62.【戦闘再び】
2日ぶりに部屋を出た。
食料は備蓄のものが部屋にあるから、それで良いのだが、
いかんせん、部屋の前でみんなの声がしていたから、心配してくれていたんだろう。
アダムは白い廊下を歩きながら、共用キッチンへ向かう。
食堂のエリアに精通する。小さなキッチンで、ノアの乗組員であれば、誰でも使えた。
朝の6時台であるのに、何やら激しい物音がしていた。
照明の眩しさに目を細めながら、キッチンを覗く。
黄色いエプロンをした桃色の髪の女性。
髪は一本に縛られていた。クストだった。
汗を拭いながら、フライパンと格闘し、時折油が跳ねると、クストは大袈裟に顔を手で覆っていた。
冷蔵庫へ振り返ったクストと視線が合う。
「……!アダム部屋から出てきたか!」
クストは一瞬目を見開いて、露骨に驚いたが、すぐに普段通り和かに笑った。
「どうも……。」
自分でも笑ってしまうほどか細い声だった。
「丁度、お前にご飯を持って行こうとしてたんだ。お前、栄養に良いもの食べてないだろ。」
クストは言いながらフライパンをひっくり返す。油が跳ねて、クストも跳ねていた。
「それより、少佐その隈。」
クストの目元には、隈が出来ていた。瞳も眠気を孕んでいた。
「あぁ、ゲーム遅くまでやっちゃってな…今日はお前も…」
ゲーム。騒いでいるのはわかっていたが、サウサンプトンで汚名を被されて……
「こんな時に、よくそんなことが出来ますね。イスィーズさん達にだって追いかけられてるんですよ!歩み寄ろうとしたけど、結局この国の人間は誰も味方じゃないんだ!帝国の軍隊だっているのに!」
クストは肩をビクリと揺らし、すぐに目を伏せた。
言ってはいけないことを叫んでいる気がしたが、歯止めは効くとは思えなかった。
「そうだよね、ごめんね。」
クストは悲しそうにクシャッと笑った。
アダムは居た堪れず、キッチンを出る。
クストの声が聞こえたが、足を止めようとは思えなかった。ただ申し訳なかった。
おそらく、また自室しか居場所がないだろう。
そしてこの戦艦を飛び出せば、世界中の人間全員が敵なんだ。
鼻のあたりがジンワリと痛くなる。
視界が濁り、照明の白は抽象的になった。
「目玉焼き、食べて欲しかったのに……」
クストはアダムの背中を見つめ、フライパンに視線を落とす。
クストの小型端末には、健康的な食事を検索した形跡と、ノートにメモ書きがびっしりと書かれていた。
***
「プティッカ級一隻とヴィーナ少佐を派遣したのか!」
ギランミの叫びが、ベルベーンのブリッジに響き渡る。
艦長の男は、他人事のように座席に腰掛けながらも、冷や汗を流しながらそれを見上げた。
ギランミに怒鳴りつけられた兵士は、瞳を震わせ、俯き加減になり、ギランミの目を見ようとはしなかった。
「エトセーラの指示か?」
「おそらく。中佐は、帝国の艦隊がサウサンプトンを離脱したのを確認したと。メサイア様の回収を急いでいるようで……」
「それを伝えれば我々が向かったというのに。艦長、我々もそちらに向かえるか。」
ギランミは汗を拭う艦長の男に目線を移し、隣の座席へ腰掛ける。
「しかし、ロンデイル近郊を離れては……」
手を震わせ、座席の肘置きを掴んで、それを誤魔化すようだった。
「プティッカはもう一隻ある。エトセーラに渡して、待機させろ。集結するロイヤルミーレスの指揮も、一旦は彼女に委任する。ヴィーナを失っては痛いからな。」
ギランミに一瞥をくれ、艦長は声を張る。
戦艦が浮遊感に包まれ、駆動音に合わせて段々と空中と馴染む。
戦艦は家屋を揺らすほどの勢いと音をもって、その青い戦艦は、湿気の伴った朝焼けの太陽にその機体を照らされながら、分厚い雲の間に、その体を見え隠れさせた。
***
「敵艦補足、数は2です!」
インペネスの通信オペレーターの叫びがブリッジに響き渡り、警音が鳴り響く。
それは、インペネスと並ぶように上空を駆けるストラッズと、そのさらに背後を浮かぶタイタニスも同様だった。
「テラーストュートのものか?」
メノクスは自身の座席の肘置きから派生した、小型のモニターにサラスと、ラダンが小さく映し出されたのを確認した。
「いえ、どちらもイギリスかと。数はヤックヌー級、プティッカ級それぞれ1です。」
メノクスはそれを受けて、その小型のモニターへ視線を移す。
「では、戦術通り、タイタニスを中心として、我々が動きます。よろしいですね、中将、ラダン中佐。」
2人は頷き、モニターはプツリと切れる。
ストラッズがインペネスより前に出て、高度を取る。
濃縁の艦体が白に包まれ、後ろからの駆動音で、タイタニスも同様に動いているのがわかった。
インペネスのブリッジから覗かせる景色も、同様に白いモヤにかかり始め、再び視界を良好にすることを繰り返した。
美しい朝日だが、眼前にはその光を一身に受ける、
敵があった。
「シャキリ大尉、よろしくお願い致します。」
ユナ・エイジール中尉は、額から汗を流し、緊張した面持ちで、シャキリに敬礼を行う。
敬礼のために掲げた腕は、細かく震えていた。
ユナ・エイジール、新造機体搬入に伴い、タイタスへ戻ったナーケルの穴埋めとして配属された女性。
22歳でこの階級……帝国学生時代はシャキリの同期だったというわけだ。
「あぁ、最近は、精神不安定な奴等の面倒を見ることが多くてな。まともな人間は久々だ。期待している、中尉。」
シャキリはユナを一瞥して、格納庫へ繋がる道を足早に歩いた。
『シャキリ、やはり私のことは忘れてしまったの……』
ユナは胸の前で拳を握り、シャキリの後へ続いた。
黄色いクレーンには、メカニックが立っていた。
その後ろには、従来のアコニットより遥かに巨大な異形。
「こいつか……。デカいな。」
シャキリはそれを見上げ、メカニックはクレーンを上昇させる。
「大尉、操縦系統は従来のものと変わりませんが、こちらをお使いください。」
差し出されたそれは、黒く。カチューシャのようだった。
「なんだこれは。」
「この機体は見ての通り、4本腕でありますが、この装置を頭に装着して頂ければ、脳波を感知して、思い通りに操作できます。」
「実験的なことはラッツェルにやらせれば良いだろう。そも、最初にアコニットに乗ったのも奴だったんだ。」
シャキリは言いながら、それを頭に装着する。
機体の装甲の光沢から映る自分は、無様だった。
「帝国幹部は大尉に、とのことです。
メットに干渉はしない筈です。……では。」
シャキリがメットを被り、機体のハッチを閉じるのを確認して、クレーンは下がった。
「ふん、上の命令に、文句ひとつ言わずにいるのが私だからな。そんな……安い男であるために生まれてきた訳じゃない。」
機体が駆動音を纏い、ツインセンサーを赤く輝かせる。
背中から現れる2本の腕は、センサーの邪魔をしないように、首の側で腕組みをした。
「脳波というのは本当らしい。人間も、こうやって操ることが出来ればな……。」
メインコンピューターを操作して、左モニターにユナのコックピットを映し出す。
「中尉、今回はストラッズの部隊も出る。私から離れなければ良いだけだ。やれるな。」
ガルーラほどではないが、身震いを起こしているようだった。
知らぬ地で、死が伴うのだから当たり前だった。
アシュク、こういう時どう言葉をかけてやれば良い。
「では、先発する。遅れるな。」
誘導のアッシスが急かすように足元で機体を見上げていた。
それを振り払うように、ハンガーから機体を外し、
コックピットへ響く振動を感じながら、カタパルトへ足を乗せた。
***←今後場面切り替えにはこの真っ黒くろすけ達を使おうと思います。




