68.【月とイブ・ナティア】
「エトセーラ中佐、この度はよく……」
戦艦ノアのブリッジで、ジーネンとその後ろのクリスは、
護衛2人を引き連れたエトセーラ・セトセーラは、ジーネンが差し出した腕を取る。
「良いのです。我々だけの軍隊で戦って来た結果がこれでありますから、あなた達が協力してくれるのは頼もしいことこの上ない。」
エトセーラは微笑み、クリスとも手を取りあった。
クリスは鼻の下を伸ばして、ジーネンに横腹を肘で突かれた。エトセーラは微笑を貼り付けたまま、ジーネン達に明日の作戦説明の旨を伝えた。
「中佐、宜しいのでしょうか。」
白い廊下に出て、エトセーラの左後ろを歩く側近の女性が呟く。
「現状、私の指揮下に入ってくれたロイヤルミーレスの艦隊は幾つだ?」
エトセーラは足早に歩きながら、その側近へ視線を向ける。側近は脂汗を拭い、手元の端末を操作した。
「ヤックヌー級2隻、ガディヨットー級1隻です。そして、このテラーストュートのルーザック級、我々のプティッカ級です。」
「5隻か。今、この地域に集結している艦隊は、純血派という訳だ。此度の戦いが終わったら彼らの階級を上げなければな。」
エトセーラは満足そうに頷き、Bブロックの扉を開く。
「中佐、それはメロー閣下とギランミ大佐の業務では…?」
「まだ分からんか?奴等は最早不必要であると言ったんだ。
この戦い、我々が勝利して、メサイア様による統治を行なって頂く。老人と、月の下衆には退場してもらう。」
エトセーラは先程までの微笑を破り、それが真の表情であるかのように、側近を睨みつけた。
***
「おかえりー!」
スターム達が戻ると、クストとイブが出迎えてくれた。
クストは当たり散らかした自分の背中にもそっと手を置いた。
情けないようだが、こういう部分に救われる。
メサイアはこちらを見つめ、頬を赤らめてすぐに視線を床に戻す。
自分も、顔が熱くなる感覚に陥り、メサイアから視線を逸らした。
イブはそれを察知して、怪訝そうな顔をする。
「あの2人、なんか良い感じか?」
クストはスタームの顔を手繰り寄せ、耳元で囁く。
「僕が串物買ってる間に、なんか様子がおかしくなってたんですよ。」
スタームも2人を心配するように見つめる。
「喧嘩しちゃったのか?それとも高速で……」
クストがアホなことを言い始めるのがわかったので、
スタームは無視してキッチンへ向かう。
クストも不思議そうに、2人を振り返ってからスタームの元へ向かった。
イブは軽く挨拶を告げた、アダムとメサイアの背中を見送る。アダムの気が沈み込んでいたのはわかっていた。一度、そういうことに走れば、慰められるかもしれないと考えたこともあった。
しかし、彼はどうやっても自分の兄の記憶と結びつく。
仮に、真の兄であったのなら、自分達は大きな間違いを犯すことになる。
だから、踏み切れなかった。しかし、今のメサイアならば、それも出来そうであった。
ジェナという民間人も、可能だったろう。
しかし、ジェナがいなくなった時、ほっとした自分がいた。
女性の矜持など、まだ持っているつもりはない。
しかし、このままメサイアとアダムが繋がれば、
自分は公然として、彼を兄と呼べる日が来るのだろうか。
おそらく、それはない。
このまま遠くに行ってしまい、自分は1人だ。
最近、あれほど憎かった月を見上げると、孤独な自分とその衛星を重ねてしまう。
こんな気持ちは払拭したかった。しかし、自分が彼を兄と認められなくなった時。
その時、おそらく。
この戦艦とテラーストュート、地球に、自分の居場所は無くなるのだろう。
ジーネンを母として、ついていけば良いと思っていた。
クストを姉のように扱うこともあった。
スタームを兄と重ねたことも。
しかし、どれもごっこ遊びの延長でしかないとわかった。
アダムだけが、自分の兄となれる可能性があると。
しかし、それも今決壊しようとしている。
だからと言って、止める権利などは無い。
「やっぱり、月は悲しい。」
照明が消された、白い廊下の壁に身を預ける。
海に浮かんだ戦艦を、丸ごと照らす白い月は。
その光だけ、イブを受け入れるように包み込み始めた。




