69.【決戦前夜(2)】
1日が経ち、決戦前日。
ロンデイル王室の廊下には、メサイアとエトセーラの影があった。
「お嬢様、一段女性になられましたね。」
エトセーラは窓から差し込む太陽の光に照らされ、
メサイアに微笑みかけた。
「……!わかってしまいますか。」
メサイアはギョッとしたように、わかりやすく目を見開く。エトセーラは笑ってしまう。
「相手は随分、乱暴な方なのね。」
メサイアの鎖骨の辺り、丁度服で隠れる場所と、そのさらに下あたり、エトセーラのハイヒールをあわせての身長であるからわかる。絆創膏が貼られていた。
「結構、甘える人のようで……。」
メサイアは頬を掻いて、照れ臭そうに呟いた。
エトセーラはそれを一瞥して、再び微笑んだ。
一国の女王が素性も知らぬ男と繋がる。
一大事にも出来るが、このロンドンからロンデイルと名前を変化させたように、こういう部分でも寛容であっても良いのかも知れない。
女王と言えども、若さを抑える理由にはならない。
「宜しいですが、この場では気も引き締めて頂きます。女王。」
エトセーラは、側近2人が立っている部屋が視界に入り、メサイアに耳打ちをする。
2人は神妙な面持ちに変わり、扉の前に立った。
「メロー閣下、エトセーラ・セトセーラ中佐と、メサイア・アルメイア女王であります。」
エトセーラは扉の前で声を張り上げる。
暫くして、老人のしゃがれた声が扉の先から鳴り、
側近2人が扉の取手に手をかけた。
「エトセーラ、ギランミ達との合流の手筈は……」
「閣下、まずは女王を労って頂きます。慣れぬ環境で、逞しく成長なされました。」
エトセーラは、座席に腰掛けるメローへの不快感を隠そうとはしなかった。
「よく戻られました。女王、ご無事で…。」
メローは一泊置いて立ち上がり、胸に腕を添えて、メサイアに向けて頭を下げた。
メサイアも形式通りにそれに返す。
メローのそれには、情がこもっていなかったからだ。
エトセーラはそれを冷たく見据えた。
この老人の頭にはやはり、ギランミしか入っていないとわかった。
フェスターが心の内に秘めさせていた、野心と国への警告の想いを、エトセーラは受け継がなければならない。
「ギランミ大佐の隊ですが、予定より遅れてはいますが、敵戦艦がこちらへ向かうまでには合流は可能です。」
メサイアはそれを聞き、瞳を暗く伏せる。
今回の戦いで、エトセーラはロイヤルミーレスとノアを使って、帝国の兵士とギランミの部隊の二つを相手取るつもりだからだ。
ギランミとメローに疑わしい動きがあるのはわかる。
しかし、仲間だった者達の同志撃ちというのは、
気分の良いものではなかった。
しかし、メサイアの最もの懸念は、ギランミから告げられていた、自身も搭乗するはずのメトロ・ポリシーについてであった。
ギランミ曰く、人々に安寧を授けられる兵器であるとの話だったが、おそらく搭乗することは叶わないだろう。エトセーラは自分に大変良くしてくれる。
しかし、同じくらいギランミとその部下の人間達にも面倒を見てもらっていた。
それを無いものとし、敵対しなければいけない。
エトセーラにも申し訳が立たないが、この女性の腹の内に何があるのか、勘ぐりたくなる気持ちもあった。
「ギランミ大佐の合流まで、この地の指揮は私が取ります。何卒……」
エトセーラは慎重に言葉を選ぶようにして、メローを鋭く見据えた。
一見、憎悪を交えて睨みつけているように感じられたが、
戦いの前で血の気が多いことは悪いことではない。
血の気が彼女をそうさせているとメローは考えた。
第一、この女は過去の栄光に縋る没落貴族の一人娘。
自分は大した関心もない。
「我々は新しい対策として、今回の戦闘が始まったら、街全体を臨時のシェルターで覆う。テックトュムというシステムを使う。これにより、機体が撃墜されても街に被害が行くことはない。」
メローはエトセーラを見据え、淡々と告げた。
「なにぃ……!」
エトセーラはわかりやすく顔を歪め、メローへ届かない、しかしメサイアにははっきりと聞こえる声量で、苛立ちを顕にした。
そんなものがあったのなら、この戦争が始まる前に、全ての街へそれを張り巡らせれば、この国がここまで追い詰められることは無かったからだ。
それを隠していたのだ。他の地域の人民にそれを責められるのを避けるために。
そして、これはおそらくギランミには伝わっている。
自分はここまで、信用を獲得していなかったか。
「なぜ他の地域にもそれをやって頂けなかったのです!」
隣にいたメサイアが咎めるように叫んだ。
装飾が施された部屋で、囁くようなやり取りの中、
初めて怒声が割り込んだ。
「多大なコストが掛かります。第一、この首都全体にそれを張り巡られたのもつい最近の話であります。」
帝国が他の地域の侵略に、手間をかけていたからこそという意図が感じられた。
横のメサイアは信じられないように藍色の瞳を揺らし、再び黙り込んでしまった。
やはり、この男とギランミに慈悲をかけてやる必要はないとわかった。
***
昼になると、戦艦ノアのブリッジに、クルー全体が集められた。
「今回の作戦、諸君らの協力無くしては取り掛かかることも出来ない作戦でありました。ご協力本当にありがとう。」
ジーネン、メサイアその横のエトセーラは周囲を見渡す。
アダムはメサイアとばっちり目が合ってしまい、ソッと逸らした。
「お前、王女に手を出すって相当まずいだろ……。」
横にいたクストがジトっとした瞳で、アダムを見上げた。
「こ、国王とかになったらどうしよう。」
アダムは顔を真っ青にして、頬を抑えた。
男のこの後先顧みない、据え膳精神は身を滅ぼすと良く分かった。
「子供のプロポーズって1週間経てば無いことになるから。」
クストはわざとらしく手振りをして、右側に座っているスタームをチラチラと見上げた。
頰を赤く染め、右横のクストは奥のスタームへ視線を送り続ける。
結婚したいんだこの人……。
21歳のクストも、完璧な大人でない発展途上の気もするが、自分はそうでないと思っているらしい。
サッカーゲームと絵本に苛立つ人は大人じゃないです。
イブは遠くの座席に座り、それを静かに見つめていた。
「今回の作戦、私が率いるプティッカとヤックヌー、ガディヨットー1隻ずつで、ギランミの部隊と当たります。
そして、戦艦ノアにはもう一隻のヤックヌーを付けます。
帝国の艦隊は3つですが、我々も臨機応変に対応致しますので、ご心配なさらず。」
エトセーラは手元の資料の束を鳴らし、クルーはそれに合わせて紙を一斉に捲る。薄暗いブリッジに、青色のホログラフィックが展開される。
戦闘の予想図だった。
「協力してくれて良かったですね。」
アダムは横に座るクストへ声をかけた。
私語は基本厳禁なので、コソコソと一瞥くれると、
背丈の小さいクストの桃色の髪が、ぴょこぴょこ揺れる。
「話の都合が良すぎる気もするけどな。他国干渉だから、我々は常に除け者だ。そもそも、イスィーズの部隊にも追われる身だったんぞこっちは。」
クストは小声で呟き、アダムは暗く俯くしかなかった。
どこかで意識しなければならなかった。
ジェナとイスィーズへの後ろめたさを。
イスィーズはおそらく、ギランミという人間の部隊と合流した筈だから、再び敵同士として戦わなければならない。
エトセーラによる作戦説明は、太陽が色を変えるまで入念に続いた。
***
作戦会議が終わると、ノアの廊下を歩く。
ブルーグレー基調として、緑、そして金のラインが入った、いかにも高貴な服装に身を包む、エトセーラの背中があった。
「エトセーラ中佐、ご苦労様です。」
アダムはその背中に声をかけ、敬礼を行う。
銀と白にも思える髪を揺らし、エトセーラはこちらに振り向く。長いまつ毛に、くっきりとした鼻筋と瞳。
「アダム准尉よね、ご苦労様です。」
エトセーラは柔らかく微笑み、敬礼を行う。
アダムはその仕草にドギマギしたが、真剣な面持ちに変わった。
「あの、ギランミ大佐の部隊に付随した艦って……。」
イスィーズのことを、尋ねたかった。
ジェナ達のことを謝りたい気持ちがあったからだ。
「……その部隊なら、私の仲間だった人間のものね。」
エトセーラは瞳を伏せ、哀愁をその身に纏わせた。
「やっぱり、イスィーズ中尉の……?」
アダムはエトセーラの表情を伺うように、そっと呟いたが、エトセーラの反応は思っていたものと違う。
素っ頓狂とも言える表情だった。
「准尉、イスィーズのガディヨットーと中尉は、ギランミ達との合流前に、戦死しましたよ?」
「え……」
心臓が均一な鼓動を突き破るように、一度激しく跳ねた。
イスィーズとも、ジェナとも、その記憶に関わる人間は、もうこの世に残らず死んでいったと理解し、受け入れ難くも、受け入れることにあまり時間は必要ではなかった。
***
インペネスの窓から見下ろせる。
見慣れた建造物の羅列。
おそらく、この戦いで2度と目にすることは無くなるだろう。マンチェスターを襲撃したあの日から、ここに来るまでかなりの時間を要した気がした。
ガルーラもアシュクも自身の手元には残っていない。
戦いの記憶しかなかった中で、この国では色々あったように錯覚する。
この国を制圧したら、次は他の国だ。
バジーリオ達が復帰してくるとは言え、再び無益な人殺しを一から始めるというのは、とても心苦しかった。
だからこそ、そんな自分への決別として、ギランミを殺す。この首都攻防、大佐と言われた奴が出張らない訳がない。親族への未練を消して、この国で始まった因果は断ち切る気概だった。
窓から離れ、廊下を歩く。
ユナ中尉と、もう1人女性の姿があった。
見慣れない人間だ。しかし、軍服の色は濃緑の我々とは違う。黒だった。
強化人間のもの、ナーケルと同じ。
「……!大尉、こちら新しく配属された。」
ユナがこちらに気付き、その女性の背中に触れた。
赤髪で、橙色の瞳。中の瞳孔は、自分を映し出す。
「ダッケル・ンジャであります。大尉、よろしくどうぞ。」
「お前……その声は。」
この国へ来て、最初に攻撃を加えた地域。
マンチェスター。そこの景色や逃げ惑い、死んでいく人々の姿が昨日のことのように蘇った。
ルーラも、ミィカもあそこで死んだ。
インペネスへ収容した、自分を殴り飛ばした民間人の男も。あそこで暗い顔をし続けた民間人達も。
そして、死を覚悟した直後に流れた、インペネスからの放送。崩壊したマンチェスターの街。
その横の機体。
そしてこの人間の声は、アコニットの初陣でぶつかり、リヴァプールへ逃した女の声そのものだった。
甘える人ってなに。自分も甘えられる人欲しいんですけど。
このまま歳食って、一生独身。そのまま孤独死。
こんな甲斐のない生き方なんぞ、俺は認めない!!!
たとえそれが、イデの力によろうともな!!!!!




