マンチェスターの供物達。
エルガー帝国
ヴィルナッツ地方。ここはドーム型の発電所という名の、強化人間研究所があった。
一台の移動用マシーンが止まり、冗談のような数の勲章バッチを身に付けた軍人が姿を見せる。
「お待ちしておりました。ラッカドー閣下」
とても入り口とは思えない場所から、銃火器を携えた兵士が敬礼を行う。靴の踵同士をカッと合わせる音が響く。
それほどまでに辺りは静まり返っていた。
「総統はいらっしゃらないのですか。」兵士の男は名残惜しさを感じさせる声色を含めながらも、あくまで業務であるという意思がそれを塗りつぶしていた。
よくやる。とラッカドーは毒づく。
「総統は状況確認と采配でご多忙だ。その代理として私が来たということだ。突然すまないね。」
ラッカドーは兵士の肩に手を置く。
自身は幹部ではあるが、圧をかけたくはないという意思の行動であったが、肩の震えを見る限り、これは逆効果だった。
「では、案内を。マンチェスターからの強化人間候補の検査が終わったんだな。」
兵士はその言葉を待っていたかのように、マニュアル通りと言える仕草とともに、中へ案内を行った。
「強化人間候補の人数は3人。内、高スコアの人間は一人であります。」
無機質な薄暗いグレーに、薄暗い照明。監察を行う部屋は実験を行う大部屋を見下ろせるようになっていて、ガラス張りの下には、銀色を剥き出しにするパイプだらけのマシーンがあった。
「まるで病棟だな。」
ラッカドーは辺りを見回しながら呟く。
「はっ、いつ襲撃を受けても良いように、簡素であれと。」
兵士はバインダーの紙を両手に丁寧に持ちながら、振り返り気味になる。
「今はその強化人間は?」
ラッカドーはガラスの下のマシーンが動いていないのと、そのマシーンの周りのコンピューターに人がいないことを指す。
「現在、検査終了に伴い、休憩を取らせております。これから…」
「もういい。」
兵士の言葉を遮る。人体実験などという人の禁忌に触れるような行いの詳細を知りたいとは感じない。
「こちらが結果になります。」
白衣の男が部屋から出てきて、紙を手渡す。
紙には、16.リッオ・リプシー 男 5.6
14.ククル・クガン 男 6.8
15.アリス・フェア・ライリス 女 18.6
とあった。逆に言えば、それ以外に記述すべき出自と家族構成等は一切が省かれていた。
ラッカドーは紙を握る力を強める。
「子供が多いな。」
「子供以外はありえません。」
白衣を着た、やや白髪気味の男は呟く。
口には髪質と同じような髭をこさえていた。
「貴様、名前は…」
「シュタイン・アーナーであります。ここの代表の。」
男も最低限の必要事項だけであった。
「この書類を作ったのはお前だな。出自は?」
ラッカドーは紙を机に置く。
「地球であります。生まれも育ちもアメリカであります。」
「月に来たのは?」
「50になってからでしょうか。」
「そうか。まぁいい。」
ラッカドーは自身が税関職員の真似事をしているようで大変馬鹿馬鹿しく感じた。
先程の兵士は扉のそばで、それを生唾を飲み込みながら見つめる。
対してこのシュタインという男は、幹部であることが周知の自分を前にしても全く持って緊張する様子はない。
だからこうやって、科学者気取りの子供の人体改造を行える。
「このアリスという子供。数値が異様に高いな。」
ラッカドーは再び紙を手に取って、わざとらしく指で小突いてみせる。
紙を叩く音が、振り子のように静かな部屋に響く。
「この3人は、全員が同じ日付、同じ食事、同じ精神負荷の元で検査しております。」
「精神負荷とは?」
「閣下はお耳に入れたくはないはず。」
ラッカドーは自身の眉間に皺が寄り始めているのを自覚した。
腐った施設だ!
そう叫びたいが、そんなことを出来るはずもない。
「この3人は全員が新型に乗れるのか。名前は…」
「ファーレンであります。全員が可能ですが、1番数値の低い、リッオ・リプシーでは性能の全てを発揮させられません。」
シュタインは辺りを彷徨いて、纏った書類を漁り始める。
「ではこのアリスではどうだ。」
その忙しない背中に声をかける。
聞いているのかと声を掛けそうになるが、シュタインはこちらを振り向いて、別の書類を並べ始めた。
呑気に古本屋の店主でもやっていそうな男が、よくやる。
ラッカドーは苛立ちかわからないが、毒づきが止まらない自分を嫌悪した。
シュタインが並べたものは、写真のようであり、足のない。コマのように細く収束された下半身を持つ、肩が鋭利な黒い機体と。先程の資料の3人だろうか。顔写真が並べられた。
「これが、アリスという人間たちか。皆綺麗な顔をしている。」
ラッカドーはその写真の主達が、明らかな恐怖でその顔を歪められていることに、悔しさを紛れさせながら呟く。
「アリス・フェア・ライリスであれば、ファーレンの全能を発揮できます。発揮できるどころか、彼女の感応に機体がついていけるか。」
シュタインは嬉しい悩みだなと呟いた。
科学者の直線思考は、こうも夢見心地で能天気で、人の神経を逆撫でする。
ラッカドーは果てしないやるせなさを感じていた。




