥンドの一員であるから、片手間にメインコンピューターを操作して、ディスプレイを起動させた。
メサイアは、直感的にそれをしているように装いながらも、自身の手慣れた手つきに、内心罪悪感を感じていた。
なぜなら、この知識はアダムとの背伸びをした営みで覚えたものだからだ。
アダム曰く、部屋には監視カメラが仕掛けられているからと……。
最も、ジーネンがそれを覗いている様子は、メサイアが戦艦ノアに乗組している際は一切感じられなかった。
母親の目線から逃れる子供のように、アダムはマシーンで自分を誘ったということだ。
そして、その経験はもちろん未知であったし、
地球で製造されたこのマシーンの印象を、幾分柔らかいものにしてくれた。
「姫様、ベルトを閉じて……。そうです足場が出ますから。全天モニターは支えちゃくれませんよ。」
パイロットは心配半分、マセた子供を突っぱねる気持ちを半分と言ったように、メインコンピューターを操作している。
メサイアは押し黙って、足元からスライドされた簡易的な足場と、それからなるペダルに足を乗せた。
メトロ・ポリシーまで自身を送り出してくれるパイロットを、刺激したくはなかった。
コックピットハッチが閉じられ、周囲の喧騒は一気に聞こえなくなった。ヘルメットから反芻する自身の大袈裟な呼吸音が、鬱陶しかった。
操縦を行うのは、補助シートと連結された座席に座り込む、このパイロットだ。少し首を左に向ければ、表情を窺えるこの男だ。
それであるのに、メサイアの胃はグルグルと掻き乱されるようだった。
「姫様、なるべくgはかからないように操縦しますが、完全にというのは無理な話です。あの機体の前哨として、多少は慣れていただきますよ。」
パイロットは肘掛けから派生した2本の操縦桿が立ち上がるのを待って、最終調整へと入っていた。
巨人の視界が自分達を囲い、それに合わせて鼓動は2倍、早く動くように感じた。
パイロットの突き放すような言い方もそうだ。
眼下の人間達。メサ・ロトゥンドという選りすぐりである筈のパイロット達皆が、何かを怒鳴り合い、時には暴力を振るっているのが見下ろせるからだ。
自分に安住はない。地面に足を付けて、民間人に紛れて逃げた方が圧倒的にマシであると、心の底から感じてしまった。
セックスの道具としたものが、こんなにも恐ろしいものであったと、自覚するのに時間は掛からなかった。
地を這い上げるような駆動音が響き、コックピット全体が揺れる。そして、それは戦艦全体の揺れでもあった。
「カタパルトが使えないだと……!ふざけるなよ、メサイア様が乗っているんだ!!」
メサイアはそのパイロットの怒号に瞬時に反応して、肩をビクリと揺らす。
機体が大きく揺れ、それに合わせて眼下の人間達は慌てて掃けてゆく。
メサイアの体は硬直しきって、自分の体が磔にされているようだった。呼吸をするのが精一杯で、その呼吸も、息を吸い込むことを忘れるようだった。
意識が集中する呼吸ほど、苦しいものはない。
それは人間が歩く、指の一つを動かす。瞳の位置を逐一確認することと同じであった。
これらの行為は、意識してはいけない。
緊張とは、上手くやろうという意思からやってくるものだからだ。
「姫様、カタパルトのgはかかりませんが、垂直に飛ぶことになります。手すりに掴まれば……いや……。」
パイロットの言葉は途切れ途切れだった。
「えぇ……。覚悟の上です……。」
メサイアの声は、酷く情けないものであった。
たかが発艦。さらには、自分はそのgを正面から受ける必要はない。それであるのに、メサイアはベルトに引っ張られながら体を折るようにする。屈んだ姿勢になると、足元の合金造りの地面が、所々ヒビが入って、煙がディスプレイを撫でる映像が流れた。
額の汗を拭おうとして、バイザーとパイロットスーツの袖がぶつかり合う軽い音が響く。頭が少しのけ反り、メサイアは自身の顔を覆うそれを上げようと、ヘルメットの下部に手を触れようとする。
「発艦します!……姫様!姿勢は垂直でなければ首が折れる!!」
自身の首元が乱雑に掴み上げられ、メサイアはハッとする。視界がグルグルと巡り、座席に貼り付けられた自分を見上げる感覚。浮遊しているようだった。
「恐ろしいのはわかりますが、中佐も我々も乗り越えました。貴方にもそうして頂かなければ困る!!」
パイロットの怒号が再び響き、機体はハッチの袖へ手をかけた。眼下には建物の屋根。崩壊を始める黒いシェルター、そして………。
「ひっ………」
青空を覆う、星のような閃光が幾つも走り、その星の
中心部には、人が散っていることがわかった。




