第18話「変わった令嬢」
王宮の応接間に呼ばれた。
断罪された人間が王宮に呼ばれるのは、普通は二度目の処罰だ。胃が痛い。朝食のスープが喉を通らなかった。
「お嬢様、お顔が白いですよ」
「白くもなるわ。断罪した王子に呼び出されたのよ」
「何かいいことかもしれませんよ?」
「ピッピの楽観は一周回って尊敬するわ」
応接間は金と白の内装で、調度品のどれもが私の実家の年収より高そうだった。椅子の座面がふかふかすぎて尻が沈む。落ち着かない。
紅茶が出てきた。高級な茶葉の香りが湯気に混じって漂う。一口飲む。美味しい。美味しいけど味が分からないほど緊張している。舌が美味しいと言っているのに脳が受け取りを拒否している。
扉が開いた。
クリストフ・ド・リヒト。第一王子。金髪碧眼の、いかにも王子然とした男。私を断罪したときは冷たい顔だったが——今日は少し違う。眉間の皺が深い。困っている顔だ。
「待たせたな」
「いえ」
「座っていろ」
「座ってます」
微妙な間ができた。
クリストフが向かいの椅子に腰を下ろす。紅茶に手をつけない。両手を組んで、しばらくこちらを見ている。
「単刀直入に言う」
「はい」
「王宮の幽霊を——何とかしてくれ」
来た。分かってはいた。手紙の時点で分かってはいたが、正式に依頼として言われると重みが違う。
「図書室の件は聞いている。侍従から報告があった。本が飛んだらしいな」
「飛びました。かなり激しく」
「お前が叫んだ声が廊下まで聞こえたそうだ」
「申し訳ございません」
「謝るところではない」
クリストフが腕を組み直す。
「図書室だけではない。東棟の廊下で足音が聞こえる。大広間の蝋燭が勝手に消える。王妃の寝室だった部屋から、夜中に泣き声がする」
「泣き声」
「使用人が怯えている。今月だけで三人辞めた」
深刻な話だ。幽霊が人手不足の原因になっている。ある意味、幽霊の方が影響力があるのでは。
ハロルドが壁際に立って聞いている。表情が硬い。昨夜、黒髪の女性——百年前の王妃の侍女——の話が出てから、ハロルドはどこかぎこちない。
「正式に依頼する。報酬は出す。祓魔師のアルヴィン・ノイエも同行させる。必要な人員と物資は王宮が用意する」
「あの——一つ確認してよろしいですか」
「何だ」
「殿下は、私を断罪されましたよね」
空気が固まった。ピッピが紅茶のカップを持ち上げたまま止まっている。
クリストフの目が細くなる。
「覚えている」
「私も覚えております」
「それが何だ」
「断罪した相手に助けを求めるというのは——率直に申し上げて、奇妙ではございませんか」
沈黙。
紅茶の湯気だけが立ち上っている。窓の外で鳥が鳴いた。
クリストフが、視線を逸らした。窓の方を見ている。
「……奇妙だろうな」
「ですよね」
「だが——他に頼める者がいない」
断罪した相手に頭を下げる王子。これはこれで面白い構図だ。笑ったら打ち首だろうから黙っているが。
「祓魔師はアルヴィンがいる。だがアルヴィンは幽霊が見えない。祓えても、話を聞けない」
「話を聞く必要があるのですか」
「図書室の幽霊は——何かを訴えていた。ただ祓うだけでは解決しない。そう感じている」
意外だ。クリストフにそういう感性があるとは思わなかった。断罪の場では、こちらの弁明を一言も聞かずに追放を宣告した人間なのに。
いや——それは今は関係ない。
「お引き受けします」
「条件は」
「報酬のお話の前に一つ。幽霊の願いを聞いて、可能な限り叶えることを優先させてください。祓うのは最終手段です」
「願いを叶える?」
「幽霊には未練があります。その未練を解けば、自然と成仏する。無理に祓う必要はありません」
クリストフが眉をひそめる。理解しがたいという顔。
「お前は——幽霊の味方なのか」
「味方というか——死んだ人にも事情があるので」
「死んだ人に事情」
「はい。生きている人と同じように」
クリストフがしばらく黙った。
紅茶が冷めていく。カップの表面に光が反射して、天井の装飾が映り込んでいる。
「お前は……変わった令嬢だな」
その言い方が、不思議と嫌ではなかった。
「断罪されたときも変わっていたが、今はさらに変わっている」
「褒めていますか」
「分からん。自分でも」
正直な人だ。断罪のときはそう思わなかったけれど。
「では——改めて依頼する。王宮の幽霊を、お前のやり方で鎮めてくれ」
クリストフが手を差し出した。握手。断罪した手と断罪された手が握り合う。
手のひらが温かかった。生きている人間の手は温かい。幽霊の冷気に慣れすぎて、それが新鮮に感じる自分が少し可笑しかった。
「よろしくお願いいたします、殿下」
「クリストフでいい。王宮内で殿下と呼ばれると堅苦しい」
「では、クリストフ様」
「様もいらん」
「さすがにそれは令嬢の矜持が」
「好きにしろ」
帰り道、ピッピが言った。
「王子様、思ったより普通の方でしたね」
「普通かしら」
「お嬢様を断罪したときはもっと怖い方だと思ってましたけど、困ってる顔は普通の人でした」
ピッピの観察眼が、たまに鋭い。鈍感なのか鋭いのか分からない子だ。
ハロルドが歩きながら——いや、浮きながら言った。
「リーゼロッテ。王宮の幽霊の件、俺にも関係があるかもしれない」
「ハロルドさん?」
「百年前の王妃の侍女。もし——その侍女がエリーゼだったら」
足が止まった。
エリーゼ。ハロルドの恋人。百年前に生き別れた人。
「まさか」
「まさか、だ。だが——確かめたい」
ハロルドの目が真剣だ。百年間笑ってきた幽霊が、今は笑っていない。
王宮の塔が夕日に照らされて長い影を落としている。その影の中に、百年分の秘密が眠っているのかもしれない。
「確かめましょう」
「怖いだろう。あの女性は」
「怖いです。めちゃくちゃ怖いです。本を投げてきましたし」
「だが」
「でも——ハロルドさんのためなら、もう一回怖がれます」
ハロルドが笑った。「変わった令嬢だと、俺も思う」
「今日二回目ですよ、それ」
「二回言われるほど変わっているということだ」
王宮の幽霊。百年前の王妃の侍女。ハロルドの恋人かもしれない人。
怖い。
でも——ここから先は、怖がっているだけではいられない。




