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ボーイズアイドル殺人事件  作者: 貴堂水樹
終章 あるアイドルの旅立ち

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41/42

2.

 事件の時には終始毅然とした態度を崩さなかった青塚遼太郎も、ようやく疲れの色が隠せなくなってきた様子だった。四十歳を過ぎると年齢が露骨に響いてくる。伝説のロックバンドの天才ボーカルと言えど、からだの衰えに抗うことは難しいようだ。

「お疲れのようですね」

 成美がストレートに尋ねると、社長室の中央に備えられた高価なソファの向かい側に座った青塚は「くたくたです」と正直に答えて苦笑した。

「心がまったく追いついてきてくれません。この数週間のうちに、大切なものをいくつも失いました」

「お察しします。三栗谷さんも事務所をやめられたとか」

「えぇ。もう少し私の手もとでじっくり育てたいと思っていた子だったのですが、彼の意思は固かった。私もかつてはバンドマンとして表舞台に立っていましたから、自分のやりたいことをやれる環境を求める気持ちはとてもよくわかるのでね。最後には退社を許すしかありませんでした」

 はじめて会った時には凜々しさや気高さを感じる風貌だった青塚も、今じゃすっかり目つきは和らぎ、我が子の旅立ちをやや心配そうに見送る父親のような顔をしていた。さみしい思いをしつつ、青塚も三栗谷がいつかさらなる高みへ登り詰める日を楽しみにしている一人なのだ。

「それで」

 前置きはここまでと、青塚のほうから切り出した。

「私を訪ねてこられた本当の理由をお伺いしましょう」

 話のわかる人でありがたい。成美には一つ、青塚にどうしても訊いておきたいことがあった。

「これからするお話は、私の邪推である可能性が完全には否定できません。ですので、先に謝っておきます。貴重なお時間を取らせてしまい、申し訳ありません」

「結構です。ぜひお聞かせ願いたい」

 成美は今一度軽く頭を下げ、「深瀬岳さんのことです」と言った。

「平良倫瑠さんの殺害について、深瀬さんが皆さんの前で告白した時のことを覚えていらっしゃいますか」

「えぇ、もちろん」

「あの時、彼は言っていました。麻薬に手を出すようなチンピラとの付き合いがあったことを、なぜ平良さんに知られたのかわからないと。この点について、私も疑問に思いました。いくら平良さんの目に深瀬さんの様子がおかしく映ったと言っても、プライベートの時間に尾行してまでその原因を探ろうとするというのはいささか度が過ぎているように感じます。もちろん、Billionの皆さんがプライベートでも仲がよく、特に名古屋から単身上京してきていた蝉川さんのご自宅に集まって遊ぶことが多かったと伺っています。だとしても、平良さんにできたことは深瀬さんへの気づかいの声かけだけだったと思うのです。大丈夫か、なにか困っていることがあるなら相談してほしいと、それだけで十分だったのではないかとお思いになりませんか」

 青塚はうなずくこともせず、じっと成美の目を見つめて話を聞いていた。話し終えるまで口を開くつもりはないのだろうと察し、成美は続ける。

「なにより私が気になったのは、深瀬さんが平良さんから『社長もきみのことを気にしてる』という言葉を聞いたというお話です。なぜ平良さんはそのようなことを深瀬さんに告げたのでしょうか。深瀬さんに心を開いてほしいと思ったから? 私は違うと思いました。平良さんは実際に、あなたから『深瀬の様子がおかしい』という言葉を聞いたのではないか。あるいは『深瀬が悪い連中とつるんでいるようだ』とあなたに吹き込まれたのではないか。そう考えれば、平良さんが深瀬さんを尾行したことにも納得がいきます。社長の言っていたことは本当だろうか、深瀬のことを助けてやらなくちゃいけないのでは……。優しく頼もしい兄貴肌だったという平良さんをあなたは言葉巧みに操り、深瀬さんを窮地から救わせようとしたのではありませんか。一匹狼タイプだったという深瀬さんを平良さんに救わせることで、深瀬さんがよりグループに馴染みやすくなる……そんなことも同時に考えていたのではありませんか」

 すべての発端は、青塚遼太郎にあった。もちろん青塚は平良倫瑠が死に至る未来など予想もしていなかっただろう。その点で言えば、青塚は深瀬と付き合いのあった郡司という男の性質を見誤っていたということになる。郡司安弘についてもう少し下調べをしていたら、あるいは平良を近づけようとはしなかったかもしれない。もちろん、平良が郡司に直接声をかけることを青塚は許さず、平良がその言いつけを破って郡司に近づいた可能性もある。すべては成美の想像の域を出ないことだ。真相を知っているのは、青塚遼太郎ただ一人。

「あなたは最初からご存じだったのではありませんか、青塚さん。深瀬さんが平良さんの失踪事件にかかわっていることを。平良さんの命に危険が迫っていたことを。だからこそあなたは平良さんの失踪届を警察に提出しなかった。平良さんが発見されれば、深瀬さんが事件の関係者として逮捕されてしまうと思ったから。違いますか」

 彼らの未来を守るのが自分の役目だと青塚は言った。実際、そのとおりに事は運んだ。平良倫瑠失踪事件を闇に葬り、Billionのメンバーとして歩み始めた深瀬岳の人生を青塚は守った。だが今回、ふたをしたはずの失踪事件が思わぬ形で日の目を見ることになってしまった。青塚の些細な思いつきが、悲劇の連鎖を生んだ。

 青塚はしばらく黙っていた。黙秘を続ける被疑者との我慢合戦には慣れている成美でも、今回ばかりは今すぐこの部屋から逃げ出したい衝動に駆られそうになった。射貫くように見つめてくる青塚の双眸は冷ややかで、今にも成美の首を絞めにかかるではないかと思うほどの殺気をひしひしと感じてならなかった。

 やがて青塚は組んでいた足をほどき、ソファから静かに立ち上がった。ゆったりとした歩調で奥のデスクへと近づき、木目の美しい天板をそっと撫でた。

「刑事のあなたならわかるでしょう、相野さん。世の中には、自分の気持ちをうまく表に出せる人間と、そうでない人間がいる。深瀬は後者でした。人を頼ることがとにかくヘタで、悩みをかかえてもなかなか相談することができなかった。私が手を差し伸べることはもちろん必要でしたし、実際に彼には何度も声をかけました。そうした中で、私は気づいた。私やマネージャーなどよりも、もっと歳の近い友達のような存在に深瀬は頼れる当てを持つべきだと。そういう意味でも、平良は打ってつけの人材でした。平良の持つ天性のリーダーシップ、他人を思いやる力はオーディションの時から群を抜いていましたからね。人を頼ることを知らず、なにもかもを自分でかかえ込んでしまう深瀬のそうした不器用な一面を、平良にうまくフォローしてほしかったのですが」

 青塚は成美を振り返り、力なく首を横に振った。

「なかなかうまくいきませんね」

 短い言葉の中から、青塚のかかえる強い後悔の念がしっかりとにじみ出していた。人材育成、人を見る目にもけていると言われる青塚にとって、今回の一連の事件は彼の人生におけるもっとも大きな失策だったに違いない。

 これ以上彼を責めることは成美にはできなかった。成美は黙って頭を下げ、社長室をあとにした。

 この先二度と彼に会うことはないだろう。今ここで聞いた事実は、墓場まで持っていくことにする。

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