第14話「銀髪の祓魔師」
教会の裏庭で、アルヴィンがお茶を淹れてくれた。
意外だ。祓魔師はもっとこう、聖水とか十字架とか、物騒なものを出してくるイメージだったのに。出てきたのはハーブティーである。カモミールの甘い香りが湯気に乗って鼻をくすぐる。
「ありがとうございます」
「礼はいい。話があるから呼んだだけだ」
「話?」
「東通りの孤児院への寄付の件。あれは泥棒の盗品だろう」
「——はい」
「教会としては見過ごせない、と言いたいところだが」
アルヴィンがカップを口に運ぶ。銀髪が午後の光を反射して、やけに眩しい。この人は見た目だけは完璧に祓魔師をやっている。
「孤児院の子供たちが喜んでいたと聞いた。新しい毛布を買えたらしいな」
「はい。院長さんが」
「なら——今回は不問にする」
少し驚いた。この人はもっと堅物だと思っていた。「幽霊は祓うべきだ」と断言していたあの口が、泥棒の幽霊の善行を認めている。
「意外ですか」とアルヴィンが聞く。
「少し」
「俺も自分で意外だ」
教会の裏庭は静かだった。鐘楼の影が長く伸びて、古い壁の苔が午後の光で緑に輝いている。猫が一匹、塀の上で丸くなっている。
「リーゼロッテ」
「はい」
「お前は、幽霊が怖くないのか」
「怖いです。毎回怖いです」
「だがお前は逃げない」
「逃げたいですよ。全力で。でも逃げたら聞けないから」
アルヴィンがカップを置いた。陶器がテーブルに当たる小さな音。
「俺は——逃げた側だ」
え、と声が出そうになって、飲み込む。
アルヴィンの目がテーブルの木目を追っている。視線が遠い。今ここにいない人の目だ。
「七歳のとき、初めて幽霊を見た」
「見えるんですか? アルヴィンさんも」
「昔は見えた。今はもう見えない」
カモミールの香りが薄れていく。代わりに、冷たい——幽霊の気配ではなく、記憶の冷たさのような空気が漂う。
「教会の地下室で迷子になった。暗くて、寒くて、出口が分からなくて。泣いていたら——白い女が立っていた」
アルヴィンの声に抑揚がない。事実を報告するように、淡々と話す。
「百年は前に死んだ修道女だったのだろう。何か言いかけていた。だが俺には声が聞こえなかった。口が動いて、手を伸ばして——」
「怖かった?」
「死ぬかと思った」
七歳の男の子にとって、暗闇の中で白い影が手を伸ばしてくる光景は、想像するだけで胃が縮む。
「叫んで、逃げた。壁にぶつかって、階段を転がり落ちて、額を切った。この傷がその時のものだ」
アルヴィンが前髪をかき上げる。額の左側に、薄い傷跡がある。言われなければ気づかない程度の、でも確かにそこにある古い傷。
「修道女は——何か伝えたかったのかもしれない。でも俺は聞かなかった。聞けなかった」
「七歳ですよ。怖くて当然です」
「そうかもしれない。だが——あの修道女は、きっと誰かに聞いてほしかったんだ」
猫が塀の上で伸びをする。日向が動いて、アルヴィンの顔に影が落ちる。
「祓魔師になったのは、怖かったからだ」
「怖いから?」
「幽霊が怖い。だから消したかった。祓えば、怖いものがなくなる。そう思っていた」
その理由を聞いて、私は少しだけ——胸の奥がざわついた。
怖いから消す。気持ちは分かる。私だって幽霊が見えるようになった日、見えなくなる方法を必死で探した。怖いものは消えてほしい。当たり前の感情だ。
「でも消えなかった?」
「消えないんだ。幽霊を祓っても、怖さは消えない。次の幽霊が現れるたびに、同じ恐怖が戻ってくる」
アルヴィンがこちらを見た。
「お前に会って、考え方が変わり始めている」
「私に?」
「お前は怖がりながら話を聞く。泣きながら声を届ける。俺が長い間避けてきたことを、震えながらやっている」
「褒めてるんですか、それ」
「褒めている」
「もう少し褒めてる感じの顔で言ってもらえると嬉しいのですが」
「これが精一杯だ」
真顔である。祓魔師の精一杯が真顔なのは、少し悲しい。
ハロルドが庭の隅から「いい雰囲気だなぁ」とにやにやしている。黙っていてほしい。
「アルヴィンさん」
「何だ」
「私も怖いです。毎回、本当に怖い。天井から幽霊が降ってきたときは心臓が止まるかと思いましたし、夜中に壁から手が生えてきたときは三日間眠れませんでした」
「壁から手?」
「ハロルドさんが寝坊して壁をすり抜けてきたんです。手だけ先に出てきて」
「それは怖いな」
「怖かったです。悲鳴で近所が起きました」
アルヴィンの口元が、ほんの少しだけ動いた。笑ったのだ。ほんの一瞬。見逃しそうなくらい小さく。
「でも——聞くことにしました。怖いけど」
「なぜだ」
「だって放っておけないから。泣きながらでも、震えながらでも、聞けるなら聞きたいんです」
風が吹いて、カモミールの香りが戻ってくる。冷めかけたハーブティーを一口飲む。ぬるい。でも甘い。
「お前は——」
アルヴィンが何かを言いかけて、止める。
「何ですか?」
「いや。……お前と組めて、悪くないと思っている」
「組む?」
「幽霊の問題を解決するのに、祓う以外の方法があるなら。俺も——学びたい」
銀髪の祓魔師が、真面目な顔でそう言う。教会の鐘がどこかで鳴っている。三時の鐘だ。
「じゃあ、次の幽霊が出たら一緒に来てくれますか」
「行く」
「怖がってもいいですからね」
「祓魔師は怖がらない」
「本当ですか?」
「……本当だ」
嘘だ。この人はまだ怖いのだ。七歳のあの日から、ずっと。
でもそれを指摘するのは今じゃない。
ハロルドが空中であくびをしながら言う。「なかなかいい相棒ができたじゃないか」
相棒。祓魔師と泣き虫令嬢。怖がりが二人。
心強いのか心もとないのか分からないけれど——一人より怖くないのは、確かだ。
「ところでアルヴィンさん、もう一杯いただけますか。カモミールティー、美味しいです」
「……好きなだけ飲め」
祓魔師のお茶は、思ったよりも優しい味がする。




