61.【それぞれの部隊】
ジェナは死んだ。
部屋の照明をつけていないから、窓から差し込む月明かりが、唯一の光源だった。しかし、この光源から生まれた人間達が、ジェナを奪った。
ファルも、クリードも、ラッキも死んでいった。
死んでいった人間達は、自分を常に見守ってくれていると、信じたかった。しかし、あの高揚を金輪際感じることはないと思うと、寂しさが勝った。
別の相手に、同じような高揚を感じられるのだろうか。
そうであったとしても、その人間の表情の、表皮と肉の間には、どうしてもジェナの面影が入り込むのだろう。
「言葉って、思い立った時に使わないと…腐るな。」
アダムはポツリと呟く。か細い声だったが、暗い部屋の静寂を乱した。
気持ちを表す言葉は、その時に使わなければ、二度と伝えたい相手には伝わらない。まだ、生きているからと出し惜しみをすれば、言葉の鮮度は落ちる。鮮度を落としたそれは、人の心を動かす力は持たない。そして、使わずに溜め込んだ言葉は、腐り、腐った言葉は二度と使えなくなる。
ジェナとの関係を意識させるものが、ジェナの薄い筆記が残る、このヘルメットだけであるということが、それを如実に表していた。
「これ……失恋なのか。」
アダムはベットに潜り込み、月明かりは机に置かれたそのヘルメットを照らしていた。
「アダム准尉、心配です。」
白い廊下を、ジーネンと共に歩くメサイアは俯く。
ジーネンは普段身につけた軍帽を外し、青紫色の髪を一本に纏めた髪型だった。
「私もそうですが、彼なりのケジメの付け方が、成長に繋がるはずです。」
ジーネンは小さく呟いた。
言葉の節々で、確証を持てていないことがわかった。
「ジーネン艦長って、お母さんみたいですね。」
メサイアはジーネンを見上げて、静かに微笑んだ。
「どうかしら、イブはそう思ってくれていそうだけど。初対面でかなり酷いことをしたから……」
ジーネンは顔を歪ませ、メサイアから視線を逸らす。
メサイアも押し黙り、一つの部屋で大騒ぎが起きているのに気づいた。
2人は急ぎ足でその部屋へ向かう。大型のシアタールームだった。
ボールを蹴る音と、大きな歓声。
クスト、スターム、クリス、イブが大きなスクリーンを前に座り、クストがコントローラーを握っていた。
「なんで、肩触られたらボール取られるんだ!最悪だこのサッカーゲーム!冬に移籍させろー!!なんで出来ないんだ!!身長体重もポジションも決めたら変えられないし、くそだ!くそ!!!」
クストが大騒ぎし、スタームがそれを宥める。
画面の前では、クストが操作しているであろう選手が、
膝を抑えて倒れ込んでいた。
クリスは座席に座って、イタリアクラブのオランダ3人州だのと1人でブツブツと呟いている。
いちいち名前を出す選手が古い。
「お前達、夜中に騒ぐな!」
ジーネンは扉から顔を出して、怒鳴る。
その下からメサイアも顔を出した。
3人はギョッとして、静まり返る。イブはクストに膝枕をされるように寝息を立てていた。
メサイアはそれを見つめ、クスクスと笑った。
「なぜ、インペネスがストラッズと合流する!」
シャキリは廊下でトーガンを問い詰める。
こういう場合、シャキリを宥める人間がいるのだが、もう誰もいなかった。
「いえ、ストラッズだけでなく。タイタニスとも…」
トーガンは壁際に寄せられ、汗を拭う。
シャキリは眉に皺を寄せ、舌打ちをする。
ストラッズということは、ラッツェルがいるのだ。
無断で出撃し、バジーリオを使い物にならなくした。
あの横暴な女が。
シャキリの後ろには、それをニヤつきながら面白がる、ナーケルの姿があった。
「タイタニスはわかる。今合流しようとしている最中だからな。しかし、ストラッズは余計だ!馬鹿ばかりだからだ!」
シャキリは続け様に怒鳴り続ける。
トーガンは、それを自分に言われてもどうしようもないと叫びたかった。
「まぁ、大尉。ストラッズには、新入りと、大尉用の機体が搬入されたとの噂ですからな。それに、首都を攻め落とすのに盾が多いのは良いことでしょう。」
ナーケルはシャキリの肩を掴んだ。
シャキリは大層不快そうな表情をして、それを振り払った。
「お前はなぜ、俺について回る。気持ち悪い。
ラッツェルめ、奴が撃墜寸でであったら、私が殺してやる!」
ナーケルを押し退け、シャキリは廊下に足音を響かせながら去っていく。
トーガンはため息をつき、ナーケルはそれをつまらなそうに見送った。
「大尉はなぜあんな苛立つんです?ラッツェルと聞くと。」
トーガンへ視線を向け、わざとらしく腰に手を当てる。
「軍学生時代に何かあったらしいな。年はシャキリ大尉が、3年下だから、サンドバッグとしては丁度よかったのかもな。」
軍学校はエスカレーター式であるから、ラッツェルによるイビリは何年にも及んでシャキリを苦しめたのだろう。
姉に捨てられ、それを探しに行った母親にも捨てられ、父親はマシーン開発に熱で、親戚を盥回しにされたシャキリだ。ラッツェルはそれを面白がったというわけだ。
「俺が言うのもなんですが、ラッツェルとかいう女はクズなんですな!」
ナーケルは腕を組み、トーガンと反対の壁へ寄りかかって、馬鹿笑いをした。
その通り、貴様に言えたことでない。とトーガンは内心で毒吐いた。
シャキリは部屋の扉をロックする。
家具のどれでも良いから、殴り飛ばしたい気分だった。
あのラッツェルがマンチェスターから発っているということは、自身のアコニット撃墜の話も行っているはずだ。
弱みを握らせてしまった。マンチェスターでの一件、全て上手くいったとぬかったからだ。
ルーラ達を殺し、それをラッツェルに鼻で笑われる筈だ。
奴はなんとしても殺したかった。
帝国学生時代の恨みからではない。
あの女の、常に自分が見下せる人間を探す為に生きているような視線。そこにつけ入る無神経さ。
全てが腹立たしい。あいつが作戦室の座席に座るだけで、顔を殴り飛ばしてやりたいのだ。
アシュクとミレンがそれを防ぐ役割だった。
しかし、最早あの2人はいない。
これは、使命感でもあった。結局、持たざる者を排除することこそ、必要だったのだ。
無差別に人を殺した自分が、そんな潔癖さを正義に掲げることも、馬鹿馬鹿しく感じられた。それが、余計に腹立たしかった。
そして、ラッツェルの次は姉だ。
身勝手な女は、力を持てばさらにそれが過激になる。
徹底的に、排除してやるのが血族の義務だった。
自身の姉は、たとえ民間人であったとしても、殺してやるつもりだった。適正検査終了後の、あの夜を思い出す。
あそこにいたルーラ達、それが姉のギランミの顔であったなら、この上ない愉悦だったろう。
シャキリは、戦争の毒が、自身をこうも荒ませると思い込みたかった。
「ギランミ大佐、イスィーズの戦艦が、敵艦を捕捉しています。攻撃の機会を伺っているようです。援護の必要を認めますが。」
エトセーラは、ブリッジの艦長座の横の座席に座る。
ギランミを見下ろしながら、呟く。
ルーザック級戦艦「ベルベーン」
後続の2隻を残し、レディングの空を駆けるそれは、
艦長の座こそ、他の爵位持ちに明け渡しているが、
実質的な決定権は全てギランミが持っていた。
エトセーラも、ギランミは信頼している。
しかし、ギランミは月の生まれという話だった。
なぜ、メローに好かれ、この地位に立っているのか、疑問であった。
純然たる名門生まれの自分が、中佐で、彼女は大佐だ。
そして、ロイヤリティも、ヴィーナもそれを疑わず、甘んじる。不思議でならなかった。
まさか、メローに体を売り込んだというわけでは、あるまい。
国をメサイアと共に治めてきたあの老人が、そんな安い男であるのなら……
「中佐、聞いているか。」
ギランミは座席に腰掛けながら、エトセーラを見上げていた。
「失礼しました。」
エトセーラはハッとし、敬礼を行う。
「奴等への援護は良い。どうしてもと食いついてくるようなら、プティッカ級を一隻回せ。サウサンプトンの小隊など、宛にならんからな。失敗したら、ベルベーンが直接迎えば良い。」
ギランミは言いながら、手元の資料をエトセーラの胸元へ差し出す。
「では、そのように。」
エトセーラは言いながら、その資料へ目を落とした。
「それらしい理由付けを頼むぞ。」
「………了解。」
メサ・ロトゥンドは伝統ある部隊だ。
セトセーラ家は、その指揮系統を任せられてきた一家だ。
それを、ギランミに奪われた、私の代で。
ブリッジへ繋がる扉を閉じる。
ロイヤリティが壁に寄りかかっていた。
「俗事ご苦労、中佐。」
この少女は、相変わらず人を小馬鹿にする表情だった。ギランミの前に限っては、そうでないが。
「少佐、あなたのような年齢でこの部隊に入る実力は認める。しかしね、浮き足立った勢いで、私の職務を汚すなら……」
エトセーラはロイヤリティを睨みつける。
こういう子供は、苛立ちをぶつけるには丁度良い。
「皺が増えそうね、怖い顔の人。」
ロイヤリティはわざとらしく肩をすくめ、ブリッジへ逃げ込んで行った。
それを見送り、ため息を吐く。
セトセーラ一家の生まれでありながら、ギランミの雑務を押し付けられる。
「クソ…」
エトセーラは歯軋りをし、手渡された書類を壁に向かって投げつけた。




