月の下のヘルメット
「この辺、大分綺麗になったきたんじゃないか。」
ヴァレンはアッシスの足を折りたたみ、地面と密着させ、コックピットハッチを開いてボトルを取り出した。
深呼吸をして、一息つく。
復旧作業開始から3日が経った。臨時のものであったが、太陽を浴びる街は段々とその面影を取り戻し始めていた。
道の端に目を向ける。空気は澄み、当然のように横たわっていた人の死体は無くなり、街の人々も穏やかさを取り戻したように笑顔だった。
「やっぱりこの国、良いところだよ。」
ヴァレンはコックピットの座席に寄りかかるようにして、空を見上げる、太陽が顔にジリジリとかかるが、青空に浮かぶ雲の動きは、戦争中であることを忘れることができる。
空を覆うように小さい何かが顔に触れた。
それはモゾモゾと動き、遠慮なく顔を弄る。
「これは、ファルの手だな。」
ヴァレンはその両手をそっと握るようにする。
子供の無邪気な笑い声が聞こえて、座席の後ろから持ち上げられたファルがいた。
ファルを持ち上げる腕は、細く、血色の良い白色だった。
指には見覚えのある指輪がされていて、それを見ると鼓動が高まるのがわかった。
「ジェナ。」
アダムは寝転んだ姿勢を正し、コックピットから顔を出す。ファルを抱き上げて、背伸びをするようにつま先を伸ばしている青髪の少女。
「准尉さん、お疲れ様です。」
ジェナはわざとらしく敬礼をして、コックピットから降りるアダムを目で追う。ファルはジェナの頬に触れて、引っ張ったりしていた。
「やめてよ、堅苦しい呼び方。」
アダムは少し笑うようにして、ファルの頭を撫でた。
ジェナはそれを見て、嬉しそうに微笑む。
「ジェナ、照れてる!」
ファルはジェナの頬を触って、何かに気付いたらしく、それを聞いたジェナはファルを片腕で抱きながらその頬を引っ張っていた。
ジェナはこちらに向き直し、顔を赤くしていた。
「今日、夜空いてたらまたここら辺に来て…」
こちらに視線を合わせるようにして、綺麗な青髪を風に靡かせていた。
アダムも顔が沸騰するような感覚に襲われ、目線を合わせることが出来ない。
その後ろの物陰からは、3人の人影。
「クストさん、こんな盗み見みたいなことしていいんですか。」
3人の1番上を陣取って顔を出す、スタームはそう言いながらも、手元の双眼鏡から目が離せない。
「スターム、あんなベタなことあるか。貴重映像なんだよ。」
中段のクストも同じように双眼鏡を手に持って、目は血走っていた。
「アダム、あなたが幸せなら、それで…」
イブも鼻息を荒くし、双眼鏡を手に持っていた。
「イブはそんなアダムに気がある感じだったか?」
クストはスタームを振り返る。
スタームはわざとらしく、肩をすくめ、その後ろには縄で縛られたイスィーズがいた。
アダムとジェナの雰囲気を察知したイスィーズは、妹を取られまいと躍起になったが、この3人に阻止されたのだ。
道を通る民間人は物陰に並ぶ3人と縄に縛られた女性を見て、人攫いと勘違いをして足早に逃げていた。
夕方になり、アダムはやや興奮気味に廊下を歩く。イブに服装のチェックをしてもらおうと取り合ったが、イブのセンスは壊滅的で、結局メサイアが服装を選んでくれた。
部屋へ戻り、自身が常に見に纏っているヘルメットを手に取る。
そう、このヘルメットにジェナの名前とメッセージを刻んでもらうのだ。ヘルメットに異性や仲間の名前とメッセージを記してもらう。それはつまり、そういうことだ。
アダムは鼓動が高まり、ニヤケが止まらず、鼻息が荒くなる。体の中央が爆発してしまいそうだった。ネオ・エンズルズだから、自爆機能がついてる可能性もあるが。
「は、吐き気が……」
アダムは緊張のあまり、口を抑える。自分が情けない。
メサイアとイブはそれを遠巻きに眺めていた。
「アダムさんは暗い部屋で何をしてるんです!」
メサイアはもどかしそうに囁くような声量で悶えた。
「あの人、あそこまで根性が無いなんて…」
イブは呆れたようにしながらも、表情は穏やかで柔らかかった。
メサイアはそれを見つめ、
「イブさんは、アダムさんのこと良いんですか?」
イブを少し気遣うようにした。
「私はそういうのじゃないから良いんです。」
イブは穏やかに笑って、物陰の先のアダムを見つめる。
アダムは部屋の扉を閉じるのも忘れずに、鏡の前で何かの練習をしていた。
夜になって、ノアをそっと抜け出す。
サウサンプトンには巨大な港があるため、夜でも波の音が爽やかで、星空と月を綺麗に映していた。
青い髪はその反射に応えるように輝き、華奢な後ろ姿を覆うように風に靡かせていた。
「ジェナ。」
アダムは自分の声が震えて、ひどく情けないものに感じられたが、相手はそれを気にしないように、満面の笑顔でこちらに振り向いた。
「月、綺麗だよ。」
ジェナは髪をかき上げ、海へ視線を落とす。
空を見上げずとも、白い月のシルエットははっきりと映っていた。
「あ、はい。」
アダムは体を硬直させ、ジェナの横に並ぶ。
ジェナがクスッと笑った気がしたが、心臓の音が邪魔をしてくる。
「ジェナ、これを…」
アダムは深呼吸をして、手元のヘルメットとペンを差し出す。
ジェナはいきなり球体型のそれを差し出されて、驚いたが、頬を赤くしながらヴァレンを見上げた。
「これに名前とメッセージを書いて欲しいんです。」
アダムはジェナの瞳をしっかりと見据えた。
瞳は青色で、空の星空とアダムの姿を確かに映していた。
「それは本当なんだな。」
ジーネンは暗く、月明かりが入り込むブリッジで呟く。
目線の先には、イギリス国内の地形図がホログラフィックで展開されていた。
それの前に立つクリスが頷く。
普段のふざけた中年男性からは考えられない、真剣な眼差しだった。
「えぇ。マンチェスターに駐留していた艦隊がこのサウサンプトンへ、そしてサリー州を襲撃した歩兵部隊もこちらへ向かっていると、偵察部隊から伝達がありました。」
クリスは手元の資料を捲り、何度も間違いがないか見返す。
「奴等はいつここに来る。」
ジーネンは疲れ果てたように椅子にもたれ、目元を手で覆ってみせる。
「明日の昼頃には、この街は襲撃を受けます。」
4日間に及ぶ復旧作業は、全て無駄であり、この戦艦を街から離すことも不可能だとわかった。




