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合宿審査に入ってから、倫瑠は深瀬岳というオーディション参加者とばかり話している。深瀬は子役をやっていたことがあり、芝居談義に花を咲かせている様子だった。
書類審査、二次審査、三次審査と、なぜかトントン拍子に合格し、この合宿中に開催される四次審査にまで進んでいた。合宿に参加したのは総勢十八名。倫瑠もその中に名を連ねていた。
倫瑠とは事前に打ち合わせをし、オーディションを機に知り合った体を装うことに決めていた。友達同士で参加したと思われたくなかったし、実際、倫瑠とはまったく別の目的で参加していたからだ。
このオーディションに合格し、歌手としての人生をスタートさせる。家には二度と戻らない。それが自分の目標。倫瑠の目標は、蒸発したお母さんの目に日常的に触れるくらい有名になること。家族絡みという点では共通しているけれど、方向性はまるで違う。仮に二人でオーディションに合格して、同じグループで活動することに決まったら、とんでもなくちぐはぐなグループになるだろう。応募書類を書きながらそんな話をして笑っていた頃が今では懐かしい。面白半分で想像していた未来が、すぐそこまで迫っている。
「ねぇ」
倫瑠が一人でいるところを捕まえて、久しぶりに話しかけた。
「灯真。どうした、ダンス練習のお誘いかい?」
「それもあるけど」
「けど?」
「……最近、深瀬くんとばっかりつるんでるね」
なんでこんな話を倫瑠にしたのか、自分でもよくわからなかった。ただなんとなく、胸の奥がモヤモヤして気持ち悪かった。
ははぁ、と倫瑠はわかったような顔でこちらを覗き込んできた。
「さては灯真くん、嫉妬してますね?」
「嫉妬? 誰に」
「深瀬にだよ。おれが深瀬とばっかしゃべってるから、ヤキモチ焼いてんだろ」
ヤキモチ。ラブソングの歌詞にも出てこないような小っ恥ずかしいセリフを口にされ、頬が一気に紅潮していくのが自分でもわかった。
「や、ヤキモチなんて……!」
「ごめんごめん。そんな風に妬いてくれるほど慕ってもらってたんだな、おれ。嬉しいよ」
「だから違うって!」
倫瑠は笑いながら頭を撫でてきた。どうにもこの男は人をガキ扱いするきらいがある。五つも歳が離れていれば確かにガキかもしれないけれど。
「おもしろいんだよ、深瀬って。子どもの頃から芸能界にいるせいか、どこか達観してるところもあるんだけど、とにかく博識で、おれの知らないことをたくさん教えてくれるんだ。だからつい、あいつといろいろ話したくなっちゃって」
ふぅん、と言った自分の声はひどく不機嫌だった。なんでこんな気持ちになっているんだろう。倫瑠が他の参加者とどんどん仲よくなっていくのが気に入らないなんて。別に倫瑠は、自分のものでもなんでもないのに。
「安心して、灯真」
倫瑠がもう一度頭を撫でてきて、下ろしたその手を左肩にポンと置かれた。
「おれにとって、灯真は家族だから」
「家族」
「そう。誰よりも大切な、たった一人の弟。おれはそう思ってる」
弟。家族。
嬉しかった。本物の家族よりも、倫瑠のことを家族だと思うほうがずっと幸せだ。
「兄ちゃん」
血のつながった兄弟は妹しかいない。兄がいたならそう呼んでみたいと思っていた。
倫瑠は恥ずかしそうに笑った。
「そうやって呼ばれるのはさすがに恥ずかしいな。兄だと思ってくれるのは嬉しいけどね」
「おれ、倫瑠の弟になりたい」
「なればいい。おれたちは家族だ」
倫瑠は優しく抱きしめてくれて、慈しむような声で「灯真」とささやいてくれた。
あったかい。倫瑠さえそばにいてくれれば無敵になれるような気がした。束縛の激しい両親にだって、この世界で、芸能の世界で生きていくんだと胸を張って言えるような気がしてくる。
「このオーディションに受かったら、おれたち、ずっと一緒にいられるかな」
倫瑠と離れたくなかった。与えてもらった居場所を失うのが怖い。
「関係ないよ」
倫瑠はからっとした声で言った。
「受かろうが、落ちようが、おれたちはずっと一緒だ。それが家族ってもんだろ」
白い歯を見せて笑う倫瑠が、どうしようもなく愛おしかった。本当の家族からは感じたことのなかった深い愛情を、倫瑠だけが与えてくれる。嬉しくて、幸せでたまらなかった。
これからは倫瑠と生きていく。
弟として。たった一人の家族として。
できることなら、このオーディションにも二人で受かりたいと思った。
倫瑠の合格は固いだろう。そんな気がする。問題なのは自分のほうだ。なぜここまで来られたのかわからないくらい、他の参加者との実力差は歴然としている。
「倫瑠、ダンス教えて」
「いいよ」
もっともっと努力しないと。
オーディションに合格して、倫瑠と同じステージに立つために。
この先もずっと、倫瑠と一緒にいられるように。




