74.【隔絶された世界】
「夜!?」
齢4歳にもならない子供を抱いた女性は、空を見上げる。所狭しと詰め込まれた建物達の、さらに上。
先程まであった筈の青空と、太陽の光は巨大な駆動音を持って完全に遮断された。
代わりに降り注ぐ、極めて人工的な光。
「ああっ!」
女性の甲高い叫びが響き、道路に詰まり込んでいる車に、人のようなものが寄りかかっていた。
窓には返り血。
「街が塞がれたらしい。丁度いい!金になるものを奪い取れ!」
路地裏から複数の男が現れて、刃物と拳銃を周囲の人間へ向ける。
「そんな場合じゃないんだ!月と戦争をやってるってのに、なんで地球同士で潰し合うようなことをするんだ!」
渋滞の中で、それを見かねた男性は車の扉を叩きつけるようにして、身を乗り出す。
勢いよく飛び出たそれを、破裂音が包み込んだ。
再び車に寄りかかる死体。
「お母さん!」
抱き上げた子供が声を張り、自身の胸元へ顔を押し付けた。袖を握る腕の力は強く。震えていた。
「ユーゲル。なんでこうなっちゃうんだろうね、私達こんな事のために生まれてきたんじゃないよね。」
子供を強く抱き、身を屈ませる。子供は服の中で叫び。その声は篭りながらも、銃口を向ける男にも届く。爪が腕に食い込み、顔を顰めた。
「茶番は死んだ先でやればいいんだよ!」
拳銃が煙を上げ、その子供と、女性の胴体に黒い空洞を作る。頭から地面へ倒れ込み、力を無くした腕はそのまま子供を地面へ強く叩きつけた。
黒いシェルターの下。街の屋根達に隣接している。
「これ以上上昇しては、あれに引っかかるか。」
シャキリは自分達を覆い尽くす、黒いシェルターへ一瞥をくれて、再び視界を下に戻した。ディスプレイに映る、人の濁流と停止する車達。
「逃げようというのか、そうはいくかよ!」
ロングレンジバレットを組み上げ、地面へそれを照射。
地面は一度沈み込み。紫色の爆発と下水管を破裂させ、周囲の人間を焼き殺す。
轟音に合わせて、拳銃を持った腕が吹き飛び。車の破片が上空を舞う体に突き刺さった。
「大佐に纏わりつく男とは、お前だな!」
ロイヤリティは、街を爆撃する黒い機体へ向けて、
自身の機体を加速させる。
メインコンピューターの細かい音を掻き消すように、ロイヤリティを抑えるgと轟音が降りかかる。
ロイヤリティはそれを臆せず、機体を上下に移動させて、さらに加速させる。
線上の建物達は横一直線から、縦の細い影へと変わり、再び横一直に列をなす。ロイヤリティの下半身のパイロットスーツは腿、下腹部を締め上げるように動作し、ロイヤリティはそれに顔を顰めた。
爆発の煙に紛れ、寄ってくる機体。
感知できたのは、シャキリが姉への執着を持っているが故の過敏さと、コックピットのブザーが頭にズキズキとした痛みを与えたからだ。
「ギランミか……!いや、こんな小うるさい犬のようなものではなかった。」
シャキリは一瞬の落胆の後、自身へ突貫する機体へ向けて、ロングレンジバレットの砲身を横一閃に振り払う。
遠心による力が衝撃波を生み、側の建物にヒビが入った。
眼前の白銀の機体は、その一閃を避けるように機体を跳ね上げさせた。風圧が巻き起こり、シャキリのアコニットはのけ反り、若干の怯みを見せていた。
自分の動きが鈍く感じる……
この砲身の重量や遠心ではないように感じた。
操縦桿を動かす腕が明らかに鈍い。
頭の奥が痛み、肩に重たいものを乗せられているような倦怠感。
メットから反芻する呼吸は、ひどく鬱陶しいもので、
それに伴うバイザーの曇りはさらにシャキリを苛立たせた。
再びブザーが鳴り響き、白銀の機体は自身の上空から飛来していた。
即座に退避行動を取る。足の下から一気に血の気が引く感覚。目眩が起こり、視界が暗転し、シャキリの喉は、胸の底からやってくる圧迫感にヒュッっと小さな音を立てた。
回避行動であった、常套手段であった。
機体の後退に合わせて、一気に上昇をかける。
これを行えば、胸のロングレンジバレットで敵を撃滅できる。しかし、シャキリは前のめりになり、呼吸をするのが精一杯だった。
ウッ……クッと細切れの呼吸を繰り返す。
基礎の基礎だ。今まで意識せずに行ってきた耐gの呼吸方法。それを無意識に行えていなかった。
冷や汗が流れ、それが視界へ滴るのを避けるために、
バイザーを上げる。コックピット内の空気が入り込み、シャキリは深呼吸を行う。
「……くそ。」
瞳が震え、手も同様であった。
「大佐、貴方に纏わりつく人間は、私が全員消してあげますよ!今までもそうしてきたから……だから大佐!!」
ロイヤリティは眼前の禍々しい黒い機体へ再び加速する。
道路のスレスレまで降下し、車や人の死体が吹き飛んでいくが、ディスプレイに干渉しなければどうでもいいことだった。
「お前は、ギランミ大佐が羨ましいんだな、だから纏わりつくんだな!力が欲しいから、こうやって平気で人を殺す!」
白銀の機体は再び迫ってくる。ギランミが居なくなった後、ラッツェルが来た。あれは身寄りのない自分を精神的に辱めて、そしてそれは今、自分の仲間となってしまっているのだ。両親は、ギランミを探しに消えた。自分にも大切な人間がいた気がしたが、どうでも良いことだった。
「地球人は殺すさ、当たり前だ!生まれが地球であることが、そんなに偉いか!!月で生まれることは罪なのか!」
「姦しい女は大嫌いだ、消えろよ!!」
ロングレンジバレットが射出され、紫色の粒子が辺り一帯を照らす。
照射時間が短く、爆発はすぐにシャキリ達と周辺の建物を包み込む。その粒子は瓦礫と爆発にまみれて、砲身を擦る音と合わせて、ディスプレイがノイズを混じえた。
「貴様も、腹を痛めて生んだ両親が居ただろうに。死に様は、叫び散らかしてこれか……」
シャキリは呟き、片腕で顔全体を覆う。
ーー再び警告音。
シャキリは即座に操縦桿を握って、機体の踵を地面に擦りながら後退させる。ロングレンジバレットを折り畳み、両肩からなるオートマニュピレーターを動かすイメージを浮かべる。4本の取手から解放された腕は、各自意思があるように動き出す。
煙を掻き分け、眼前の機体は姿を現した。
五体満足であった。
額から汗が流れ、歯が軋みあって、その圧力は操縦桿を握る力へと変わっていく。
姉への余興としても、この人間の相手はジリジリと自分を追い立てる焦燥があった。
シャキリには、姉の状況を確かめたいという、好奇心もあったのだ。
メインコンピューターが映し出す、アルカロ・アコニットのエネルギー残存は73%。
ロングレンジバレットは最大出力をもって15%を奪い去る。リミッターを解除すれば、その倍は失うことになるが、シャキリにそれを考える余裕はなかった。
アコニットは再び赤いツインセンサーを輝かせた。
鳴り響く駆動に合わせて突撃をかけようとした刹那、
機体が揺すぶられ、瓦礫が弾け、自身の機体は暗闇に包まれた。右サブモニターは、機体が建物に叩きつけられ、それの中に押し込まれたことを示していた。
空気を押し出すような荒い咳をする。
「……新手か。」
パラパラと、機体に降りかかる建物の塵と、その先に先程の白銀の機体と全く同じ姿の機体があるとわかった。
「ロイヤリティ!!」
自身の戦いを妨害して、眼前の黒い機体を押し退けた機体。エトセーラのリバーカンがロイヤリティを見下ろしていた。
「裏切り者が何をしてる!今更戻ろうといっても、貴様の居場所など、どこにも…!」
「そうではない。まずあの機体を片付けなければ、街の人間に被害が出るぞ!ロイヤリティ、お前は気付かなかったかもしれないが、民間人がここに閉じ込められているんだ!」
エトセーラの声に合わせて、右サブモニターを操作する。
確かに緑の枠線は、地面に取り付いて、倒れ込む人の姿を表した。原型を留めていないようなものを枠線が拡大しようとして、即座にそれを切る。
「確かにそうらしいが、貴様が月の軍隊と手を組んでいる可能性だってある筈だ!」
「それは……お前達が始めたことだ!」
エトセーラの声は、張りをもって義はこちらにあると主張するようであった。
「揶揄するような言い方に、聞こえるな!」
ロイヤリティはそれが月の叩き上げであったギランミのことを言われていると感受して、目に見えて苛立つ。
「ロイヤリティ、ヴィーナもそうだ!よく考えればわかる筈だ!なぜ、あれに手を貸そうと思えるのだ!」
「国が背水というこの時に、謀反を起こす貴様が乱心したとしか思えんな!没落したとはいえ、そこまで権力欲に溺れる女であったか!エトセーラ!!」
「血判は食えないぞ……!忠誠こそが……」
途端、黒い機体が沈んでいった筈の遥か遠方で、紫の光が、シェルター全体を覆うほどの発光を伴っているのを確認した。
「えっ……」
遠方のエトセーラは離脱したのが見えた。その直後、
白い光に包まれ、喉が焼き切れるように熱く、全身を掻きむしられ、その先で抉られるような感覚に陥った。腕は白い肌から焦茶色に変わり、伸ばそうとすると先から塵のように散っていく。
遠方の機体。白銀の一機は撃滅した。
ロングレンジバレットの先端は焼け爛れ、橙色と赤を交えた粘着質の液体は、その黒い先端から焦げ落ち、地面へ滴る。黒煙と破片に包まれて、眼前のメインコンピューターはエネルギー残存39%を示していた。
「死ぬ時に助けは来ない。死ぬ時には何も言い残せない。死ぬ時というのは、完全に孤独であるか、お前を殺す人間に看取られるかのどちらかだ。それを知らずに戦場へ出張った自分を恨むんだな。」
シャキリは呟き、何も感知できない煙の中で機体のアポジモーターとバーニアを一斉に噴射し、もう一機の白銀の機体へ向かう。
「ロイヤリティが死んだのか……!」
エトセーラはコックピットで叫ぶ。
あの爆発。明らかに機体によるものだった。
自身の胸中にはザワザワと自身の過ちを責め立てるような胸騒ぎが襲った。
「ロイヤリティ、せめて、ここで死ねて良かったじゃないか……。」
バイザーを上げ、袖で瞳を拭う。
自身の膝。青いパイロットスーツに、雫が垂れ、
それはシミに変わっていく。
「死ぬことが、救いか。死ねば溶け込めるか!そんな筈がないだろう!私は、私は生きたいんだよ、そんなに悪いことか、それが!!」
「私は、この体と意思を持って生まれたのだから、それを全うしたいのだ!私の代で、家柄のプライドをへし折った悔しみを、挽回したいんだ!!」
眼下には、人間達がいる。
彼らも、同じ思いだったのだろう。
抵抗する力を持たずに、生身の体だけを頼りに、
最後は積み上げた命を運に委任する。
ギランミへ謀反を起こしたことは、彼らを侵すことになってしまうのか。
「それを守る筈のセトセーラだ。人類が月などに打ち上げられなければ始まらなかった話だ!!」
ブザーが鳴り響く。上空には、黒い機体。
シャキリのアルカロ・アコニットだった。




