イスィーズとジェナ
「そうかな。それなら、名前負けだよ。」
ヴァレンは眉を顰め、苦しそうな顔をする。
「そんな顔してると、笑えなくなって、老けてしまうよ。」
ジェナはヴァレンのほっぺたを引っ張る。
「そんなこと考えたこともなかった。」
ヴァレンは少し気持ちが軽くなった気がした。
この少女と少し話してわかったのは、彼女は人を笑顔にできるということだ。相手を不快にさせるのは簡単なことだが、幸せにしてやれるのは、その何百倍も難しい。
「アダム准尉、そんなところでサボられてはな。」
ピリッとしてくる女性の声が後ろから聞こえた。
イスィーズが、眉を顰め、腰を手に当てて立っていた。
「イスィーズ中尉、すみません…」
ヴァレンはイスィーズに振り返ると彼女はとても驚いた顔をしていた。
「お姉ちゃん!」
ジェナがイスィーズを見据えて叫んでいた。
その声は咎めるようでもあって、この状況で身内に会えたという安堵もあった。
「ジェナ…お前。家にいろと言っただろう!」
イスィーズはアダムの前に出るようにして、ジェナの肩を掴む。その力は強く、ジェナはうっと呻き、後ろの3人は怯えているようだった。
「さっきの爆発に驚いたファル達が家に来たのよ、放っておけない!」
ジェナはイスィーズの両腕を振り解こうとするが、イスィーズの方から手を離した。
「さっきの爆発って…」
ヴァレンが呟く。
「マシーンが空で爆発したって話。部品が飛び散って街に被害が出てるのよ。」
ジェナは肩の埃を払うようにしながら、イスィーズとヴァレンを交互に目をやる。
「それはわかってる。私達が上で戦っていたからな。」
イスィーズはヴァレンを横目にして、腰に手を当てるようにする。ハンカチを取り出していた。
「ジェナ、顔をこんなに汚して。綺麗な子なんだから。」
イスィーズは言いながら、ジェナの煤だらけの顔を拭いてやる。
「あの爆発…あれで家が無くなってしまった人が大勢いるわ。」
ジェナは目の縁に涙を溜めていた。
「ファル達には隠しているけど、あの子の両親はもう…多分。」
ジェナは涙を溢して、イスィーズは黙ってそれを拭う。
「悪いな、私が撃ち溢してしまったんだ。」
イスィーズはこれでよしと言いながら、ジェナの肩をもう一度叩く。
「こんな物騒な所に居てはいけない。」
イスィーズはジェナ以外の3人にも手招きをする。全員の顔をハンカチで拭い始めた。
「イスィーズさん、自分でやるよ!」
クリードと呼ばれた少年は恥ずかしそうに顔をのけ反っていた。
「あの、ノアであれば使っていない部屋が…」
ヴァレンはイスィーズの背中へ声をかけた。
自分でもわかるほどか細く、小さい声だった。
「本当か!いや、しかしやっかいになってしまう…」
イスィーズは振り向いて一瞬表情を明るくしたが、すぐに元の厳しい表情に戻った。
「ノアって、あの大きい船?お兄さん、軍人なの?」
ジェナは少し怯えたような表情を見せる。
ヴァレンはそれを見て、心臓の辺りがチクリと痛む気がした。
君達の家を壊したのも自分だとはとても言えなかった。
「安心しろ、この人達は援軍だ。味方だよ。」
イスィーズはこちらをチラリと見て、ハンカチをしまう。
「准尉、今のが本当なら、ぜひあやかりたいな。ここの治安はみるみる悪くなっている。こいつらだけでは…」
イスィーズはファルを抱きかかえる。とても慣れた仕草で、ファルは嬉しそうにしていた。
「わかりました。じゃあ…」
ヴァレンは手招きをして、ノアが停泊している場所まで案内することにした。
白い艦内は静まり返り、従業員が所々清掃を行なっていた。
「イスィーズ中尉、さっきは…」
ヴァレンは前を足早に歩く背中に声をかける。
「いいんだ。実際、君がああやってジェナ達と話してくれていたから、混乱に乗じた人攫いに狙われることもなかった。」
イスィーズはヴァレンの着ているジャケットの二の腕の辺りに貼られている、テラーストュートのワッペンを指さす。
「あの子達はなんとしても守りたいんだ。私は死んでもいい。」
イスィーズは手を強く握りしめ、再び歩き出す。
ヴァレンは何も言えず、ただ黙って後をつける。
「部屋はそこです。」
暫く歩いて、誰のネームプレートも貼られていない扉の前に立つ。
カードキーを手前の装置にかざすと、その扉は素早く開く。
備え付けの簡単な机と椅子。ベット、小さなテレビと雑多な本が並べられた本棚。奥には個別のトイレとバスルームがあった。
「私たちの艦より遥かに良いぞ。」
イスィーズは部屋を見渡し、関心したように呟く。
バスルームを開き、シャワーと風呂が個別になっていることに驚き、棚の中に食料が多くあることにも驚いた。
「すごい艦じゃないか。資源やインフラは問題ないのか。」
イスィーズはベットに座り込み、満足そうに呟く。
「テラーストュートの所属なので、そこら辺は定期的に補充もされてるみたいです。」
ヴァレンは扉の前で呟き、決して部屋に入ることはしなかった。
「どうもありがとう。こんな良い部屋を…。」
イスィーズの瞳は少し涙ぐんでいた。
その横顔を見て、ヴァレンはまた罪悪感が胸やけを起こすような感覚を覚える。
「ジーネン艦長はここの隣も使ってくれと、男女に分けた方が良いというのは自分も賛成です。」
ヴァレンはそう言って、ポケットを弄り、もう一つのカードキーも手渡す。
「何から何まですまない。君達には…あんな当たり方をしてまったのに。」
イスィーズはカードを受け取って、少し俯いていた。
ここで何も言葉を出さない自分は本当に情けない人間であると感じた。
「隣の部屋には人は?」
イスィーズは配当された2部屋の隣に位置する部屋を見て言う。
「居ます。クスト少佐だ…。」
ヴァレンは頭を抑えるようにオーバーなリアクションをする。誤魔化したとも言える。
「あのお淑やかそうなピンク髪の女性か。綺麗な人だよな。」
イスィーズは優しく微笑んでいた。
こんな表情ができる彼女にあそこまで神経をすり減らさせ、厳しい表情をさせる戦争と、自分の行動が憎く感じた。
それとクスト少佐はハズレですと。言いたかった。
マンチェスターの大地に、タイタニスが着陸する。
艦は尋常でない風圧を周囲に与えるが、出迎えや外を彷徨く人間に、帝国の軍人以外は存在していなかった。
「サラス中将、ご苦労様でございます。」
メノクスがタイタニスの階段から降りるサラスを出迎える。
「ご苦労、大佐。バジーリオ少佐は本国に帰ってしまったのか。」
サラスは周囲を見渡す、アッシスに乗った帝国兵が復旧作業を行なっているが、全て、移民してくる帝国人民に向けてのものだった。
「えぇ、共に貴艦に配属するガルーラ少尉と共に。」
メノクスはサラスに手を差し出し、握手を行う。
社交辞令そのものだった。
「少佐はそこまで悪いのか。」
「マッタドによれば…。」
サラスはそれを聞いて、タイタニスを振り返る。
強化人間だけでは心許ないなと。
「ご安心頂きたい。新作戦におきましては、我々インペネスが歩兵隊を連れて先発致します。タイタニスには、捕虜として捕らえた強化人間の研究を。」
メノクスはインペネスに目をやる。兵士二人組が、女性の両腕を掴んで連れてくる。
「こいつが…それか。」
「えぇ、ダッケル・ンジャであります。」
メノクスはそれに一瞥をくれて、踵を返した。
話数ごとの字数は大したことがないのですが、もう46エピソード目です。自分の中ではまだ中盤入りたてのつもりなのですが、そろそろ読者の方々には見限られる頃合いな気もしていて、震えています。これからも頑張ります。




