76.【月から産み落とされて】
左のオートマニュピレーターは槍を掴み上げ、自身が操作する右腕には再び剣を構える。
眼前の白い機体は速度を上げ、自身へ向けて降下してくる。
「やはり、地球に毒されたな。ギランミ!!」
ギランミは左腕を掲げ、こちらへ斬りかかる。
剣で応対させ、即座に左のオートマニュピレーターの槍を突き立てるが、そのマニュピレーターは弾かれるように跳ね上がった。
眼前の機体は右足を掲げていた。
コックピットに衝撃が走り、シャキリの体を揺する。
「うぁっ!」
左上から爆発音と閃光が、自身の顔に入り込んだ。
バイザー越しの視界で、その閃光は目視していなかったはずだ。それであるのに、光はいやらしくシャキリの顔の半分を包み込んだ。
ブザーが鳴り響き、唯一の視力となっていた片側が一時的に暗転する。
視界を完全に奪われた。
「シャキリ、どうした!」
ギランミは眼前の機体の動きは完全に停止していた。
機体の損傷は、槍を持っていた腕の手首から上を切り落としただけだ。それで機能停止するほど、月の機体はヤワではない筈だ。
それであるのに、眼前の機体は静止したまま浮遊する。
パイロット、シャキリに何かあったのだ。
――確実に撃墜できる。
「ダメだ!弟には……死なれたくない!!」
その黒い機体を足で蹴り、その勢いで機体を離反させる。
屋根に飛び乗り、白銀のリバーカンは未だに空中を漂う黒い機体を目視し続けた。
「お父さん、あの白いロボットと黒いロボットのどっちが味方なの?」
避難民なのだろう。煉瓦を撒き散らし、黒煙を上げる車、パニックに陥った人の濁流の中で、父に覆い被さるように庇われた少年は、空を見上げていた。
屋根に取り付き、膝をつく白い機体。
そして、その先には屋根の辺りを浮遊するだけの黒い機体。
「お父さんは、あの黒い方が悪いやつだと思うな。」
「なんで?」
「あの見た目、怖いだろう?お父さん、あの機体を見ているととても怖いんだ。」
父親の男は少年を抱き寄せる。
「じゃあ、あの黒いやつが悪いんだ!早くやっつけられてほしいね!お家、帰りたいもん!」
「そうだな、人を怖がらせる見た目なんて、してちゃいけないよな。」
少年の視線は、浮遊を経てやがて、建物を崩しながら寄りかかる。シャキリのアコニットへ向いていた。
心臓の脈動が全身を走る。ヘルメットは外した筈だ。
コックピットのブザー音と、マシーンの駆動音は、
被り物を外した瞬間、クリアに蓋の中の籠りを消し去ったからだ。
「くそ……。」
真っ白な視界が、ようやく眼前のメインコンピューターの動きを捉え始めた。
自身の目の前にいた筈のギランミの機体は、どこにもいない。
「に、逃げたのか!冗談じゃない!」
右サブモニターを操作すると、緑の枠線が外の景色を映し出すディスプレイを動き回り、屋根に取り付く白い機体を捕捉した。
ホッと息を吐く。姉を殺せば、自分の抑えていたものは完全に決壊するだろう。
その自意識は確信となっていた。
しかし、姉の起こした行動。月から地球を羨んで、
そちらへ住処を変える。
これは確実に、この戦争の元凶であると感じられた。
「……逃げてどうなる!人生とは、人としての生だ。
生きることだけに固執しては、人として生きるとは言えないんだ!」
機体のジェネレーターは再び稼働を始めた。
このロングレンジバレット。あと2発は撃てる。
肩から派生した左マニュピレーターは使い物にならない。
右腕でそれを掴み、導線を引き摺りながら、そのマニュピレーターを機体から切り離す。
肩の切断面はスパークを起こし、野晒しにされた導線はいつ起爆剤になってもおかしくなかった。
汗が流れる。呼吸が荒くなり、操縦桿を握る腕は震え、胃の中をグルグルと掻き乱される感覚。
ヘルメットを外したシャキリは、
マニュピレーター操作の黒いカチューシャと、
赤茶色の頭髪が晒され。
黒い眼帯と、もう片方には外側から深い青、内側になるにつれて、水色に近い色でグラデーションがかかり、中央には揺れながらも、ディスプレイを見据える黒い瞳孔。
ロングレンジバレットのエネルギーの充填を伝える。
小気味の良い音。
機体は再び瞳を輝かせて、寄りかかっていた建物から、ゆっくりと体を起こす。
ギランミを殺しても、後がある。
イギリスの残存兵と、テラーストュートの戦艦。
「少佐、お前がここにいればな……。」
汗を袖で強引に拭った。
操縦桿を握り直し、グローブが音を鳴らす。
操縦桿を握った瞬間。腹の底からグッと、
重たいものが走る感覚。
マンチェスターの惨状から、ルーラ達を殺した瞬間までの全てがフラッシュバックした。
インペネスの民間人収容所にいた、自分を殴った男は生きているのだろうか。 ガルーラは生きていたんだったな。
ルーラとミィカは、殺したのか。バジーリオは?
マンチェスター以後顔を合わせることはなかった。
ラッツェルも腐れ縁だが、このシェルターの先で戦っているのか。
アシュクは?ミレンは、なぜ自分についていなかったのだろう。ユナ中尉。
アシュクとミレンとユナだったか。
自分の部隊は。
ルーラはインペネスへ入ったのだったか?
いや、死んでいったのか。 ガルーラも死んだような気がするな。バジーリオ少佐もレディングで戦死したのだったか?
インペネスってなんだろう。ユナ中尉って……ユナとそんな物騒なごっこ遊びしたっけな。
ミィカは自分とルーラの子供だったかな。
倦怠感が体を襲い、メインコンピューターと操縦桿を握る腕は歪み始める。
「吐き気がする………。予備メットはあったか?」
メインコンピューターの下を探るが、ロッカーらしいものはなかった。
左サブモニターには、写真。
女性と、自分。横には ガルーラだろうか。
「邪魔だな、これ………。」
テープで丁寧に貼り付けられていたそれを、剥がし。
先程のヘルメットが落ちた場所へ投げ捨てる。
「ユナ……?今日は来る約束じゃなかったか?1人だと心細いな。最近物騒だしな。」
機体は完全に浮遊し、天井の側に肉薄する。
悪魔の見た目を冠したその機体は、それを腕を掲げて押し除ける。
「シャキリ、まだやるのか!」
ギランミは浮かび上がったそれへ向かい、屋根を吹き飛ばし、上昇する。
シャキリの機体に、ブザー音が鳴り響く。
虚であった青い瞳が、再び意思を持ったように焦点を合わせた。
「……ギランミ!!」
右腕の袖から槍を取り出して、下から接近する機体と再び火花を散らした。
「シャキリ、人には人の生き方というものがある。
月の人間は、地球に受け入れて欲しかったのだろう!
反発して何になる!」
白い機体は、自身の機体の頭部に横蹴りを喰らわせた。
ディスプレイが砂嵐を起こし、再び機体は力無く降下する。
「………?なぜ、怒られているんだ。」
あれは姉さんの声だった筈だ。なぜ、家を勝手に出て行った彼女に、自分が叱られているのか。
ユナと、ずっと待っていたというのに。
あの家にはもう誰も来なかった。
機体はズシンと、音を立て。エアバッグに包み込まれたシャキリは、横たわる座席からディスプレイの左を見つめた。
機体にコツンコツンと音が響く。
視線の先には、石や瓦礫を抱えながら、自分の家にそれを投げつける人々。
「また、ラッツェルがからかいにきたのかな?でも、いつもより人多いぞ。ユナ……ユナ!ラッツェルが来た!!」
「黒いやつ、死んじゃえよ!自殺でもなんでもいいから、死んじゃえ!」
父親に包まれていた子供は、言葉を吐き、涙を流して、手元に抱いた石を投げつける。
自身を抱いていた腕は、この黒い機体からはみ出るように血を流していた。
「マンチェスターを落としたのってこいつか!空から降ってきた屑が!!お前みたいなやつが生きてるからさ!」
子供の後ろの人間が、叫びながら瓦礫を投げつけた。
静寂を貫く巨人は、力無く腕を垂らす。
「そりゃ、こんなのは月に飛ばしたくなるよ!
汚らしいんだよ、人殺し!!」
「家族を返せよ!なんで、お前みたいな奴が生まれてるんだよ!」
コックピットのディスプレイはそれを、絶え間なく映し出す。瓦礫が弾け、罵声をシャキリの耳へ届ける。
「そりゃ……こんなことされたら、殺さないとな!」
シャキリの機体は腕を動かして、周囲の人間を吹き飛ばす。エンジンを点火させて、その風圧に先程の人間達は叩きつけられ、家屋に人型の血が貼り付いた。
人が逃げ惑い、アルカロ・アコニットは地面から立ち上がって、その逃げ惑う人間達を、赤い瞳で追う。
「お前達、全員死んでしまえよ。のうのうと、生きてこられて良かったな!それもここまでだよ、全員消えろ!」
シャキリの目の縁から涙が溢れ、アコニットはそれに合わせて、エンジンの駆動音を響かせた。
途端、ギランミのリバーカンが、シャキリのアコニットの手を取った。そのまま浮遊し、屋根は一瞬で遠のく。
「シャキリ、一緒に遠くへ行こう。そうすれば、石なんて当たらないから!私が付いているから!」
ギランミの声だった。
心が軽くなる声だった。しかし、ミィカやルーラの死んだ瞬間。
足をもたつかせながら走るミィカの首を飛ばして、
機体の足に抱きついて泣き叫ぶルーラ
『ミィカちゃんも、死んでしまって。マンチェスターを襲ったの貴方だと知ってました。でも、愛してます。好きなんです、貴方が!』
「姉さん……でも、姉さん。………僕は!!」
リバーカンを突き放し、黒い天井へ向けて、
ロングレンジバレットを組み上げる。
「シャキリ!!」
ギランミの叫びは、紫色の粒子が発する光に消えて行った。




