第23話「繋がる糸」
ピッピが紅茶を淹れてくれる。湯気の向こうに、彼女のいつも通りの笑顔が見える。
「お嬢様、お顔の色が悪いですよ。幽霊みたいです」
「幽霊に毎日会ってるからかしらね」
「そういうものなんですか? 感染するんですか、幽霊って」
「しません」
ピッピの天然は薬だ。王宮で重たい話を聞いた後、この子の的外れな会話に何度救われたか分からない。
テーブルの上に、広げた紙がある。ここ数日で分かったことを整理した図。アルヴィンが几帳面な字で書き出してくれたもので、インクの匂いがまだ新しい。
百年前の夜。一晩で三つの命が消えた。
王妃マルガレータ——毒殺。侍女エリーゼ——口封じ。騎士ハロルド——エリーゼを探して、斬殺。
三本の線が、一つの点で交わっている。
「全部、あの夜に起きたことだったんですね」
アルヴィンが頷く。
「王妃が毒殺された。侍女が犯人を突き止めようとして殺された。騎士が侍女を探して殺された。一人の死がもう一人の死を呼び、三人とも同じ夜に命を落とした」
「そしてマルガレータ様は王宮に、ハロルドは城の外に、それぞれ幽霊として残った」
「エリーゼの魂の所在は分からないままだ」
ハロルドが窓辺に立っている。外を眺めている——というより、外のどこかにいるかもしれないエリーゼを探しているのだろう。
「嬢ちゃん」
「はい」
「俺が死んだ場所は覚えている。城の北門を出てすぐの橋のたもとだ。エリーゼが連れ出されたのも、おそらく北門。マルガレータ様がそう言っていた」
「北門の橋」
「今もあるか分からないが——百年前は、あの橋の下に小さな礼拝堂があった。逃げるなら、そこしかない」
アルヴィンが紙に書き足す。「北門・橋・礼拝堂」。
「調べてみよう。古い地図が教会の書庫にあるはずだ」
「お願いします」
紅茶を一口飲む。カモミールの穏やかな香り。温かさが喉を通って胸に落ちていく。
「でも、怖いですわね」
「何が」
「百年前に三人が死んで、それぞれの未練が残って、全部繋がっていたなんて。しかも私が全員に関わることになるなんて。前世で何かしましたかね、私」
「前世って何だ」
「な、何でもありません」
危ない。前世の話はアルヴィンにはしていない。幽霊が見えるだけでも十分おかしいのに、前世の記憶まであると知られたら変人を通り越して珍獣だ。
「ねえ、お嬢様」
ピッピが首を傾げる。
「三人が同じ夜に死んだってことは——三人とも、同じことを大事にしていたんじゃないですか?」
「同じこと?」
「だって、王妃様は国のために声を上げたし、侍女さんは王妃様を守ろうとしたし、騎士さんは侍女さんを探しに行ったんでしょう? みんな、大事な人を守ろうとして死んだんですよね」
ピッピが笑う。何でもないことのように。
「素敵なお話ですね」
「……ピッピ」
「はい?」
「あなた時々すごいこと言うわよね」
「え? 普通のことしか言ってませんけど」
普通じゃないのだ。でも、ピッピにとっては普通で——だからこの子は強い。見えないものに怯えない代わりに、見えるものの本質を真っ直ぐ掴む。
三人とも、大事な人を守ろうとして死んだ。
マルガレータは国と国民を。エリーゼは主人であるマルガレータを。ハロルドは恋人のエリーゼを。
守ろうとした糸が、百年の時を超えて絡まり合っている。その糸を解くことが、三人の魂を送ることに繋がるのだとしたら——
「嬢ちゃん、顔つきが変わったな」
「そうですか?」
「ああ。いつもの『怖い怖い怖い』が引っ込んでいる」
「怖いですよ。めちゃくちゃ怖いですよ。百年前の暗殺事件に首を突っ込むなんて前世の私が聞いたら全力で逃げてますよ」
「はは。でも逃げてないだろう」
「逃げられないんです。だって、あなたが泣くから」
ハロルドが目を見開く。
「俺は泣いてない」
「昨日泣いてましたよ」
「あれは——目にゴミが入っただけだ」
「幽霊の目にゴミ入ります?」
「……入ることもある」
入らないと思う。
アルヴィンが立ち上がる。
「明日、教会の書庫に行く。北門の礼拝堂について調べてから、改めてマルガレータ様に話を聞こう」
「分かりました」
「それと——クリストフ殿下にも、そろそろ伝える必要がある」
空気が硬くなる。
「王家の秘密を、現王族に伝えるということですわね」
「避けては通れない。殿下が依頼した以上、結果を報告する義務がある」
「でも、殿下の祖先が——」
「事実は事実だ。隠し続ければマルガレータ様の未練は解けない」
正論だ。正論だけど、それを聞くクリストフ殿下の顔を想像すると、胃がきりきり痛む。
「お嬢様」
ピッピがカップにお茶を注ぎ足してくれる。
「お嬢様はいつも難しいことを考えすぎです。まず甘いものを食べましょう。クッキー焼いたんです」
「ピッピ、今そういう話じゃ——」
「疲れた時は甘いもの。お化けも甘いもので解決です」
「解決しません」
でも、差し出されたクッキーを受け取ってしまう。バターの香ばしい匂い。一口かじると、素朴な甘さが口に広がる。
解決はしない。しないけれど、もう少しだけ頑張れる気がする。
百年越しの糸を、一本ずつ解いていく。
怖いけれど——繋がった糸の先に、きっと答えがある。




