67.【決戦前夜(1)】
「我々は、このまま敵艦2隻を追って明後日、
首都ロンデイルを襲撃する。」
インペネスのこの作戦室、何度来たか分からない。
薄暗い部屋で、メノクスを青白いホログラフィックが照らしていた。
「我々と交戦した敵艦は、迂回して、もう一隻のルーザック級戦艦と共に首都へ向かっている。我々は誘い込まれている。」
メノクスは部屋全体へ目配せを行った。
いつも通り、席の最前列にはシャキリ。
ラッツェル達は後方の座席。
こういうところも、幼い頃からこの人間達は変わっていなかった。
「我々は、3隻で連結するようにして侵攻しているが、歩兵部隊もレディングで待機している。腐っても首都だ!奴等も何かしらの手を隠していると見た。おそらく、国の総力と、テラーストュートの一隻も使ってくるはずだ。」
「しかし、我々は常に勝って来たということ、念頭に置いてもらいたい。敵方の様子が変われば、我々インペネスとシャキリ隊が取り掛かる。イギリスにおいては常に我々が先導してきた。」
メノクスは、眼下のシャキリへ目配せをした。
シャキリは腕を組みながら、瞳を瞑り満足そうに頷く。
先程のわだかまり、引き摺ってくれてはいないようで安心した。
元々、彼は優秀な男なのだ。期待しての説教だと。
わからない年齢ではない、そう教育して来たつもりもなかった。
「そのシャキリ隊も、息も絶え絶えというところだがね。」
ラッツェルは周囲に悟られないように、鼻で笑う。
隣のククルと、二つほど前のユナはそれに勘づき、ラッツェルへ振り返った。
「明日の朝、総帥からの決起もある。我々の戦いが、帝国人民の救済と直結していると、今一度自覚してもらう。」
メノクスは静かに告げ、普段通り手元の資料を使った作戦の詳細へ移った。
***
廊下を歩くと、あの忌々しい女の姿があった。
横には、それと談笑する少年。
「チッ、ラッツェル……」
シャキリは、一瞬ククルへ視線を向けたものの、すぐさまその側で佇むラッツェルを見て、露骨に不機嫌そうな顔をする。
避けて通ろうにも、道を立ち塞ぐようにわざとらしく立っていた。おそらく、自分を待っていたのだろう。
「シャキリ、ご無沙汰だな。」
ラッツェルはニヤけるように口角を上げ、壁にもたれた。
ククルは、この2人がよく知り合った間柄であるとわかり、寂しいような、解放されたような気分に陥った。
そしてこの、眼帯の青年。大尉は、シャキリと言った。
月の強化人間研究所でも頻繁に聞く名前だった。
「お前と馬鹿話をしてる暇はない。」
シャキリは足のつま先を地面から離し、パタパタと打ち付ける。腕組みをした指も、同様に小刻みに腕を叩く。
「そうじゃない、私の部下の紹介をしておく。」
ラッツェルは自慢気に、ククルを体に寄せる。
ククルは肩を震わせるが、なすがままだった。
「運の悪い奴だ。よりによってラッツェル……。」
シャキリは目つきこそ悪いが、その同情の想いは本当のようで、哀れな子供を見つめるような視線をククルに向けた。しかし、あくまで子供に向けるような視線であった。
「シャキリ、お前は部下を3人失ったな。しかも、その内の1人は少佐に取られてしまって。そして、次は女の部下だ。お楽しみも程々にしろよ?」
ラッツェルは小馬鹿にしたようにしながら、ククルの肩を摩る。
「お前も、大人の男に相手にされないからと言って、こんな子供を的にするなんてな。」
「なに……!」
「お前、名前は?」
シャキリは馬鹿にしたように笑い、ラッツェルを押し退け、ククルの前に立つ。
「ククル・クガン准尉であります。よろしくお願いします。」
ククルは敬礼を行う。
隣のラッツェルは大変不愉快そうであった。
「ラッツェルは周知のことだが、暴力に走る。何かあったらインペネスへ来い。お前の面倒は見るぞ。」
シャキリはククルの肩に手を置いて、そっと呟く。
ガルーラとの関わりがあってからというもの、こういう少年の面倒を見たいという気持ちが強まっていた。
ユナは優秀だが、それ故に可愛げがなかった。
アシュクに毒されてしまったのだろうか。
「はっ、ありがとうございます。やれるだけやってみます。」
ククルは敬礼をする。シャキリは目を瞑りながら、口角を少し上げた。
「では、明後日からの作戦期待している。」
シャキリはラッツェルに一瞥もくれず、ククルの肩に再び手を置いて、足早に去っていく。
「おい、シャキリ!」
ラッツェルは不満気に声を張るが、廊下にこだまするだけに終わった。
「大尉…?」
ラッツェルは瞳を震わせて、目の底には涙が溜まり始めていた。
「あいつ、あのままでは死ぬぞ……。」
ラッツェルは強引に瞳を拭い、ククルへ目配せをした。
一息吐いて、部屋の前に辿り着く。
人影があった。まさか、ラッツェルに先回りをされたか。
焦って扉の前へ向かうと、人影はユナ中尉だった。
「……大尉。」
ユナは不安そうに胸の前に腕を置く。
普段のパイロットスーツの姿ではない。
私服だが、なにやら薄着な気がした。
「何かあったか、中尉。」
シャキリは視線を廊下の床へ向かわせながら、ユナの側に寄る。
「大尉、次の作戦は大規模なものになります。私は途中参加ですが……。それでも不安はあります。」
「いや、だからこそ不安なんです……。シャキリ。」
ユナはシャキリにそっと身を預ける。
シャキリのジャケットが、小さく、細かい音を鳴らし。
ユナのブラウンの髪がシャキリの鼻腔に触れる。
「中尉、すまないが。」
シャキリはユナの肩を掴んで、半ば無理矢理、しかしそっと引き離した。
「大尉、私ずっと待っていたんです!」
ユナの顔を始めて見据える。
目の縁から涙が溢れ、廊下に高い声が響き渡った。
「中尉すまないが、作戦の前に気を乱したくない。」
扉をスライドさせ、暗い部屋へ半身を入れる。
ユナは顔を歪め、それをシャキリに見られないように手で覆った。
扉はスライドし、月明かりだけに照らせられた部屋で、
ユナの静かな泣き声が、扉の先から聞こえる。
自分に好意を向けてくれたのだろうか。
シャキリは、ベットの側に置かれた写真を眺めた。
窓から、黄色と錯覚しそうなほど強い月明かりは、
それを照らしあげる。
「やはり、ルーラさんの代わりとして、彼女を粗末には出来ない。」
彼女がそういうつもりで、自身の元へ来てくれたのはわかった。しかし、自分にはルーラが未だに着いてくれていると、信じたかった。
照明に照らされた、インペネスの廊下。
眼前の扉は閉じ切られ、今夜2度開いてくれない。
「シャキリ……。私って魅力無いよね。」
「私って、女であることを使っても人を慰められない。」
ユナの呟きは、廊下に反響さえしなかった。
シャキリさん、あなた鉄の童貞ですね。鉄の童貞って頭痛が痛いみたいな響きですね。




