70.【首都攻防戦】
「エトセーラ、貴様何を!」
ベルベーン艦内で、怒声が響く。
男の張り上げた声が響き、ギランミの顔が歪んだ。
「言った筈だ。ギランミを筆頭に、貴様らは帝国の兵士と同様殺し尽くすと。」
ブリッジのスクリーンに映し出されたエトセーラは、
普段の微笑を貼り付けた顔ではなく、ギランミとその隣の男。後ろに立っていたロイヤリティとヴィーナを順番に見据えた。
「私も人望が無いな。エトセーラ、それは私が月の生まれだからか?」
ギランミは目を瞑って、自嘲しながら、スクリーンへ声をかけた。
「えぇ、月の帝国の身ごなしを見るに。月の人間達は野蛮であると判断しました。そして、この国の権限をメローとあなたに一任していることは、むしろ危険であるのです。」
「私はこのブリテンのために力を尽くしてきたつもりだがね。」
「しかし、貴様の生まれは月だ。ルーツを共にしていても、英国に生まれてはいないのだ。」
エトセーラは最大級の軽蔑を込め、言葉を紡ぐ。
「雑務を押し付けられた腹いせか、エトセーラ!」
後ろのロイヤリティが我慢ならないように叫んだ。
「犬には黙っていてもらおう。ギランミに肩を貸す貴様らも、全員を帝国の人間として扱うと決めた。いつまでも賊の足に使われるほど、この国は腐っていない!」
画面に映し出されるエトセーラは、ロイヤリティへ目線を向けた。
ロイヤリティは肩を震わせ、ヴィーナの側へ寄る。
「では、ロンデイルで待っています。」
通信を断ち切られ、ブリッジに静寂が訪れる。
「大佐、ですからエトセーラは危険だと!」
艦長の男は咎めるように座席を立ち、次はギランミに声を張り上げた。
「差し出がましいぞ。エトセーラの部隊は何機出してくる。」
ギランミは座席に腰掛け、ため息を吐いて。
自身の前に座る。通信オペレーターへ視線を向けた。
「はっ、地球の部隊を味方につけているので最低で30機、最高で50かと。」
帝国の戦力が知れないが、自分達の部隊で出せるのはせいぜい20だ。
メサイアも彼方についているから、メトロ・ポリシーも宛てにはならない。
「月の生活を捨てたのに、奴等を頼りにすることになるとはな。」
ギランミは再び自らを卑下したい欲求に駆られた。
「艦長、もう直ロンデイルだ。指揮は任せる。私は2人を連れてリバーカンで出る。」
ギランミは、隣の男へ目配せをして、2人を連れてブリッジを出た。
エトセーラ。前兆は見えていた。しかし、今回の侵攻を防ぐまでは共に協力してくれると考えていた。
甘かったのだ。上に立つ人間というのは、常に部下の気持ちを慮ろうと努力をしても、その人間のうちに潜めた野心や、劣等意識を汲むことは出来ない。
自分は叩き上げでここまで来たのだからと、下から這いずるものの気持ちを理解していたつもりだった。
しかし、エトセーラの家柄の伝統と、それによるプレッシャーは汲めなかったのだ。
「エトセーラ、私も1人の人間なのだからな。」
ギランミは青いパイロットスーツを見に纏う。
肩には銀で作られた、ライオンのエンブレムがあった。
ふと、シャキリを月へ残してしまったことを思い出す。
自分は学びを深める内に、段々と月の人々は地球の人間達に見放されて生活を送っているとわかった。
そして、月の人間達はそんなことも露知らず。
台頭し始めた、セリウス・ハルト率いる政党に
関心を寄せ始めた。
知らないのではない。見て見ぬふりだったのかもしれない。物資の不安も、地球からの侵略者への不安も。
わかっていても、自分達ではどうすることも出来ないと判断した。
しかし、父と母は違った。
あの2人は、機械工学を学び、設計を行っていた。
そして、セリウスをトップへ添えた月の国は、
私達の両親を奪って行った。
まだ幼いシャキリと家族を待つ時間。
15歳という、両親がいるのが当たり前の中、
反発したくなる年齢の時。自分にとってその2人はいなかった。
11歳であったシャキリを守らなければならなかった責任と、自分はまだ大人になりたくない葛藤。
これを誰がわかってくれる。
誰もわからなかったのだ。
だから、その翌年、シャキリを捨て。
私は地球へ向かった。
この国へ来てからも、守る対象となったメサイアとシャキリが重なった。
メサイアには、幼いシャキリの影が入り込み、侵食していた。
「では、大佐。」
ロイヤリティは格納庫に入って、ヴィーナと共に敬礼を行う。部下には恵まれていたように感じる。
この中にエトセーラがいないことを、酷く悔しく感じた。
「あぁ、指揮は私が取る。2人はいつも通りに頼む。」
クレーンに乗り込み、慈母神を形どった機体の胸元へ乗り込む。
ヘルメットを被り、座席に腰掛けると、
メインコンピューターが自身の前へ立ち上がった。
「シャキリ、幸せに暮らせているか。お前に会いたいよ。」
目の縁から溢れたそれを拭い。
操縦桿を握りしめるビニールの音が響く。
白銀の機体は、ハンガーに身を預け、静止した状態から、
起き上がり。地面を踏み締めて艦体を揺らす。
「リバーカン・スクエマ出るぞ!」
ロンデイルの街が見える。前方には5隻の敵艦隊。
カタパルトへ足を乗せる。
慣れたはずの出撃だったが、胸の辺りがグルグルと気持ち悪かった。
「くそ、今日は出たくない……。」
ギランミは呟き、周囲の景色は一瞬で青空へと変わって行った。
***
「シャキリ大尉。」
赤く輝くランプが、回転して、その光は格納庫を覆う。
視界が光によって緑に染まり、視力を取り戻しては、
またその赤い光が視界を包む。
「ユナ中尉。ダッケルの面倒はお前が……」
ユナは瞳を揺らし、自分を見据えて黙りこくっていた。
別の言葉を待っているようだった。
「中尉、集中してくれなければ、死ぬ。」
喉から声を絞り出して、ユナへ背を向け、機体へ向かう。
自分はもう、2度と親しい人間は作れることはないのだろう。
バジーリオ、アシュク、ガルーラのような、人間と当たり前のように関わっていたのは、恵まれていたのだ。
その延長の、自惚れかもしれない。
しかし、彼女が自分に好意を向けてくれているのなら、
男としてそれには報いたかった。
「中尉、私は姉を殺さなねばなんだ。肉親殺しの前に愛を求めては、私は人を殺せなくなってしまう。」
ヘルメットを被る。周囲の喧騒は遮断されて、
自身の鼓動と荒い呼吸だけが響き渡った。
「この戦いが終わったら、君の相手をさせてもらいたい。」
ヘルメットの籠り切った音は、自分の耳にしか届かず、
空中を漂ったそれは、すぐにブザーの喧騒とクレーンの駆動音に消されて行った。
コックピットが開き、座席に座り込む。
メインコンピューターが勢いよく立ち上がり、
ディスプレイには、小さくユナが映り込む。
「大尉、私これを言わなければ……。」
「中尉、いい加減にしろ!私達は戦争をやってるんだ。
人を殺すんだ!お前の口惜しさを、戦争はわかっちゃくれないんだ!」
生きて欲しいが故の叱咤だと、理解して欲しかった。
しかし、自分と同じ年代の彼女が、そこまで理性的ではないともわかった。
自分も、同様だからだ。
「シャキリ。」
ユナを映し出していたディスプレイは、暗転し、
メノクスを映し出す。いつも通り、出撃の催促だ。
「了解。援護は頼みます。」
ヘルメットの上に軽く敬礼を行うと、メノクスはそれに応えて、モニターは完全に暗くなる。
アルカロ・アコニットが瞳を輝かし、灰色のセルヴスと、ダッケルのアコニットはそれに続く。
***
「敵艦3隻、全てから敵機出ました!」
モニがジーネン達へ振り返った。
「よし、我々は高度を取る戦艦を相手取る。街はエトセーラ中佐達に任せます。」
スクリーンに映る、コックピット内のエトセーラが頷くのを確認して、ジーネンはインカムを手に取った。
いつも通りいる筈の、メサイアはここにはいない。
エトセーラとの意向で、プティッカへ移動させているからだ。
「アダム達、出られるな!」
格納庫にジーネンの声が響き渡る。
「ギル・ミーク牽引!」
テペリがその声に合わせて、天井に吊るされた機体を見上げる。そのリード達は重苦しい音を立てながら、機体をハッチまで、運び上げる。
誘導員が機体の下に潜り、ハッチの直前まで誘導を行う。
風が背中を襲い。青空が自身の背にあることを意識して、
肝が冷える感覚。
「アダム、先発頼むぞ!」
左サブモニターにクストが映り、ヘルメットを被っている最中だった。ディスプレイ後ろを振り返ると、クスト、
イブ、スタームの機体が並ぶように立っている。
イスィーズ、ジェナ、メサイア。全ての人間が好き勝手に頭を乱れる。
しかし、ここで気を張らなければ、それすら出来ないのだろう。死んでしまえば、みんなに会える。
しかし、今は生きているメサイアと、この戦艦の人間達のために戦わなければならない。
「先発します!みんな気をつけて!」
ギル・ミークは久方ぶりの搭乗であっても、それに応え、
エンジンとバーニアに出力を持たせた。
リードを引きちぎって、青空に晒される。
雲に包まれながら、その巨体は加速をかけ、それを振り払った。
***
「大尉!」
ストラッズを背にしたククルが前方の敵を目視した。
ラッツェルには感知できなかった。やはり、子供だからと侮るのは反省すべきか。
「セルヴス隊、敵艦に取り付け!あの大物は私たちが請け負う!」
アコニットを加速させ、ゼガームはそれに続く。
白い雲先の遠方。鳥が高速で飛んでくるような光。
「私達を見つけたな、洒落臭いんだよ!」
雲の頭角が弾ける。
次は逆噴されながら、自分たちが向かうべき方向を示す
細かい光が、無数に発射される。
「ストラッズが弾幕を張り始めている。敵機はラッツェル大尉に任せろ!あの白い戦艦へ張り付く!」
セルヴス5機が加速をかけ、青空の下の雲の中、
中央で一層輝くそれを迂回しながら、ノアへ向かう。
背中の一機が途端に弾け、自身の機体にも衝撃が走った。
「くそ、雲に隠れる戦法は古いか!」
「当たり前だ!私には見えてるんだからな!」
4機となったセルヴス達の上空に、クストのドミティアンが飛来していた。
「接近するものがいますが、クスト少佐とアダム准尉が抑えてくれています!」
モニの横のオペレーターが、ノアに掠める弾丸に瞳を閉じながら、ジーネンへ振り返った。
「孤立させすぎるな!タイタスを出撃させて、援護させろ!スターム、イブ。アダムを頼めるか!」
ジーネンはインカムを手に取り、スクリーンに映し出される、イブとスタームのコックピットへ叫ぶ。
2人の機体が、艦体から離れるのを見て、再び前方へ視界を移す。援護する筈のヤックヌー級戦艦は、離陸に戸惑っているようだった。
再び敵艦の弾が掠め、艦が揺れる。それに合わせてクルー一同がどよめき始めた。
「パニックになるなよ!」
ジーネンは言いながら、額の汗を拭う。
初めての本格的な艦体戦であるから、無理もなかった。
「くそ、ノックチルグやるじゃないか。」
ジーネンはアネストが、どれだけ厳重に保護されていたかを再度自覚した。




