66.【月明かりのメサイア・アルメイア】
インペネスのハッチに続々と機体が帰投し始めていた。
「……!大佐、危険です。なぜこんなところに。」
メカニックの1人が、メノクスの姿に気付き、慌てて敬礼を行う。一泊置いて、着陸する機体からメノクスを離す。
小型マシーンのアッシスに入っていても、安心は出来ないのだ。それでいて、このイギリス戦線の指揮の大半をとるメノクスだ。
当初の予定はそうではなかった。しかし、結果的にメノクスが指揮を取ることになっている。
「シャキリを待ちたい。帰ってきたか?」
メノクスは覆い被さるメカニックの手にそっと触れ、自身から安全圏まで下がる。
「いえ、まだのようですが……おい、ユナ中尉の機体か!」
現場を纏めるチーフの証である、赤いバンダナを緑の作業服の右腕に巻きつけるメカニックは、メノクスに告げた後、ハッチに搬入されたセルヴスを見据えながら叫んだ。
「そうです、シャキリ大尉も戻られました!」
レッカーが真横を駆けて、ハンガーに固定させたマシーンの足元へ寄る。
遠目からでも、シャキリの機体の砲身は焼け焦げた跡が見えた。
「もういいか。」
メノクスは自身より背丈の低い、チーフのメカニックへ目配せをする。
「えぇ、どうぞ。ハッチを閉めるのと、アッシスが動き回るのでお気を付けて。」
メカニックは頷き、メノクスが通る旨を、格納庫内で声を張りながら伝達する。
メカニックと、乗組員は一斉にメノクスのいる方向へ体を向けて、敬礼を行う。
「……大佐?」
ユナはコックピットハッチを降りた先の足場となっている、黄色い土台を踏みながら、ヘルメットを外す。
横のメカニックは暫く硬直したように敬礼をしてから、すぐに、ユナへ向き直す。
「ユナ中尉、お疲れ様でございます。機体の不良や、損傷箇所があれば………」
「ご苦労様です。特にありませんが、なぜメノクス大佐がここへ?」
ユナの問いに、そのメカニックも体を使って不思議そうに、眼下のメノクスへ視線を移した。
「ではよしなに。」
メカニックがコックピットに入り込み、整備を始めたのを見て、ユナはクレーンを降下させる。
地面に辿り着き、土台から降りると、クレーンは重さから解放されたようだった。体重の制限はストイックに、細身である自信はあるのだが、居た堪れない。
クレーンは暫くして、再び上昇していった。
黒い機体のハッチが開き、中からシャキリが姿を現す。
メノクスはその機体の足元で止まり、シャキリを見上げていた。
「あれは、大佐か?」
シャキリはヘルメットを外して、クレーンの下を覗くようにした。
いつも通り、軍帽を目部下に被るメノクスが立っていた。
「降りるぞ、あとは頼む。」
シャキリは専属のメカニックの肩に手を置き、返事を待って、クレーンを降下させた。
「大佐、ご苦労様でございます。」
クレーンが地面に隣接するほどに降下して、ようやくメノクスの表情が窺えた。
「シャキリ。」
頬に衝撃が走り、クレーンを支えるレッカーへ体が叩きつけられる。
シャキリは頬を抑えて、メノクスを見上げた。
「シャキリ、あの兵器を無断で使うことを許可した覚えはない。貴様の行動で、兵士全員が一時撤退を強いられた。あれがなければ、敵艦の合流を待たずに敵を殲滅出来たのだ。」
メノクスは淡々と告げる。普段の父性を垣間見せる言葉では無かった。
「アシュクが死んだ苛立ちはわかる。しかし、我々の命令を聞けないのであれば、お前を戦いに出すことは出来ない。」
「第一、貴様はあれを放った後に、戦線を離れて孤立していったな。ユナ中尉は何度も呼び止めていたが。」
レッカーに寄りかかるように、足を伸ばす。
遠くで、ユナが心配をそのまま顔に貼り付けたような表情をしていた。
なぜ、あの女は自分を過度に保護するような顔をするの
だ。
部下を除隊させ、アシュク達が死んだ自分を、憐れんでいるのかもしれない。
「今後、あのような行動は控えてもらう。バジーリオ少佐がいない今。貴様を宛にするクルーは多くいるのだ。
見本を示せ、シャキリ。」
メノクスはシャキリを見下ろす。立ち上がり、敬礼を行い返事とする。弁論をするつもりもない。
メノクスはメカニック達を労うように声をかけ、踵を返していった。遠巻きにいたユナは、ようやく動けるかのようにこちらに向かう。
そのユナを引き留め、メノクスは何か耳打ちをしていた。
あの女に、自分の監視を強める旨だろうか。
なんにせよ、アシュクとガルーラ、ミレン達を失って自分は制御が効かない人間だと思われている筈だ。
しかし、自分で言うものではないだろうが、自分は帝国の決定を実直にこなしてきたつもりだ。
なぜ、今になって全員で咎め始める。
シャキリはグローブを握り締めた。
***
ロンデイル近郊 ハートフォードシャー
戦艦ノアは、この地域を見回りをしていたプティッカ級戦艦と、敵対する筈だった。
「エトセーラ中佐……。よろしかったのですか。」
30代半ばの男だろうか。月明かりに照らされた、薄暗いブリッジで声が反響した。
エトセーラの青い瞳は、その景色を映しながら、街灯に照らされた街を見下ろす。
この男は、エトセーラが敵戦艦、ノアを受け入れたことを咎めるようだった。
「当たり前だ。メサイア様がいらっしゃったのだから。」
エトセーラはそれに一瞥をくれ、疲れを混じえて、息を吐く。座席に座り込み、男に背を向けた。
「メサイア様を保護して、あの戦艦は破壊すべきかと。」
男は伺うように慎重に発言をする。
しかし、ズケズケと。
この男はギランミが相手である時は、一切発言をせず、決定を受け入れる。
それであるのに、自分にはこれだ。
「差し出がましい。テラーストュートの戦艦ではあるが、メサイア様を保護していたのは事実だ。真に国を思うのであれば、帝国のやり方と、あちらのやり方、どちらが正しい?」
「それは、地球ですが。」
男の声には、苦虫を噛み潰すような抵抗が見られた。
「そうだ。帝国は自分達の植民エリアを作り、ゲットーという名前を付けている。現に、マンチェスターはそうなっているのだ。それであるのに、地球同士で争っている理由があるか?」
振り向き、男を見据える。月明かりに頼っているブリッジでは、詳細な表情は確認できないが、不満を持っているのは確実だった。
排除すべきなのは、地球の軍ではなく、こういう人間だ。
おおよそ、ギランミの代わりに自分が勝手な行動を取っていることを、咎めたいのだろう。
それは、このメサ・ロトゥンド、グレートブリテンの組織で、自身がギランミの2番目とされている前提があるからだ。
月の帝国生まれの女に、この国が支配されている。
それをなぜ、恐ろしいことだと認識できない。
奴はスパイの可能性もあるというのに。
他国の人間を、自分達の祖国でのさぼらせる。
「それでは、侵略出来ると判断されて、当たり前だ。」
後ろの男に勘付かれないように、嘲笑った。
それであるのに、ギランミはメローに信頼されているからと。
付和雷同の馬鹿ばかりだ、この国は。
そも、老人であるメローと評議会が、実権を握っていることこそ間違いだ。
若者を育むのが国の本分であるのに、それを牛耳り、扇動するのは決まって老人だ。
常に若者を蔑むことが生きがいの老人に、何ができる。
セトセーラ家は違う。常に女王を支持してきた。
メサイア様こそ、国を背負って立つにふわしいのだ。
親族のご不幸こそあったが、女王を支えるのは常に、
我々セトセーラの役目だ。
決して、老いぼれたメローと、月の生まれのギランミの
出る幕ではない。
「彼らは補給を欲していた。もちろん、豊富に供給してやれ。メサイア様を保護してくださったことに、報いなければなヘクター?此度の首都攻防、彼らも協力してくれる筈だ。ギランミ大佐がもし断られたのなら……。」
エトセーラは、ヘクターと呼ばれたその男の肩に手を置いた。男は暗く俯き、敬礼で応えた。
エトセーラの黒いハイヒールが、小気味良い音を鳴らし、
ブリッジの出口へと向かっていった。
「廃れた貴族の、売国奴が。」
ヘクター・ベクトは、その足音が扉に遮られ、
廊下を歩く音が完全にしなくなった後に、白い手袋を身につけた手を強く握った、
***
「まさか、本当に協力してくれるなんて……。」
外の月明かりと、街灯に晒され、8月の嫌な湿気は、9月の風を纏い始めた頃。
スタームは車道スレスレを、2人を庇うように歩いていた。横には、メサイアとアダム。
クスト曰く、安心できる地に辿りついたら、アダムが心配だから、面倒を見てくれないかと。
あの、クストが気まずそうにしていたのだから、それなりの理由がありそうだった。
イブは近頃、絵本を眺めて、読み聞かせの練習をし始めていた。部屋に隠し子がいないか心配だ。
アダムは表情は晴れ始めていたが、どうにも陰りが残るようだった。
隣のメサイアは、街灯と、家から溢れる光を見て
瞳を輝かせていた。
「エトセーラ中佐は、フェスターとダッケルを指揮していた方なんです。代々、セトセーラの方々にはお世話になっていたんです。」
フェスターは彼女をあまりよく思っていなかったと、
続けて、寂しそうに俯いた。
もう、あの2人はいないのだと実感した。
フェスターは一見、人当たりが悪そうで強面だったが、
自分によく人形を買い与えてくれたのだ。
フェスターは困ったようにしながらも、なんだかんだ遊びには付き合ってくれたのだ。
そして、ダッケル。
相手が女性であったとしても、愛していた。
目の縁から涙が浮かぶが、ペンダントを握ってそれを引っ込める。
横のアダムはそれを通じて、さらに暗く俯くので、
メサイアは必死に話題を探そうと首を振る。
スタームは小さな体で、よく頑張る子だと感じた。
「猫ちゃんです!!」
メサイアは突然、路地裏の入り口を指して叫ぶ。
視線の先には、黒い猫が路地裏から顔を覗かせていた。
指を刺されているのが自分だと気づいて、パッと逃げ出す。メサイアがそれを追いかけようとしたので、スタームは必死に押さえる。
「止めないで!」
「夜の路地裏に女の子はダメでしょ!」
アダムはそれを一歩離れた場所から見て、フッと笑った。
本当はナヨっとするなと言いたい。
しかし、自分もクストが死んでしまったら、こうなってしまうだろう。
「なんか屋台やってるから、僕いってくるね。」
スタームは暫く歩いて、気まずかったので
まず食べ物と飲み物を2人に買うことにした。
フラフラと歩いていくスターム。
2人にされてしまった。
メサイアはアダムを見上げるが、やはり暗い。
思春期の子供が出来たらこんな感じだろうか。
子育ては大変だ。
「座りましょうか。」
メサイアは表情に気を付けて、笑いかける。
「すいません。自分邪魔ですよね……。」
アダムはトボトボとベンチに腰掛ける。
お嬢様の生まれの自分だが、クストさんのような大胆さを持っているのなら、アダムのおしりを叩いて、めんどくさい!と叫びたかった。
再び沈黙。星がキラキラと輝き、月も綺麗だった。
しかし、この月の純粋な輝きにも、帝国の根城という影がかかってしまうのは、本当に惜しい。
アダムはベンチにもたれて、指を弄っていた。
「上向きましょ?」
小さく声をかける。
聞こえていないのだろうか。反応がない。
「上向いて!!」
顎に手をかけ、グイッと空へ視線を向けさせた。
首がグキっと鳴り、アダムは小さく呻いた。
アダムは一瞬驚いたが、ようやく笑いが生まれた。
メサイアは内心ホッとした。
自分もこの人達と、グレートブリテンを回って。
短い期間だったが、ダッケルはおそらく居ないとわかってしまった。
アダムの気持ちはわかる。だからこそ、一緒に協力してあげたい。
「自分、クストさんにも当たってしまいました。」
「みんな楽しみを見つけようと、必死に生きているのに邪魔をしてしまった。」
アダムは再び暗く俯くが、顔が歪み、鼻の上辺りが赤みがかっている。
メサイアも視線を地面に移した。夜の穏やかな虫の囀りと共に、アダムの静かな嗚咽も混じった。
「切り替えるのって、難しいですよ。」
メサイアはベンチから足をぶらぶらと揺らし、呟く。
「私、ダッケルのこと好きでした。でも私、ダッケルより好きな人を見つけられるように、今頑張ってますよ。人って、それで十分ですよ。」
アダムは鼻を啜り、横のメサイアを見据えた。
ジェナでなくてはいけないと感じていた。
それは、ジェナが死んでからも同じだった。
死んだ後も、彼女を想って生きなければ。
彼女と、彼女を愛した自分への冒涜だと。
しかし、死んでしまった人を想うのは難しかった。
日に日に、その人の感覚は、全てが薄れていくからだ。
顔にさえモヤがかかる日があった。自分はなんて不誠実な人間なんだと責める時があった。
「でも、その人を愛して、失くしてしまった時って。悔しかったり、世の中全部憎くなったりしてしまうけど。」
メサイアはアダムに視線を返さなかった。
星を見上げ、その青い瞳には月が映っていた。
「そういう感情って、一時はとてつもないエネルギーを貰えますけど、それだけを頼りにしてしまったら、
きっと燃え尽きてしまうわ。」
「怒りって、一瞬で過ぎ去ってしまうから。
人は頼って生きなければいけないのに。
人を恨む力とか、死んでしまった人を想い続ける力って、寂しい。
そんな寂しいものに縋ったら、誰だって荒んでしまいます。」
若さがある内はそれで良いのかもしれない。
しかし、年を取って、安寧を求める時に、自分には何が残っているのだろう。
「若さからくる、湧き立つような心と怒りって、
その時は快感ですけど。歳をとって、1人で生きられなくなって、力も無くなってしまった時。
何もかも奪われてしまった感覚になっちゃうから、今優しく生きます。それをわかってくれる人を、好きになるんです。」
メサイアはこちらを振り向く。
アダムの瞳を見据え、少し照れたように笑った。
「長々と語っちゃいました。ごめんなさい。」
舌をわざとらしく出して見せた。
ジェナが好きだった。
数日前まで生きていた彼女が。
自分は、最悪な男だと、今再確認した。




