表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢、幽霊が見えるようになったので怖いです助けてください  作者: 夜凪 蒼


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/31

第5話「祓うか聞くか」

問題の幽霊は、教会の裏庭にいた。


 修道女の格好をした若い女性。半透明。目深にフードを被って、礼拝堂の壁に背を預けるようにうずくまっている。


 アルヴィンから連絡があったのは昨日のこと。銀板に刻まれた紋章を握ると、頭の中に声が響く仕組みらしい。便利だけど怖い。脳に直接届く声は怖い。


『教会に浮遊霊が出た。祓う前に見せたいものがある。来い』


 来い、って。命令形か。祓魔師のコミュニケーション能力にも問題がある気がする。


「で、あれが?」


「ああ。三日前から居座っている。声をかけても反応がない」


 アルヴィンが腕を組んで壁に寄りかかっている。銀髪が風に揺れて、黒い長衣の襟元から白い首筋が見える。——それはどうでもいい。


「近づいてみてくれますか、ヴァイセンブルク嬢」


「私が?」


「あなたは霊と会話ができる。私には見えるだけで、声は聞こえない」


 え。


「祓魔師なのに幽霊の声が聞こえないんですか?」


「視える者と聴こえる者は別の能力です。私は前者。あなたは両方持っている」


「両方持ちたくなかった……」


「贅沢な悩みですね」


 贅沢じゃない。のしかかる重荷。


 深呼吸して、修道女の幽霊に近づく。ハロルドが背後から「大丈夫か?」と声をかけてきた。大丈夫じゃない。


「あの……すみません」


 声をかける。修道女がゆっくり顔を上げた。


 若い。十代の後半くらい。頬がこけていて、目の下に深い隈がある——幽霊にも隈ってできるんだ。


「……あなた、見えるの?」


「見えます。聞こえます」


「そう……」


 修道女の目が潤む。半透明の涙が、頬を伝って消えていく。


「何年も——何年も誰にも気づいてもらえなくて——」


「何があったんですか」


「懺悔を、聞いてほしかったの」


「懺悔?」


「私、修道女なのに——好きな人がいたの。教会の外に。でも言えなくて、そのまま病で死んで——」


 また恋の未練。幽霊の未練、恋率が高すぎないか。


「告白しそびれて死んだのか。俺と同じだな」


 ハロルドが横から口を挟む。同類意識を持つな。


「その人に想いを伝えたいの?」


「いいえ。もう——あの人も、とうに亡くなっているわ。私が死んだのは五十年前だもの」


「じゃあ、何が未練で?」


「好きだったことを——誰かに言いたかったの。口にしたことがなくて。一度も。生きている間も、死んでからも」


 声が震えている。五十年間、誰にも言えなかった秘密。


「好きだったの。パン屋のトーマスが。毎朝、教会にパンを届けに来る人で、笑顔が——すごく、温かくて——」


 修道女が声を上げて泣き始める。半透明の体が揺れて、裏庭の石畳に冷気が広がる。


 怖い。泣いている幽霊は怖い。でも——


「聞いてますよ」


 自分でも驚くほど穏やかな声が出た。前世のクレーム対応スキルが発動している。人の話を聞く。遮らない。否定しない。


「好きだったんですね」


「——うん。好きだった。すごく」


「言えてよかったですね」


 修道女が、泣き笑いの顔で頷いた。


 その瞬間——体の輪郭が光り始める。パン屋のおばさんのときと同じ。足元から光の粒になって、昇っていく。


「ありがとう……聞いてくれて——」


 声が薄れる。光が散る。裏庭に春風が吹いて、残っていた冷気を払った。


 石畳に、誰もいない。


 背後でアルヴィンが息を呑む気配がした。


「……成仏した」


「ええ」


「聖印も祓魔の詠唱も使わずに?」


「話を聞いただけですよ」


 振り返ると、アルヴィンの銀の瞳が大きく見開かれていた。初めて見る表情。あの鉄面皮に、明確な動揺が浮かんでいる。


「……ありえない」


「何がですか?」


「浮遊霊は、祓わなければ消えない。教会の教義にそう書いてある。未練を聞くだけで成仏するなど——」


「教義に書いてなくても、目の前で起きたじゃないですか」


 アルヴィンが黙った。


 長い沈黙。裏庭に鳥の声が響く。祈りの鐘が遠くで鳴って、その振動が腹の底に届く。


「……クロイツさん」


「……なんですか」


「幽霊を祓うのが間違いだとは言いません。でも——話を聞いてあげるだけで救われる霊もいるんじゃないですか?」


「……」


「五十年間、好きだったって言えなかっただけなんですよ、あの人は」


 アルヴィンの手が、懐の聖印を握りしめている。銀の十字架が、きつく握られて指に食い込んでいるのが見える。


「ヴァイセンブルク嬢」


「はい」


「あなたの方法は——認めたわけではありません。ただ」


「ただ?」


「……今回は、あなたの方法が功を奏した。それは認めます」


 祓魔師が歯を食いしばるように言った。この人、負けず嫌いだ。


「でも全ての霊がそう簡単に成仏するわけではない。話を聞いても消えない霊、聞けば聞くほど凶暴化する霊もいる。そういう存在と対峙したとき、あなたの『聞いてあげる』は無力です」


「それは——」


「そのときは、私を呼びなさい。祓魔師の仕事ですから」


 背中を向けて歩き出す。黒い長衣が翻る。


「あ、クロイツさん」


「なんですか」


「ありがとうございます。見せたいものがある、って呼んでくれて」


 アルヴィンの歩みが一瞬止まった。振り返らない。


「……別に。教会の庭を勝手に冷やされて迷惑だっただけです」


 嘘つき。


 だって、祓えたはずだ。自分ひとりで。祓魔師なんだから。それをわざわざ私に見せたのは——


「あの銀髪、ツンデレだな」


「ハロルドさん、ツンデレって言葉どこで覚えたんですか」


「お前が寝言で言ってたぞ」


「言ってない! 絶対言ってない!」


 教会を後にする。春の陽射しが暖かくて、幽霊の冷気がいない分、体が軽い。


 祓うか、聞くか。


 答えはまだ出ていない。でも、少なくとも今日——ひとりの幽霊が、笑って消えた。


 それだけは、怖がりの私でも、悪くなかったと思えた。


 一か月の猶予は、あと二十日。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ