72.【クストとスターム】
「クストはヴァレン達を援護して!僕はノアを守ります!」
スタームのドミティアンは、クストの機体に抱きつくような姿勢から、マニュピレーターを引き伸ばし、クストを雲の中へ残し上昇する。
「スターム、戻ったら……!」
クストは通信が繋がっていることを分かりながらも、遠ざかっていくスタームへ、声を張らずにはいられなかった。
背面モニターに映る、雲から機体上部を出した、クストは遠ざかっていく。操縦桿から手を離し、座席から乗り上げるようにしていると、マシーンのコンピューターが、スクリーンにパイロットの不在を告げるブザーを鳴らし始める。
「居ますよ、おせっかいだな。」
スタームは座席に座り直し、操縦桿を握る。
クストと共に戦いたいというのが、本音であった。
しかし、母艦のノアは、艦隊戦に関して、全くの素人であると言える。
帰るところが無くなってしまえば、自身の中で際限なく湧き立つ、この愛情をクストに触れてやらせることもできない。
ヘルメットのバイザーを上げ、呼吸を行う。
ブザーが鳴り響き、機体の右ペダルの下。
敵艦インペネスから、上昇してくるものがある。
右サブモニターを白いグローブで操作する。
緑で囲い上げられた機体、その先頭。
間違いなかった。サウサンプトンで出会った、死んだと思っていたナーケル・ヨーガの黒い機体であった。
***
「お前達は戦艦ノアをやれ。中尉、ダッケルの面倒は頼むぞ。」
シャキリのアルカロ・アコニットの、背中から派生する左マニュピレーターが、ユナのセルヴスを捉える。
機体が微かに揺れ、ユナはそれを信頼の獲得と受け取った。
「了解、しかし大尉は……」
ユナのセルヴスは、既に街へ降下を始めようとしたシャキリへ振り返る。
シャキリから返事はなかった。
自身とダッケルの機体は上昇を行い、シャキリの機体だけが、戦火に呑まれ始めた街へ向かっている。
この些細なことでさえ、自身とシャキリのすれ違いを現しているようで、ユナは下唇を軽く噛んでみせた。
彼はどこかで、自分を覚えてくれていて、この振り向き様の一瞬にも、自分を案じてくれるだろうという、
極めてポジティブな観測があったからだ。
しかし、それは違った。
シャキリにとって自分は、開戦直後の苦心を知らない一女兵士なのだ。
自分だけが、彼との記憶を共有していた。
よがる気持ちを、自分だけが記憶として昇華していたのだ。
「シャキリ、ごめんなさい。もう耐えられない。」
眼前の黒い機体。強化人間のダッケルを見上げる瞳は、白く濁り、空から降り注ぐ光を交えて、人型の形を歪ませていく。
瞳をパイロットスーツの袖で拭う。視界は先ほどより洗練され、青空を背に、赤い機体が漂っているのを目視した。
「ダッケル、敵機。接触まで……」
その機体は、カウントを待たず、上昇の速度を上げた。
ユナはそれに多少苛立ちながらも、そんな気持ちは上からの圧力と自身を頭部から覆い尽くすような光に掻き消されていった。
「あの白い戦艦、あそこにメサイアがいるのか!」
ダッケルは叫び、操縦桿を前に倒す。背後のエンジンが唸り声を上げて、雲を撒き散らしながらそれに突撃をかける。
「ナーケル中尉!」
ブザー音が鳴り響き、上空から近接武器を持った、赤い機体が飛来する。ダッケルもアコニットの腰に据えられた、斧槍を取り、それに応じた。
鍔迫り合いのように、両機の頭部が肉薄し、金属同士の擦れる耳につんざく高音。
摩擦から発される橙と赤を混ぜた粒子が、機体に飛び散りディスプレーが所々黒い斑点作る。
「ナーケル中尉、スタームです!シスメ・マイコンと共にあなたと出撃した、スターム・ソヨラーです!」
「貴様はなんだぁ!」
ダッケルのアコニットが、機体の右足を垂直に蹴り上げ、スタームの胸部へ直撃した。
「うぁっ!」
ディスプレーが砂嵐を起こし、コックピットを内蔵した、機体の胸部はひしゃげる。
空を映し出していた、一面は灰色に変わり、自身を呑み込んでしまうと錯覚するほど、肉薄した。
メインコンピューターまでは、届かなかった。
しかし、機能を停止したモニターは、導線をあらわにして、所々スパークを起こし始めていた。
機体が爆発寸でという、合図だった。
空中で仰向けにのけ反り、力無く浮く赤い機体。
「脱出装置を……!」
スパークが広がり、割れたディスプレーから火がつき始める。自身のパイロットスーツをジリジリと焦がされる感覚。空調機能を失い、高度を上げた空での空気は、自分の肺を締め上げるように頼りないものだった。
メインコンピューターを操作し、ドミティアンの胸部から球体型のコックピットが射出される。
体が押し出され、同時に敵を前に生身を投げ出されたような恐怖。
空に今までと違う、小さな爆発が起こり。
煙の塊から姿を現す、黒く焦げた合金と、若干の白を残したそれは、空中の中に霧散していった。
「悪いけど、これを見逃せるほどもう余裕はないの!」
ユナは叫んで、中身を追うように落下を始めた赤い機体に見向きもせず、加速を続けるダッケル機へ視線を向けた。
***
「援護はどうしてる!」
艦隊に張り付きがながら、味方の弾幕に背中を突かれ、
撃墜されていくタイタスを見据えながら、ジーネンは叫ぶ。艦内は怒声が混じり、ジーネンの声も、前のモニにさえ届いていないようだった。
「……長!艦長!」
モニがこちらを振り返り、瞳に涙を溜め込んでいた。
「スターム少尉が撃墜されました。」
「なに……!」
モニは泣き始め、ヘッドホンを外し、自身の机代わりのコンピューターにうつ伏せる。
肩を揺らし、それを咎めるように、隣のオペレーターの怒鳴り声が響いて、
モニの泣く声はさらに激しくなった。
機体を上昇させる。方向感覚を奪う雲を引き裂いて、再び雲に突入する。
左サブモニターに通信が入る。
ブリッジのジーネンだった。クルーの怒声と、騒がしく動く後ろ姿を見るに、スタームの援護は難航しているらしい。
「クスト、スタームは………!」
「了解!」
言葉を待たずに、機体を翻し、遠くで弾幕を張りながら後退するノアを捉える。
途中でノイズが混じり、ジーネンの声がかき消された。
おそらく、スタームの援護だけでは足りないのだろう。
「クスト少佐、もう一度言うぞ、スタームは撃墜された!」
次はノイズが混じることはなかった。
撃墜の言葉が告げられる前に、心臓が強く跳ねる感覚を味わった。呼吸が浅くなり、バイザーを押し上げる。
「……しんだ?」




