102.【マザーマシンの庇護】
「私達の元へ来い!」
自分のコックピットに響き渡るその女性の粗野な声も、イブを食傷させるものであった。
「……しつこい!」
ドミティアンの左腕は、信号を伝播させる肩の関節を槍で貫かれ、駆動しない。依然として右マニピュレーターは敵機の首を捉えるが、前方の機体が両腕で掴んでいた槍から、片腕を離し、四連のガトリングを装填させる時、再び閃光が走った。
イブは咄嗟のことで、バイザーを上げられず、パイロットスーツの手のひらで、ヘルメットの空洞と瞳を覆った。
ブザーが響き、機体が揺れる。
敵機の首を絞めていた右腕は、ガトリングの斉射によって、装甲を爆発し、痩せ細り、千切れた。
いくつかの導線とフレームだけが残り、首の皮一枚といったように、マニピュレーターを空中にぶら下げていた。
イブの機体は両腕のどちらも動かすことは不可能となる。
黒い機体は、ドミティアンの右腕を撃ち抜いた腕で、煙を払いながら、先程自分達を狙撃した機体がいる位置を差した。
瞳を覆う役割を終えた掌で、額の汗を拭った。
頭髪が目にかかり、それも強引にヘルメットを押し込めた。
「なんで、なんで撃ったの!」
敵の黒い機体が指す方を見つめると、その機体はもう存在せず、建物の地平の先に、戦艦ノアとさらに遠方に帝国の二隻がある。
そして、反対。王宮の側には純白の大型機があった。
ノア達はイブから見て、右に位置し、メサイアであろう純白のマシーンは、左である。
「なんで、メサイア・アルメイアと言った。
帝国にも知れているのか!」
イブはディスプレイの左の王宮へ視線を向けて、再び
自分の機体に全身を乗せる、赤い瞳を持つ機体へ向き直った。
「いや、知らんな。しかし、先の機体の閃光が走った時に、確かにその名前を言ったのだ。お前が言ったものかと思ったが、どうも声音が違う。」
黒い機体のパイロットには、メサイアは確かに名乗ったと言ったのだ。イブは、シェルターへ消えていく前のメサイアの温もりを思い出したかったが、まず安否を告げるなら自分を当たって欲しかった。
「メサイアは、アテにはしていないけども……」
その時、イブのコックピットをノアの通信が走った。
***
街の建物を掻い潜りながら駆けるマシーンを、クストは照準を見つめながら追跡する。
ドミティアンの左腕でマシンガンを構え、もう片方で腰の双刀の鞘に手をかける。
これにより、散会した赤い機体への対策となる。
クストの息が上がり、真下の黒い機体の動きを、赤い照準が補足し始めた。
汗が頬を伝い、バイザーへ溢れる。その時に、緑の照準が遅れて敵機の片足を補足し始めた時――
マシーンの袖からミサイルを放ち、黒い機体の進行方向を侵した。ややタイミングが早く、敵機は停止して旋回するが、その停止した瞬間を狙っていた。
マシンガンで追い打ちをかける。
それに伴い、建物に向けて一気に降下し、双刀から手を離してマシンガンの下腹部を支えた。
「上だと……!」
ダッケルがそう叫んだ時、先程まで降りしきっていた水滴は弾丸である。
「消えればいいんだよ!お前なんて!」
クストが自身から垂れていく閃光に合わせて叫んだ時、その黒い機体の周囲を囲う巨大なバリアーが展開され、ダッケルを庇った。
爆発が起こり、煙が掃けていく中で、その黒い機体は
両腕を交差しながらも、無傷で自分の機体を見上げていた。
「………なんで、メサイアか!」
クストが瞳を震わせながら呟いた時、直ぐにバリアーの正体は返ってきた。
「メサイア、こんな奴まで庇う必要はない!
……ダッケルだって?……メサイア、言っておくぞ!マシーンに乗ったのなら、人の命を簡単に奪うんだ!」
このような芸をなせるマシーンには、聞き覚えがあるのが、本部から派遣されたクストである所以だろう。
「それも、こんなに影響力のあるマシーンだ!
メサイアが乗っているマシーンは、マザーマシンなんだよ!」
クストは、コックピットの虚空に叫んだ。
しかし、バリアーとして干渉するものが、その虚空の中で空気中の粒子を纏って、クストと口論をしているのも本当である。
「テラーストュートで噂になっていた機体だ。そして、本部が恐れながらも、作ってしまった機体だ!
そんなものに乗りながら、英国を背負う覚悟をしたのなら……メサイアは!なら、一人の感傷で動こうとするのはやめて……邪魔なんだよ!!」
クストは操縦桿を握り、自分を見上げる黒い機体を見て歯軋りをした。やはり、到底許せないと腹の底が唸ってきた。
クストがもう一度マシンガンを放った時、その弾丸は最早遠方へ飛ぶこともせず、自身を包む薄青い円の中で爆発した。その閃光は、クストだけのものであり、ダッケルにとってそれは滑稽に思えた。
「ふははは!このバリアー、私の味方をしているか!
私に干渉させない分、敵にも干渉は出来んが……
それで良いよ!実用性に纏わる不便など、可愛げにしてやる!」
ダッケルの高笑いもまた、バリアーに反響した。
しかし、自身の機体を揺らぐバリアーは、ダッケルの人格矯正を嘆いているようである。そして、その過剰な庇護は、ダッケルにとって慈しまれるような感覚を生み、嫌悪感を抱かせた。
「私は出来損ないなんだよ。だからほっといてくれれば良いんだよ!出来損ないの私だから、スタームを愛せたのに。それを奪ったのは、今メサイアが守っているものなのに!」
クストの両目から涙が溢れて、バイザーの溝に流れ込む。
視界が白く滲むが、自分の機体のバリアーも同じく滲み、やはり苛立ちしか生まないものである。
それは、平和主義の人間が、命の奪い合いの場に出れば、それはただの、能天気な夢想家であるという結論だ。
空腹で道に倒れ込む自分に、延々と宗教の説法や、哲学を語られるような苛立ちである。そして、それを破る力は自分には無いのだ。
それは果てしない空腹が故である。
選り好みせず、飢えを凌ぐとなるならば、その相手はアダムとなるだろう。クストはそれを避けたいがために、このバリアーを破って欲しかった。
しかし、それは叶わない。短い期間ながら、同じ戦艦で旅をした人間であるのに、こうも理解し難い存在となった。
――「少佐、至急ノアへ帰投してください!」ーー
そのサブモニター越しの、ざらざらとした通信は、ヘルメット越しの頭を抱え込み、座席にうずくまるクストへ降りかかった。
「なんで……」
クストの言葉は短く、水っぽい。
――「准尉が、アダム准尉が。」――
そのブリッジのクルーの声は、言葉を選んでいるようで、それを察知できるのは、戦場の喧騒が夜の暗闇に溶け始めるにつれて、鎮まり始めているからである。
このバリアー、おそらく戦場全体を包み込むものであるのだろう。
「アダムがなんだ!」
クストがバイザーを上げて、顔を強引に拭った時、返事は返らなかった。
「………なんなんだよ!」
クストが、マシーンを上昇させた時、再び通信が繋がる高音が響いた。
この妙な間から、クストは先のスタームの戦死を想起したが、どうも台車を引く音がしてくるから、そうではないらしい。
――「准尉の片腕が、ありません。」――
「兄さん……!」
イブは、その通信を聴いた時、前方の黒い機体の頭部を破損した右腕で殴りつけた。
それは、完全に部品を霧散させて、人の取れかかった手首と、その先の骨で殴りつけたような、グロテスクなひしゃげ方をした。
「なにっ!……貴様、この期に及んで!」
前方の黒い機体は驚いたように叫んで、イブのドミティアンからは体を離す。槍は引き抜かれず、ラッツェルは衝撃で操縦桿に掴み掛かった。
あの赤い機体は、上空を占め始めた白い戦艦の誘導灯に従ったようである。自分達を絶えず包んだ弾幕や、敵の攻撃は、全て止んでいる。
白い月が太陽と変わって台頭した今、ラッツェルは自分から去っていくそれを、ぼんやりと見つめる他なかった。
一時的に休戦となる。
そのさらに先のタイタニスとストラッズも砲撃を中断しているからである。
しかし、その月の光が一時は雲に遮られ、
しかし再び地上を照らすのだ。
その時に、イブのドミティアンに光が集約されるのを見ると、ラッツェルは安堵の息を漏らしたのであった。




