60.【ククルの劣情】
ストラッズ艦Cブロック。
いわば、居住区であった。
男はこのCブロック。女性はBブロックであった。
それであるのに、このCブロックでは、度々軍服を着崩した男と、いそいそと他のブロックへ帰っていく女性を見かけるではないか。
食堂から近いこのエリアは、更衣室、シアタールーム、
多目的ルーム、小さい規模だが、娯楽施設もあった。
多目的ルームは、言わずもがな。噂通りの下劣な空間だ。
雑魚寝を覚悟していたが、どうやら隊員にはそれぞれ部屋が配当されていて、トイレ、バスルームも別の1LDKの部屋が用意されていた。えらく、高待遇だが、多大な予算をかけたマシーンを前線で操る我々には、妥当なものであるらしい。
しかし、齢15歳の自分に、このような部屋が与えられたのなら、卑しい考えは浮かべずにはいられなかった。
ククルは配当された部屋の前で、身震いを起こした。
カードキーを、扉の前のスキャナーにかざす。
ピピッと音を立てて、水色の扉はスライドする。
真新しい、木造の匂い。戦艦は合金か何かである筈なのに、木の匂いがしたのだ。
真っ白なベットと、小さなデスクと椅子。
食料を入れるための冷蔵庫と、奥にも部屋が一つ用意されていた。
窓から覗く、太陽が、その濃紺を海面の底へ沈めるようだった。
「俺の…部屋か。」
ククルは資料の山を乱雑にデスクの上へ置く。
パイロットスーツのジッパーが鳴り、部屋の空冷が体に浸透していく感覚。
メカニックから、頬を冷やすために受け取った冷剤。
しかし、もう両の頬は痛まなかった。
それより、あの耳に吹き掛かるような感覚。
そして、ラッツェルの茶色い瞳と、赤い唇に浮かぶ薄ピンクの口紅。
ククルは、心臓が跳ねるのをそのままに、ベットに横たわるようにして、上体のみを起こす。
足を伸ばしきり、ズボンに手をかけた。
この劣情を、肌に残る感覚を、忘れてしまわぬ内に……
部屋がノックされ、ククルは体を大きく跳ねさせる。
ロックした筈の扉が開き、ククルは足元のケットを押し退けて、ズボンをきっちり上げなおした。
「ククル准尉、失礼。」
その声の主は女性で、ラッツェルのものだった。
ククルは頭に過ぎるものを払拭するようにベットから立ち上がる。
「ノックしましたか……!」
ラッツェルは、ククルが急ぎ足でベットから起き上がるのを見据えた。
頬が赤い。
「ははは、マスターキーを持っているからな。しかし、
さっそくお楽しみか。立派な男だな、准尉」
ラッツェルは小馬鹿にするようにも、自分を可愛いがるようにも取れる声音でククルの部屋へ足を踏み入れる。
ククルは馬鹿にされたのだと感じた。
ラッツェルの、甘い花の香りが、部屋中に漂う。
ククルは再び心臓が激しく跳ねているのを感じた。
「大尉、用件は…」
ククルは敬礼を行うが、ラッツェルはそれに背中を向けて、脇に抱えた資料を、デスクのものと入れ替えていた。
「なに、食堂の解放時間を担当の人間が間違ったと言っていたんでな。正しいものを届けにきたんだ。」
ラッツェルは、ベットに再び座り込むククルを背に、紙が重なる音を鳴らす。
ククルは、密着したラッツェルのパイロットスーツの、太腿の辺りへ視線を向ける。
体型こそ細身だが、足は長く、重要な部分も、一般の女性よりあるだろう。メリハリがつき、男性を魅了するような体つきであるのは間違いない。
そして、大尉は、25歳らしい。
15歳になりたての自分では、相手にもされないと、予言紛いにわかった。
ラッツェルは、紙の束をまとめ、ポンと満足そうに手を置いた。
ククルへ振り向き、屈むようにして、その顔と頬に優しく触れる。
ククルは視線が泳ぎ出し、ラッツェルの前屈みの姿勢と着崩されたパイロットスーツからは、白い肌が露出していた。
「お前には、半ば八つ当たりのようにしてしまった。すまないな、准尉。」
手袋越しの指が頬をなぞって、ククルはピクリと肩を振るわせる。
「歯を見せてみろ。度々ラダン艦長に口を酸っぱくして言われるんだが、どうもな。」
ラッツェルはククルの頬から、その指を唇へ当てるが、ククルはそれを遮った。
「平気か。私が言うのもなんだが、医務室へ行ってみろよ。」
ラッツェルは微笑むようにして、ククルから顔と手を離す。
目の前の少年は、顔を赤らめ俯いていた。
このようは可愛げがあるのが、この年齢の良さであるとも言える。
「それらしいものもないが、よくやる。准尉、今度は上手く隠さなければ、揶揄われるぞ。」
ラッツェルは笑いながら、扉へ向かう。
「余計なお世話ですよ。」
ククルは顔を伏せながら、呟く。
ラッツェルは再びいたずらっぽく微笑み、扉の向こうへ消えていった。
「大尉……やっぱ綺麗な人なんだ。」
ククルは天井を見つめ、呆けたように呟き、再びベットのシーツの上で、足をピンと伸ばした。
「アダムは、まだ出てこないか?」
クストは、白い部屋の前で絵本を手に持ちながら、静かにしゃがんでいたイブへ声をかける。
イブは眠たそうに瞳をクストへ向ける。
クストはラフな格好をし、腕組みをして、イブを見下ろしていた。
「えぇ、あの民間人の人達は、死んでしまったから。」
イブは呟きながら、絵本を開き、ペラペラと捲る。
絵本を読み聞かせてやるつもりだったのだろうか。
さすがに、アダムもそこまで神経参ってはないないと思いたかった。
イブの手元の絵本、ごちゃついた部屋の、間違い探しのようだった。
「お前、これマリーを探せか!」
クストは壁に寄りかかり、イブの隣でかがみ込む。
「懐かしいなー。私プロだぞ、プロ!」
クストは言いながら、絵本の絵柄に一瞬で指を刺す。
「これ、マリー!」
鼻息をフンス。
「いや、これはクリステン・ベーラです。」
マリーは洋風の可愛らしい服を着た少女なのだが、
クストが指を刺した人物は、斧を持って、血塗れになるエリートサラリーマンだった。後ろで名刺バトルを繰り広げる、同族サラリーマン達。
クストは口を尖らせる。
「じゃ、これ!」
再び迷いなく指を刺す。
パジャマのような黒いスーツに身を包む。
ベットマンだった。ブラックナイトトリロジー版の。
後ろには、縄で吊るされながら警察に連行されるピエロと。
悪役レスラー面の巨漢。
あと電車でチキンレースする忍者。
「これ、最初に選んだ人と、中の人同じです。全部間違ってますよ、少佐!」
クストはえー!と叫びながら、子供のようにいじけた。
ソッと、再び指を刺す。
いかがわしいお店に向けて、銃を乱発するタクシーの運転手。マリーではないのは確かだ。
クストはセンスがなかった。
床で駄々をこねだすクスト、スタームはこれの何が気に入ったのだろうか。イブはひたすら疑問だった。
「人様の部屋の前で何遊んでるんですか、2人とも!」
近くを通りがかったメサイアとジーネンに叱られた。




