第21話「王家の秘密」
マルガレータの声は、百年分の埃をそっと払うように穏やかだ。
「あの夜、私は毒を盛られたの」
——いきなり重い。
怖い話は怖いけれど、マルガレータの語り口があまりに淡々としていて、恐怖より先にやるせなさが込み上げてくる。
「当時、王位継承を巡って二つの派閥があったわ。私の夫——国王フリードリヒを支持する穏健派と、弟のヴィルヘルムを推す強硬派」
マルガレータが宙を見つめる。その視線の先には、もう誰もいない玉座の間がある。
「強硬派は、私を排除すれば国王の意志が折れると考えた。妻を失えば、あの人は壊れるだろうと」
「それで……毒を」
「ええ。晩餐の白ワインに。舌の上にほんの少しだけ苦味が残ったの。あら変ね、と思った次の瞬間には——」
マルガレータが自分の胸に手を当てる。
「倒れていたわ。目が覚めたら、こうなっていた」
こうなっていた。幽霊になっていた。百年前の政変の犠牲者が、まるで昨日の出来事のように語る。
私は膝を抱えて座り込んでいた。怖いからじゃない——いや、怖いのもあるけれど、それ以上に足の力が抜けてしまったのだ。
「けれどね、問題はその後なの」
「後?」
「ヴィルヘルムが王位についた後、歴史は書き換えられた。私は病死したことにされ、強硬派によるクーデターは『平和的な王位継承』と記録された」
——歴史の改竄。
百年前の政変の真実が、目の前の幽霊の口から語られている。
「今の王家は、ヴィルヘルムの血筋。つまりクリストフ殿下は……」
「ええ。私を殺した側の子孫、ということになるわね」
扉の向こうにいるクリストフ殿下の顔が浮かぶ。何も知らずに、自分の祖先が正当な王位継承者だと信じている彼の顔が。
「マルガレータ様は、それを伝えたいのですか。真実を」
「伝えたい——そうね、最初はそう思っていたわ。怒りもあった。悔しさもあった」
マルガレータの手が、自分の髪を撫でる。
「でも百年も経つと、怒りの形が変わるのよ。私が本当に望んでいるのは——」
言葉が途切れる。
「復讐じゃないの。嘘が正されること。ただ、事実が事実として残ること。それだけ」
ただ、事実が事実として。
百年間、嘘が真実として語り継がれてきた。マルガレータの死は病死で、政変は平和的で、今の王家は正当な継承者。その嘘の上にこの国が建っている。
「嬢ちゃん」
ハロルドの声がする。振り返ると、百年前の騎士の顔が、これまで見たことのないほど険しい。
「この話は——俺も、少しだけ知っている」
「ハロルド」
「あの夜のことは、俺もよく覚えているんだ。城中が騒然としていた。王妃殿下が倒れたと聞いて、俺は——」
ハロルドが口をつぐむ。拳を握りしめている。幽霊なのに、その手が震えて見える。
「その話は、また後で聞かせてもらえますか」
「……ああ」
アルヴィンが腕を組んで壁に寄りかかっている。祓魔師の目が鋭い。
「百年前の暗殺。王家の秘密。面倒なことになりそうだな」
「面倒? 人が殺されたんですよ」
「ああ。だから面倒だと言っている。幽霊の未練を解くだけなら、俺たちの領分だ。だが王家の歴史に踏み込むとなると——」
アルヴィンが視線を扉の方に向ける。
「あの殿下に、知らせるか」
知らせるか。
自分の祖先がクーデターで王位を奪い、正当な王妃を暗殺していた。その事実をクリストフ殿下に伝えるかどうか。
「……考えさせてください」
マルガレータが柔らかく笑う。
「急がなくていいのよ。百年待ったんですもの。もう少しくらい、待てるわ」
その余裕が、逆に胸を締めつける。
部屋を出ると、クリストフ殿下が壁に背を預けて待っていた。腕を組んで、眉間に皺を寄せて。
「どうだった。幽霊は——いたのか」
「はい。いらっしゃいました」
「何を言っていた」
一瞬、迷う。
「……まだ、聞き取れていないことが多くて。もう少し通う必要があります」
嘘をついた。
生者が嘘をつくのを、死者はどう見ているのだろう。
背中に、マルガレータの視線を感じた。




