ノアとインペネス
「我々、インペネスはこのマンチェスターを立って、タイタニスが接触した、テラーストュートの部隊を撃滅。そして、そのままサウサンプトンを占領する。」
メノクスは、自身の後ろにあるモニターと、その空中を漂うように展開される、ホログラフィックを映し出し、視認できるようにするために薄暗くされた部屋を見渡す。
座席には、いつものように、手前にシャキリ、その後ろをアシュク、右をトーガン、そしてガルーラのいた左の位置にはタイタニスから一時的に合流した、ナーケルが座っていた。
「サウサンプトンを侵攻する理由としては、単純だ。首都に近い地域であり、なによりロイヤルミーレスの守りが手薄だからだ。だからこそ、テラーストュートの部隊が潜り込めるという訳だ。」
メノクスは手元の資料を捲るように誘導し、ホログラフィックはサウサンプトンの街並みを映し出す。
街は所々建物が崩れ落ち、瓦礫こそ無いものの、人の顔は荒み、死体がそのままにされている。経済では無い、活気的な面での貧困さは感じずにはいられない。
「汚らしい街だ。」
ナーケルが鼻で笑い飛ばすように呟き、アシュクはそれを横目で睨む。ナーケルはそんなことお構い無しのようだった。
「作戦説明中は黙っていろよ。」
シャキリはナーケルの方を振り返らず、書類に目を通すように捲りながら呟く。
ナーケルはわざとらしく肩をすくめ、椅子にダラけるようにしてもたれかかった。
「元地球人の強化人間が…。」
アシュクは大層苛立ったように舌打ちを交えて呟く。
足は小刻みに揺れ、手に持つ紙にはシワが出来ていた。
「アシュク、それではこの星の人間と同じだ。」
シャキリはアシュクの方に振り返り、アシュクは子供のように頬杖をついた。
「いいか。我々は歩兵部隊を収容したボト1隻を牽引し、我々シャキリ隊が先発して、その後に歩兵部隊を投入する。」
「歩兵部隊は2隻ありました。なぜ1隻なのです。」
ナーケルが再び口を開く。アシュクは今すぐにでも叫び出して、ナーケルの顔を壁に叩きつけてやりたい気分だった。
「一隻は回収が終わっていないからだ。歩兵部隊は際限なく動けるが、全ての回収となると時間が掛かる。」
メノクスはナーケルを見据えて呟き、では次のページをと催促する。
マンチェスターの治安維持等の説明になると、ナーケルは机にうつ伏せになって居眠りを始めていた。
「あれで調教済みなんだから、我慢ならないぜ。」
アシュクは苛立ったように呟く。作戦説明を終えた廊下を歩く3つの影は、ガルーラという緩衝材が消えたようでピリピリとしていた。
「アシュク、気持ちはわかるんだけどな…」
トーガンは常にこういう聞き手に回ってしまうから損な役割だと言える。ガルーラがいれば、アシュクはそれを可愛がるから良いんだが。
「大尉もそう思いませんか?」
アシュクは前を歩くシャキリの背中へ声をかける。
「お前達はよくもそう、次の作戦へ気持ちを切り替えられる。」
シャキリは眼帯をしてある側の顔でこちらを振り向く。
地球に降下する前は、姿勢は正され、エリートであるという風格と、気品があった。しかし、目元の隈と片目の黒い眼帯、前のめりになっていく姿勢がそれを見る影も無くしていた。
「大尉、ルーラさん達のことは…」
「いや、良いんだすまない。」
シャキリは足早に去っていく。それは普段から同じことだったが、人を寄せ付けたく無いという姿勢が目に見えてのものだった。
「シャキリ、少し良いか。」
廊下を歩いていたシャキリを見かけ、メノクスは声をかけた。
掛けてしまったというのが正しい。
シャキリは小さく返事をして、姿勢を正して敬礼を行う。
「シャキリ、次の作戦だが、街の破壊は歩兵部隊が委任する。前のマンチェスターのように街を襲う必要はない。」
隣を歩くシャキリは180センチ以上あるメノクスの肩ほどの身長であるが、地球降下を行う前より遥かに縮んでいるように見えた。
「しかしそれでも我々が攻め込んでしまえば、被害は出ます。」
シャキリはこちらに視線を向けず、俯いたまま呟く。
「弱気では勝てませんよ。ガルーラのように潔癖でもいれません。では…」
背中は遠ざかっていくが、掛ける言葉を考えようとした時には、シャキリはいなくなっていた。
ノアでの夕食後、夜間は基本的に就寝時間までは自由となる。
入浴はもちろん、読者をする者もいれば、機体の整備、家族への連絡、仲間との交流を楽しむこともある。イブ曰く、あの二人はこの時間にそういうわけだと。
白い廊下は談笑をする軍人で賑わっているが、無性にジェナ達の顔が浮かんでしまうから、部屋の前まで来てしまう。
部屋の前で彷徨いていると、丁度扉がスライドして、ジェナが出てきた。横にはラッキ。
ラッキは自分を目にすると驚いたように肩を振るわせ、自分と目線を合わせないよう、床に視線を向ける。
こういう、自分に好意を向けている人間に対しての感覚は鈍感だが、相手が自身に向けるネガティブな感情には過敏な自分が憎い。
おそらくこれは自分の自分に対しての見積もりの低さがそうさせているのだろう。
ジェナは少し驚いたようにしたが、すぐに明るい彼女の顔を見せてくれた。入浴後なのだろう。青色の髪は若干湿っていて、花のようなそうでない匂いがしてくる。
意識しない努力をしようとしても、これは男の性なのだろう。
「アダム、様子を見にきてくれたの?大丈夫よ。」
ジェナは笑って、自分の返事を待つ。やはり飾り気のある化粧をするより、そのままの方が断然綺麗だ。
「いや、ははは。」
自分の器量はこの程度だった。笑いながら急いで格納庫へ向かった。
おそらく、ラッキには自分が風呂上がりに待ち合わせをする変態軍人として記憶に刻まれた筈だ。自分には縁がないと切り離して努力を怠れば、ここぞという場面で後悔することになる。
ただ、女性相手にペラペラと会話をしてしまう自分にも、なりたくはなかった。であるならば、1人でいるしかないのだ。
機体がズラリと並び、レッカーとメカニックが忙しなく行き来をする。一日の終わり際の休憩時間にもこうやって働いてくれる人間がいるから、自分は生活出来ているのだ。
そして、纏わり付いてくる、先程の自分の情けなさ。
使用されなくなったタイタスのコックピットを再利用した、戦闘シュミレーターに目を向けると、人が集っている。
コックピットの側にテペリが立っていた。
「テペリさん、これ誰が動かしてるんです?」
ヴァレンはその集団に逃げるようにして紛れる。
「あの民間人の男の子だよ。」
テペリは自分のためにスペースを空けてくれて、ハッチの裏側からコックピットを覗くと、クリードが座席に座っていた。
操縦桿を握る手は若干震えてはいるが、本人は楽しそうにしている。そして座席の横側にはクストが屈んで何かを言っている。震えている原因はクストが隣にいるからだろう。
やはりこの年代の男の子は可愛いらしい。そして年齢が5歳年上になると、彼と同じ反応をする自分は世間では淘汰されてしまうのだ。
こういう時、自分は必要とされたいのだろう。戦いに思いを馳せ始めてしまう。
「中々良い線をいってるよ、彼は。」
テペリは手元の資料を捲りながら呟く。クリードについての言及をしながらも、手元の資料はクストの機体の要求で、ノア内部の物資や武装と照らし合わせて、要求に対する妥協案をメモしているようだった。
仕事を出来る人間とはこういうことかと感心してしまう。
戦いだけでなく、こういう道もあるのかと。
女性と会話が出来ないという欠点を埋めるには、自分を完全な仕事人として、マシーンとしてしまうことこそが脱却に繋がると考える、実に浅はかな考えだ。
若い頃はそれで良い。しかし、歳を取れば孤独が辛く感じてくる。しかし今の自分にはそれが理解できても、実感は出来なかった。
ただ、クリードの後ろ姿を眺めて、こうしている時間はこういう悩みを忘れられる。穏やかな時間だった。
就寝時間が来て、部屋に戻る。
扉の前に人の気配を感じる。
冷や汗をかきながら振り返ると、イブが立っていた。
手元には、絵本。
「絵本読んで。」
イブは上目遣いになるようにする。
丁重に断って、扉を閉じる。
イブは少し寂しそうな顔をしていた。
彼女なりに、自分と交友関係を築こうとしてくれたのだろうかと少し後悔してしまう。
「あいつも、人との距離感がわからないのかもな。」
ヴァレンは呟いて、電気を消す。
「あの人が、兄さんであるとするなら。無くしてしまった時間を取り戻さないと。」
イブは絵本を両手に掴みながら、小綺麗にされた白い廊下を歩いていった。




