104.【ハイレート・クライム】
メトロ・ポリシーは依然として、高音の鳴き声を上げて、ケーブルを引きずり、王宮の前で両腕を広げるだけである。
そうやって、掲げられた両腕には、翼が付随し、バサバサと音を立てて風に靡いた。
機体の鋭利な肩からは、紫色の電流が走り、街を覆い尽くす直前で、展開を止められたテックトュムが、大気に散漫したビーム粒子を吸い上げて、ケーブルを伝い、その肩からシールドを張るエネルギーを生み出す。
それは、ロンデイル一帯、有機的なもの全てを包み込むバリアーであり。無機物の中に有機的な生命があるのなら、それは庇護の対象となった。
「あれに、ギランミ大佐が乗っているのか。」
残存するロイヤル・ミーレスの一隻、それはヤックヌー級戦艦である。
そのブリッジのスクリーンに映り込む純白の機体を見て、艦長の男は呟いた。
「艦長、あの機体の援護を!隣のガディヨットーと共に、戦艦ノアと協力しましょう!」
その男の前に腰掛ける通信オペレーターが叫んだ。
「いや、ギランミ大佐はあのシェルターに消える前に、我々に騎士として盾になって、死んでいけと言ったのだ。それなのに、あの人間は、あんなバリアーを身に纏うマシーンを使って……我々は敵機に追い詰められていたのに……!」
男が恨み言を呟く間にも、戦艦が揺れた。ブザーが鳴るが、損傷箇所はない。あのバリアーの庇護が、敵機の攻撃から、ロンデイルを離脱しようと動くこの戦艦を護っているのだ。
「しかし艦長、我々を護って、戦っているのです!我々のためにです!なぜ、裏切るようなことをしなければならないのか!」
オペレーターはヘッドマイクを取り外し、その男に向き直った。
「ならば、我々に集る敵機に誘導ミサイルを放ってみろ。先程直撃した機体は、未だ損傷無しで飛行しているんだな。我々の側を。」
艦長の男は、また別のオペレーターへ視線を移して、答えを待った。
「えぇ、少なくとも二機に着弾しましたが、いずれもバリアーの介入によって、損傷は見られません。撃墜もされていません。」
そのオペレーターの声は冷たく、先の喚き散らしたオペレーターを嘲るようである。
「そういうことだ。月の生まれであるのが、あのギランミなのだ。そして、あのマシーンを使って、我々を保護するようにして、月の兵士共も護っている。そうやって、油断した内に、我々のバリアーだけ解除して、月の人間を勝利に導くのが、あの白い機体のやる事なのだ。」
「そもそも、ギランミ大佐はメロー閣下を快く思っていないと聞く。やはり、エトセーラ中佐は正しかった。ノクターンとの通信を取ることは、罷りならん。
あれらは、メサ・ロトュンドと言っても、ギランミについた部隊である。売国奴である。」
艦長はそう言い捨てて、座席に座り直した。クルーはそれに従う。
マシーンを吐き出しながら、前方の王宮の先、メトロ・ポリシーの麓へ前進を開始した。
「しかし、メサイア様の可能性だって、あるのですよ!」
そう叫び、唯一指示に従わない人間は、先のオペレーターであった。男の情けない声が、ブリッジ全体を包んだ。
「あれに、マシーンが動かせるか。エトセーラ中佐は買い被っていたが、あのようなお飾りの生娘に。」
艦長が椅子にもたれて、口元の髭を撫でた時、そのオペレーターは我慢ならないように座席を立った。
「我々のために戦うマシーンだと、なぜわからない!
あのバリアーは、メサイア・アルメイアであると、名乗っていました!和平を望むために、月の人間たちも護っていると!聞こえないので………」
オペレーターがそう言う前に、艦長は懐から拳銃を抜き、その男を撃ち殺した。
コンピューターから向き直った時であるから、眉間のやや隣、左目の眉の辺りに空洞を作って、そのまま背中から倒れ、座席に後頭部をぶつけて、首から嫌な音を立てて死んだ。
「以後、私に異議申し立てをするものは、逃亡兵とみなし、銃殺する。良いな。」
艦長の言葉はそれまでで、周囲のクルーはその死体を片付けもせず、存在しないものとして、その場に放置した。
メサイアが乗っている筈のメトロには、帝国のマシーンと、ロイヤル・ミーレスのヤックヌー級戦艦とガディヨットー級戦艦が、敵意を持って挟み撃ちに前進していた。
***
「サラーシャ中尉、ラッツェル・デメルグ大尉である。諸君らの指揮を担当する。よろしく。」
飛行するサラーシャ達が、ストラッズをパスする時。
そのカタパルトから射出された黒い機体と、セルヴス四機は、先鋒を行くサラーシャに対して、接触回線を開いた。
「はっ、よろしくお願い申し上げます。」
サラーシャは、上官に対してのマニュアルはこれなので、定型分で挨拶した。
「破天荒と聞くが、どんなものかな。」
これが、サラーシャの本心である。
自分達の遠方、地球軍の白い戦艦は、後退を始めていた。
自分のペダルの下の街は、焼け爛れ、最早逃げ惑う人間すら少なかった。真に死に損ないの街である。
そんなタイミングでしか、出撃を許してもらえない自分を、サラーシャは笑いたくなった。
機体の残骸が焼け落ちているが、それは自身がそうしてやれる可能性もあったのだ。いや、確実にやれるのだ。
「インペネスという出しゃ張りの戦艦のお陰で、焦土は済んでいるが。私はこれが仕事なのだよ。コース確保など、探検隊のなり損ないではないか。」
ため息をついて、バイザーを上げた。新鮮な空気が入り込み、機体の駆動音とパスする時計塔達の風切り音が鮮明に入り込んだ。
ラッツェルを先頭にして、逆三角形の形で飛行する。
ラッツェル、ストラッズの付属機が四機。
二機に分かれて、それぞれラッツェルの後ろにつく。
殿として、最後尾に一機。
そして、そのさらに後ろを埋めるのがサラーシャの部隊である。隣を飛行するセルヴス。編隊の形はラッツェルのものと同様。しかし、やはり飛行に遅れがある機体もあった。
特に、左右への旋回、その瞬間の反射は酷いものである。ラッツェルの指示を受けて、サラーシャがマシーンを使って、合図と号令を行うが、明らかに自分の部隊の、殿の一機の動きが鈍いのだ。
サラーシャはそれにため息をついた。編隊飛行など宇宙空間で嫌というほど行う訓練である。しかし、あの無重力帯の感覚と、この重力帯の飛行では、ワケが違うというのもわかる。旋回に際して、マシーンの体を半身下に向ける時、明らかにかかる圧が違う。
しかし、それだけである。
対G呼吸法など、基礎中の基礎であり、ましてや戦闘でもないのだ。
「お前達、寝ているんではないだろうな!遅れが出てるんだよ。コンマ一秒でも遅れれば、貴様らは撃墜されるんだぞ!死にたいのか!」
サラーシャは、ストラッズの編隊から少し距離を置いて、自分の後方、隣のマシーン達に声をかけた。
どの声も若く、震えている。しかし、タイタニスのパイロットである。サラーシャにもそのプライドがあるからこそ、この飛行に苛立つのだ。
その時であった。自分達のマシーンをブザーが包み、
サラーシャはディスプレイ正面に目線を向けた。
殿の兵士から怯えた声が聞こえたが、ここは無視する。
ラッツェル達の部隊は、依然として飛行を継続している。
建物から高度を取ってはいるが、それでも干渉する建物はあるし、雲は遥かに上である。
死角が多い、その意識はサラーシャの気分を高揚させた。
「サラーシャ中尉、敵機だな。数は三。」
ラッツェルからの通信である。指名であった。
「はっ、当たります。」
「頼む。」
短いやり取りを終えて、ラッツェルの通信は途切れた。サラーシャは、コックピットのオートやらを切断して、操縦桿を握り直す。
これだけで、ラッツェルは自分達を置いて先行するのだ。
「敵機発見、数は三。私と合わせて、三機着いていこい。後のニ機、特に殿の貴様!貴様等は先行して、ラッツェル隊の最後尾につけ、飛行でヒーヒー言っているのだ!良いな!」
そのパイロット二人は、怯えた声を上げて、中央のコースを開くように飛行したサラーシャ達を追い越した。
「全く。」
サラーシャがそう言った時、再びブザーが響いて、
時計塔の先から三機のマシーンが姿を現した。
「ここは、バリアーの干渉がないんだな。」
サラーシャは、自分の左につくマシーンに接触して、回線を開いた。
「はっ、その筈です。」
男の不安気な声が返ってきて、サラーシャはバイザーを下ろす。
「タイタニスの前に、たった三機で突入してくるのか?この地はもう、奴等のものではないんだぞ。」
サラーシャのバイザーに、照準となる緑と赤の囲いと点が走り始めた。
このヘルメットは、帝国で新規開発されたものであり、バイザーのディスプレイを使って、照準と機体の損傷部、損傷パラメータを表示する。
アルカロ・アコニット、ゼガームの搬入に合わせて、現地に合流した兵士の装備であるから、ラッツェル達のヘルメットとは違うものであった。
しかし、ヘルメットの依存度が高まるからと、反感を買うことになったものでもある。
サラーシャは、そんな人間達を、懐古主義と嘲るのだ。
ラッツェル達の編隊が直進する時、サラーシャはマシーンの左腕を折り曲げて掲げた。その右腕には、マシンガンである。
「誘き出すぞ、旋回する!」
サラーシャのマシーンの左腕の号令に合わせて、機体が先行して旋回し、後に二機が続いた。
遅れがあるように思えたが、サラーシャ自身も自分達の左上を飛行する、三機の機体がこちらに釣られたのを見て、それどころではなかった。
その三機は、暗闇の中に白い筒状の煙を作り、それを引き摺るように飛行している。
「中尉、敵機加速しています!」
怯えるように言ったのは、サラーシャのセルヴスの二個後ろの、最後の旋回をしたセルヴスである。
「我々より、一、二歩足が回るらしい。ただ、それまでだな!」
両の手の操縦桿を自身の体の方に持ってくると、機体は降下し、地面スレスレを飛行して、機体を建物の狭間に隠した。黒煙と炎が上がり、黒い骨組みを露出する建物が多くあるが、サラーシャの知るところではない。
月の基本戦術、敵機の下に潜り込み、降下した状態から一気に上昇をかけ、敵機の股座やエンジンを狙撃する。
奇襲戦術、ハイレート・クライム戦術は、やはり地上の兵士達には有効であり。それはサラーシャも周知のことである。
最初に行ったのはシャキリという男らしいが、それもどうでも良いことである。
煙を3回抜けた時、セルヴスの加速は臨界であった。
地面に胸を向ける敵機がいて、左に二機のマシーンが股座を晒していた。
頭部から先に降り掛かる圧を感じながら、マシーンを上昇させ、照準が定まり切る前に、煙に紛れてそれに空洞を作った。
弾丸がサラーシャのセルヴスから放たれ、二、三度弾けるように蠢いた敵機は、一瞬にして巨大な丸い爆発に変わった。
融合炉は当たっていない。サラーシャの狙ったところではなかった。
しかしそれを掻い潜っての撃墜は、センスである。
着弾したものは合流に遅れて、胸を地面へと向けていた機体である。
「ははは!」
サラーシャは喜んだ、撃墜スコアが1となった。
虫が上げるような羽音を、さらに拡大して風切り音を足したような音が、サラーシャと後ろの機体を撫でた。
「散開!!」
サラーシャが叫び、左右に逃げた機体を見て、自身は中央を切るように降下した。
後ろを追うマシーンは一機、もう一機は空中で停止して、マシンガンを構えていた。
後ろを取られるが、ここで体を翻して反撃に出れるのが、旧世紀の戦闘機との違いである。
機体の両肩に各装された、左肩は前部、右肩は後部のアポジモーターをそれぞれ同時に点火させ、下半身も同様にすれば、機体は身を軸回転させる。
そのまま、マシンガンの横にあるレバーを、機体胸部に向けて引き込んだ。実弾から、ビーム・ショットへの変更である。
自身を狙って、上空から降下しながら弾丸を放つマシーン。そのマシーンの風切り音を、左右に機体を譲りながら上昇し、回避する。
若干運任せと勘でそれを行うのが、サラーシャの未熟さである。
その上昇が終わる前に、ビーム・ショットを射出。
機体は中央にそれを受け、再び膨らんで霧散した。
「諸君らの身をもって、私の撃墜スコアになってくれてありがとう。これによって、私は温かい飯が明日も食べていけるのだ。」
サラーシャは言いながら、センサーをアクティブセンサーに切り替えた。
――「中尉、敵機を撃墜しました!」ーー
その声は、右に散会した一機の声である。
「よくやった、ラッツェル大尉の部隊に合流する!」
サラーシャは叫び、二機の合流を待つようにゆったりと飛行を開始した。
ハイレート・クライムかっこいい。なんか、こういうカタカナ題名にすると、富野小説の題名みたいで燃えますね。ただ、拙作駄文は必ず本人には嫌われる類のものですが。
イマジナリー・トミ「こんなものが、今の若い世代から出てくるのは本当に嫌です。オタクが作ったものでしかない!!!!」
へっぽこ鼻くそ・プリ「あ、あの……ゆ、ゆるちてください……」




