ギランミ・シャクティ
ロンデイル、王宮。
太陽はその姿を地平線の彼方へ沈め、忌まわしい月が
その代わりを務めようと姿を現す。
メローは自室から、それを大変憎たらしそうに見つめた。
自国を脅かす兵士を送り込む月が、当てつけのようにこの国を照らすからだ。
そして、人間である以上、この光にあやかる他ないのだ。
入り口に佇む扉、木造でありながら、金の装飾、経年の変化を感じさせるその扉は、民家に扱われる粗野なものではない、確かな品を感じさせていた。
慎重なノックが4回。静かな部屋へ響き渡る。
「なんだ。」
メローは窓から振り返るようにして、
手元のグラスを机にそっと置く。
ワインのボトルには「ボランジェ」と記載されていた。
「閣下、ギランミ・シャクティ大佐がおいでなさりました。」
メローは扉の先のその報告を聞き、皺がより始めたその表皮を、子供のように、しかし、悟られないよう明るくさせた。
「ギランミ……。中に入ってくれ。」
メローは声を震わせていることを自覚した。
恐怖ではない、その真逆の感情からくる震えだった。
ギランミがここに来たということは、メサ・ロトゥンドの艦隊が、このロンデイルに現着したということだからだ。
扉が開き、ブロンドの髪を揺らす、女性。
髪型は、ミディアムストレートと言え、服装は、
黒を基調とし、肩には金色のエポーレット。所々に、控えめであるが、青いラインも見られる。
英国特有の、過大な主張はしない堀の深さ。まつ毛は長く、瞳はエメラルドグリーンで、真ん中にはメローを見据える黒い瞳孔が小さく、しかし、力強くあった。
26歳という年齢でありながら、その気品と威厳は、その年齢に収まるものではない。
「閣下、夜分に失礼致します。
ギランミ・シャクティ大佐。及び、メサ・ロトゥンド隊現着致しました。」
ギランミは皮づくりの、ブラウンの靴の踵を小気味良く鳴らし、完璧な敬礼を行う。
メローはそのエポーレットに覆い被さるように両手を置いた。
金で作られた装飾が、ジャラジャラと音を立てる。
ギランミはそれを横目で眼前の老人に悟られないよう、表情を歪め、メローの手に重ねるよう、白い手袋を纏った指を絡めた。
「閣下、到着が遅れてしまい、申し訳ありません。新型の最終調整に入っていましたため……」
ギランミはメローの瞳を見据える。
メローはそれに耐えきれないように床の赤いと金の
カーペットに視線を逸らし、手を離す。
「構わないのだ。ギランミ、よく来てくれた。新型はどうだ、あの……」
言葉を詰まらせるメローを見て、ギランミはさらに強い嫌悪感を抱く。
メローはその沈黙に耐えられないようで、ギランミを椅子に促し、小綺麗にされた、品を醸し出す食器棚を漁り出した。
「我々が独自に開発した、メトロ・ポリシーは私1人で搭乗を行っても、性能は出せます。しかし、全体の30パーセント程しか出せないのが現状です。やはり、姫様……女王メサイアと複座で搭乗した方が、明らかに性能は出せる筈。」
ギランミは椅子に腰掛け、メローが取り出したグラスに、そのワインが注がれるのを見つめる。
月の光が窓から差し込み、そのグラスの中身を照らす。
月、いつ見ても忌々しいことこの上ない。
私の、恥辱の記憶を作り出したあの星。
ギランミはそれを見下ろしながら、メローの催促を待って、匂いを確認し、その後に少量口にした。
「やはり、メサイア様が必要になるか。」
メローは資料が整理された机を介して、椅子に腰掛ける。
「えぇ、メサイア様が地球の軍に捕虜とされている現状を考えると、私自身も馴染みのある機体で出撃したいところです。」
「普段使いしているとなると……」
メローは再び言葉を詰まらせた。
「リバーカン・スクエマでございます。こちらは従来の人型ですが、我々の隊は全員がこれを……」
この男、機体の名称を一切記憶していないということだ。
そんな男が、地域が散らばったこの国を統治できる筈がない。
フェスター・グリットを占い師と嘲ったこと、謝罪してやっても良いのかもしれない。
しかし、死んだ人間にどう謝罪しろというのだ。
ギランミは心の内で、あの包み隠さぬ野心を、まるで自身の大義と生きる糧であると、勘違いをした男の顔を思い出し、せせら笑った。
自分の野心塗れた浅い見識で、国を憂いる。こんな馬鹿なことはない。
「その戦艦だが、フェスターの腰巾着部隊が追っているとの情報だ。」
メローもグラスに口をつけ、ギランミを見据える。
当本人は、瞳を閉じ、何やら物思いに耽っているようだった。
「ギランミ、姫様が万が一にもいなくなった場合でも、お前達はやってくれるだろう?」
メローは試すようだった。
この女への信頼はある。しかし、フェスターの件があってから、自身の懐の寂しさを紛らわさせる人間を欲している節が見られた。
「それは、当たり前です。そのための我々です。」
ギランミはそう言いながら、立ち上がる。
メローは満足したように瞬きをゆっくりとしながら、
ギランミに何かを耳打ちした。
「ギランミ大佐、どうでしたか?」
城の裏口から出ると、ギランミと同じように高貴な服に身を包んだ女性3人が並んでいた。
メサ・ロトゥンド隊のギランミが直接指揮を行う部隊の、選りすぐりの3人だ。
ギランミに声をかけた人物は、赤髪のツインテール、活発そうな、少女。ロイヤリティ・キマイ少佐。
中央の黒髪でロングヘア、如何にも寡黙でありそうな女性は、ヴィーナ・ラビーネ少佐。
右の、月よりさらに純粋な、白い髪色のショートボブの女性。エトセーラ・セトセーラ中佐であった。
メサ・ロトゥンドの艦隊は、ギランミのルーザック級戦艦を中心として、それより一回り小さい、プティッカ級戦艦2隻が付随している。
そして、ギランミの直属となる条件は、貴族生まれであり、階級は少佐以上であることだった。
「閣下は、やはりお年を召されたな。精力的であるのは良いことだが、私に向けられては迷惑この上ない。」
ギランミは馬鹿にしたように笑った。
ロイヤリティはそれに釣られるように笑う。
貴族生まれとは思えない極めて下品な笑いだった。
「フェスター大尉の援護を受けられないのが面倒ですね。あの方は多方に部隊をお持ちで、閣下の信頼も厚かったですから……」
ヴィーナが口を開く。
それを、ロイヤリティとエトセーラは不思議そうに見つめた。
ヴィーナが自身から口を聞くことは滅多にないからだ。
「フェスターの援護など、必要ない。機を見られて足をすくわれる可能性があるからな。」
「奴は両極端な男だった。しかし、男はそうだ。突っ走った人生を、老後にアーカイブのように楽しむことを生き甲斐にしているからな。だから、信用ならない。」
ギランミは再び、鼻で笑うようにし、手で合図を行う。
青く、金の装飾が施された戦艦が、着陸し、4人はその中に姿を消していった。
全く関係ない話ですが、今日ミツバチが花粉か何かのお団子を一生懸命運んでました。ミツバチってすごい可愛いですよね。




