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悪役令嬢、幽霊が見えるようになったので怖いです助けてください  作者: 夜凪 蒼


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第12話「泥棒の宝」

夜中にベッドの中で丸くなっていたら、天井から男が降ってきた。


「よぉ、嬢ちゃん」


「ぎゃああああああ!」


 飛び起きた拍子にシーツが絡まって、ベッドから転がり落ちる。尻を強打。痛い。幽霊よりも尻が痛い。


「おいおい、そんなに驚くなよ」


「天井から降ってくる方がおかしいでしょう! 普通に扉から入ってきてください!」


「扉は生者用だろ。俺は幽霊だから天井から来た」


「幽霊のルールが分かりません!」


 ハロルドが壁をすり抜けてきた。こちらは慣れたものだ。慣れたくなかったけれど。


「騒がしいな。何事だ」


「天井から人が降ってきました」


「幽霊だろう」


「幽霊でも天井から降ってきたら怖いですよ!」


 天井から降ってきた男は、痩せぎすで目つきが鋭く、ニヤニヤした笑みを浮かべている。生前はどう見ても堅気ではない。


「名前は?」と私が聞くと、男は肩をすくめた。


「ジルって呼んでくれ。本名は墓の下に置いてきた」


「格好つけてますけど、幽霊ですよね」


「幽霊だが格好つけちゃいけねぇってことはないだろ」


 ハロルドが腕を組む。「で、用件は」


 ジルは空中であぐらをかいた。浮いている。幽霊は浮けるらしい。ハロルドは律儀に地面に立っているのに。


「生前、ちょいとした宝を隠してある。掘り出して届けてほしいんだ」


「宝」


「おう。王都の東門を出て、三本目の楡の木の根元に箱を埋めた。中身は金貨と宝石。まぁまぁの額だ」


「それは——正当に稼いだものですか」


「嬢ちゃん、鋭いね」


「鋭いというか、あなたの見た目が全部語ってますけど」


 ジルは笑った。歯が欠けている。幽霊なのに歯が欠けたまま存在しているのは、自分の姿をそう認識しているからだとハロルドが前に教えてくれた。


「泥棒だよ、俺は。屋敷に忍び込んで金品を頂戴する、立派な犯罪者だった」


「立派ではないと思いますけど」


「で、貯め込んだ宝を使う前にくたばっちまった。間抜けだろ?」


「なぜ私に?」


「噂を聞いたんだよ、幽霊仲間から。泣き虫の令嬢が、幽霊の願いを聞いてくれるって」


 泣き虫。心にちくりときたが、今は置いておく。


「宝をどうしたいんですか。ご家族に渡してほしいとか?」


「家族はいねぇ。孤児だったからな」


 ジルの声が少しだけ変わった。ニヤニヤ笑いの奥に、別の表情が滲む。


「東通りの孤児院に——寄付してくれねぇか」


「孤児院に?」


「俺が育った場所だ。まだあるかは知らねぇけど。あそこの飯がまずくてよ。麦粥に塩すら入ってなかった。冬は毛布が足りなくて、年上の奴らが年下に譲って、自分は壁際で丸くなって寝てた」


 ジルが空中であぐらを崩す。足を投げ出して、天井を見上げる。


「盗んだ金で何をしようと思ってたかって? 正直、自分でも分かんなかった。使い道がなかったんだ。欲しいものなんか、もう——」


 言葉が途切れる。


「……ガキの頃に欲しかったものは、金じゃ買えなかったからな」


 寝室の空気が冷たくなる。ジルの感情が溢れているのだ。腕に鳥肌が立つ。


 ハロルドが静かに言った。「引き受けるか?」


「もちろん」


 翌朝、ピッピを連れて東門を出た。アルヴィンにも声をかけたが「泥棒の幽霊の手伝い? 教会の人間が?」と渋い顔をされた。


「でも孤児院への寄付ですよ」


「……まぁ、孤児院なら」


 結局来た。


 三本目の楡の木は、すぐに見つかった。問題は、掘る道具がないことだ。


「ピッピ、なにか掘れるものある?」


「お弁当用のスプーンならあります」


「スプーンで宝探しは厳しいわね」


「あとフォークも」


「フォークでも厳しいです」


 アルヴィンが無言でマントを脱いで、腕まくりをした。素手で掘り始める。


「え、手で?」


「他に方法があるか」


「祓魔師って力仕事もするんですか」


「しない。だが掘らないと終わらない」


 銀髪に土がつく。祓魔師の威厳が音を立てて崩れていくのを、私は見ていた。ジルが幽霊のくせに腹を抱えて笑っている。


「嬢ちゃん、あの兄ちゃん面白いな」


「面白がらないでください。あなたの宝を掘ってるんですよ」


 三十分ほどで、木箱が出てきた。腐りかけだが、中身は無事だった。金貨と——小さな宝石がいくつか。まぁまぁどころではない。かなりの額である。


「これ、本当に全部孤児院に?」


「おう。全部だ」


「ジルさん、あなた——」


「感動するのはやめてくれ。泥棒が格好つかねぇだろ」


「もう泣きそうなんですけど」


「泣くな泣くな。俺が困る」


 東通りの孤児院は、まだあった。


 建物は古く、壁のひび割れを漆喰で何度も塗り直した跡がある。洗濯物が窓から垂れ下がっていて、子供たちの声が中から聞こえる。


 院長は年配の女性で、木箱を見て目を丸くした。


「これは……どなたからの?」


「匿名の方です。この孤児院で育った方から、と伝えてほしいとのことでした」


 院長の目が潤む。「まぁ……そうですか。ここの子が」


 ジルが院長の横に立っていた。見えていない。見えないけれど、ジルは院長の顔をじっと見ている。


「知ってる顔だ」とジルが呟いた。「あの人、昔の院長の娘だ。ちっちゃい女の子だったのに」


 院長が木箱を開けて、金貨を一枚取り出す。光を受けてきらりと光る。


「毛布を買えますね。冬用の厚いやつを」


 ジルが笑った。歯が欠けたままの、でも——さっきまでとは全然違う笑みだった。


「よかった」


 彼の体が薄くなり始める。光に溶けていく。


「嬢ちゃん、ありがとな。——泣くなって言ったろ」


「花粉です」


「今は秋だぜ」


「秋の花粉です」


 ジルが消える。最後に見えたのは、手を振る後ろ姿。


 帰り道、アルヴィンが泥だらけの手を見ながら言った。


「泥棒でも、成仏するんだな」


「未練が解けたら、誰でも」


「……お前がそう言うと、説得力があるな」


「泣いてるからですか」


「泣いてるからだ」


「泣いてないです」


「鼻が赤いぞ」


 ピッピがお弁当のスプーンを洗いながら、のんびり言った。


「お嬢様、今日も誰かとお話しされてたんですね。見えませんけど」


「見えなくていいのよ、ピッピ。見えない方が幸せなこともあるから」


 孤児院の窓から、子供たちの歌声が聞こえてくる。


 ジルが聞きたかったのは、きっとこういう声だったのだと思う。

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