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ボーイズアイドル殺人事件  作者: 貴堂水樹
終章 あるアイドルの旅立ち

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42/42

3.

 土曜の成田空港はたいそうなにぎわいを見せていた。ゴールデンウィークはとうに終わっているというのに、成美たちと同じ沖縄・那覇行きの飛行機に搭乗する客は多かった。

「はぁ。いいなぁ沖縄。やっぱり僕も行きたかったですよ」

 唇を尖らせた本堂がまだブツブツ言っている。見送りに来いだなんて一言も頼んでないのに、いつの間にか樹からフライト時刻を聞き出し、空港まで車で送ってくれた。

「一緒に来ればよかったのに、本堂さんも」

 樹はそう言うし、本堂も泣き真似をして「そうだよねぇ、そうだよねぇ」と媚びてくるけれど、成美は断固として「イヤ」という意見を変えなかった。せっかくの親子水入らずの沖縄旅行を本堂ごときに邪魔されてはたまらない。旅行といっても、一番の目的は平良倫瑠の散骨、供養なのだけれど。

「じゃ、そろそろ行くから。送ってくれてありがとう」

 成美が素っ気なく本堂に言うと、本堂はすっかりしょげかえった顔で「いってらっしゃい」と手を振った。

「お土産待ってます。沖縄らしいものならなんでもいいです。シーサーとか」

 なぜシーサーをチョイスする。そういえば樹も名古屋土産は金のシャチホコがいいと言っていたけれど、男とはそういうものなのか。土産といえば食べ物じゃないのか。

 本堂に手を振り、成美は樹とともにチェックインカウンターへ向かって歩き出した。一泊二日の小旅行。樹とこうして東京を離れるのは成美の母が生きていた頃以来だ。あれは何年前だっただろう。樹はまだ小学校の低学年だった。

「よかった、受験の前に旅行に行けて」

 ゴロゴロとキャリーケースを引く成美の隣で、小ぶりなボストンバッグ一つを提げた樹がつぶやいた。

「ありがと、母さん。これで受験勉強がんばれる気がする」

 樹の口から唐突に、素直なお礼の言葉が飛び出した。成美はまじまじと樹を見た。

 今回の沖縄行きに樹を連れていこうと思ったのは、仁木魁星殺しのからくりを見破ってもらったお礼をしたかったからだ。なのに、成美のほうが樹に礼を言われている。どうしていつもこうなるのだ。

 ここ最近、どうも樹に一歩先を行かれているような気がしてならない。母親としての威厳はもはや完全に消失したか。息子に飼い慣らされる母親。情けない限りだが、仕方ない。

「私のほうこそありがとう。いっちゃんのおかげで、今岡灯真を逮捕できた」

「そんなことないだろ。じっくり考えれば、母さんにだっていずれ見抜けたトリックだったと思うけど」

「そうかもしれない。でも、今回はあの場で今岡の身柄を押さえられなきゃダメだったの。平良さんのご遺体が見つかったら死ぬつもりだったと言っていたから、今岡は」

 どうしても今岡に生きて罪を償わせたいとか、今回に限ってはそういうことではなかった。純粋に、若い命が無闇に失われることを心が拒絶していただけだ。

 八月で十九歳になるという今岡灯真に、なぜか樹の姿を重ねてしまった。彼らBillionのメンバーは皆、どことなく樹に似たところがあるように思えてならない。

 不安定で、曖昧で、世間に対してどこか斜に構えているくせに、遠くにある小さな光に憧れるような目をしている。若さとはそういうものなのかもしれない。知らないことが多すぎるからこそ、目の前にあるなにかに憧れることでしかうまく生きていけないのだ。

 樹はなにに憧れているのだろう。両親の揃ったあたたかい家庭を持つ未来だろうか。金銭的に裕福な人生を送ることだろうか。

 叶わない願いはあまりにも多い。失いたくないものを失ってしまうことも。

 それでも前に進んでいく力を樹には身につけてほしい。できれば人の道を踏みはずすことなく、自分の気持ちに決着がつけられる強さを。

「そういえば、いっちゃん」

「うん」

「名古屋での事件の時、なんて言って本堂を脅して事件の詳細を聞き出したのよ」

 東京にいた樹がやけに詳しく仁木殺しの現場の様子を知っていたのは、本堂が立場もわきまえずベラベラと捜査情報をしゃべり尽くしたからだ。ただ、本堂は非常識な人間ではない。しゃべってしまったのは、絶対にしゃべらなければならなくなるようなのっぴきならない事情があったからに違いないのだ。

「人聞きの悪いことを言うなよ」

 樹は刑事の前で堂々としらばっくれた。

「脅してなんかいないって。おれはただ本堂さんに『教えてください』って素直にお願いしただけで」

「ただお願いされただけで捜査情報を民間人に教える刑事がどこにいるのよ。白状しなさい。なにを理由に本堂を脅したの」

 刑事としてあるまじき趣味を持っているのか。それとも、なんらかの悪事に手を染めているのか。

 樹はちらりと成美を見た。二秒ほど見つめ合い、再び前を向いて言った。

「母さんにはまだ言えない」

「『まだ』?」

「そう、まだ」

「ちょっと、『まだ』ってなによ。なにが『まだ』なの!」

 さぁね、と樹は笑う。成美の追及はのらりくらりとかわされる。

 親子の会話って、こんな感じでいいのかな。

 母親初心者みたいなことを思って、成美も樹の隣で笑った。


 【ボーイズアイドル殺人事件/了】

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